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120話 痴漢疑惑

 それはまずいのではないだろうか。

 なんか、痴漢っぽいというか、変態っぽいというか。絵面的に色々とやばいというか。

 俺のイメージでは彼女に触れないようにポーション瓶だけをこう……すとん、と詰め込むつもりだったのだが。


「ん? どうかしましたか?」


 だが当のスイ本人は全く気にするそぶりがない。

 もしかして女性のスカートのポケットに手を入れるという行為は普通なのだろうか。

 俺が気にし過ぎているだけで、男女間でもこの程度は普通に行うものなのだろうか。


 ──クソッ、友達がいたことねぇから判断できねぇ!!


「いや……入れるぞ……」


 だが、あまり躊躇していても埒が明かない。

 俺は覚悟を決めて手を差し込みやすいようにスイの後ろ側に移動し、ポーションをもったまま彼女のスカートに手を入れていった。


 ──傍からみれば完全に痴漢だな、これは……


 変に密着したスイの体の感触と、スイの髪から漂う甘い香り。

 そして手に感じる温もりが緊張をひきたてる。


「はい、お願いします。ポーションが固定できるように、瓶の形になっている所があるのが分かりますか? そこに差し込んでください」

「ん、確かに……」


 手探りでスイのポケットの中を探ってみると、彼女の言う通りポーション瓶を入れるような形の小さな内ポケットらしきものがあるのが分かった。

 その場所にスイの言う通りポーション瓶を差し込んでいく。


「へー、結構便利なん……」

「う、うあっ!」


 と、いきなりスイが体をびくりっ、と震わせる。

 唐突なその反応に俺は一瞬、完全に思考が停止した。


「……えっ、どうした!?」


 手を止めとスイが申し訳なさそうに俺の方に体をひねって視線をあわせてくる。


「あ、ごめんなさい。ちょっとくすぐったくて。その……あ……、そこ……は……さわらないで……」

「え、え?」


 変な所に触れていたのだろうか。

 顔を赤らめながら俯く彼女の態度に一気に焦りが駆り立てられる。

 別のところにポーションをいれようと慌ててポケットの中をまさぐった。


「あ、う……ちがっ、あははっ……だめっ、うっ……そこは違いますって……!」


 両手がふさがっているせいもあるだろう。

 足をもじもじとさせながら肩をちょんちょんとぶつけ、俺に抗議をしてくるスイ。


「え、なんで? ここじゃないのか? これ、ポーションいれるとこだろ?」


 指二、三本分ぐらいの筒状と思われる内ポケットに指をいれる。

 すると、スイが体をねじって笑い始めた。


「うあっ!? なにやって……それ、指ですか? うははっ、くすぐった……」

「え? 俺、スイのこと触ってる? マジ? じゃあここか?」

「う、あぅ……あははっ……んあっ!」


 手をひっこめようとしたがスイが体をぐねぐねと動かしながら抵抗するせいでうまく手が抜けない。


「え、ここでいいんだよな? これだろ、違うの?」

「うははっ、ははっ……だめ、なんかやらし……あははっ! く、くすぐった……あっはは!」


 ──どどどどどどどどどうしよう!?


 苦しそうに、そして艶っぽく笑うスイを目の前にして頭の中が真っ白になっていく。


「……ねぇ、なにやってんの? もしかして、痴漢?」


 聞こえてくるトワの冷めた声。

 

「い、いやっ……まてっ!」

「ち、違いますって! 見てたら分かりますよね!? 普通っ!」


 俺の言葉にスイが続く。

 しかし──


「見てたら分かるっすよ。変なことしてるなーって」


 ジト目のアイネの言葉を受けて悟る。

 いまだにスカートのポケットから手を出さないと俺と、悶えるスイ。

 俺達の言動にはまるで説得力が無いことを。


「違うんだ、アイネ! これは違うっ! 痴漢じゃないぞっ!」

「そうだよアイネ! 私、変なことなんてしていない!」


 だが、それでもボクはやっていない。

 それが証拠にスイも擁護してくれているではないか。


「……とりあえず、手を抜けば?」


 しかし俺達が陥っている状態は外からは把握できないらしくトワの声は冷え冷えとしたままだ。


「分かってる、分かってるから……頼む! スイ、いったん止まってくれ!」

「は、はいっ!」


 スイの動きがピタリと停止する。

 そーっと手を抜き去るのを確認するとスイが疲れた様子でため息をついた。


「とりあえず俺がそのポーション、持っておこうか……?」

「は、はい……お願いします……」


 半分ぐらいのポーションをスイから受け取る。

 するとスイはこちらに背を向けて、もぞもぞとポケットの中にポーションを入れ始めた。


 ──なんか、悪いことしたなぁ。


 一気にこみ上げてくる罪悪感で唇を軽くかむ。

 もっと手際良くやってあげればスイにこんな恥をかかせることは無かったはずなのに。


「……リーダーって、結構むっつりっすよね」


 そんな事を考えていると、アイネがニヤニヤと笑いながら声をかけてきた。


「な、何をっ──」

「ちなみにウチもここにポケットあるんすよ。知ってました?」


 袴のようなズボンをたくしあげて俺の横にくっついてくる。

 

「し、知らないって……」

「じゃ、じゃあ……い、入れてみますか? 手」


 俺の手首に、わざとらしく触れながらアイネがニヤリと笑う。

 少し上ずった声と震えた手。


 ──だから照れ臭いなら、無理してそんな事言うなよ……


 そんな事を思いながら無言で彼女に抵抗していると、


「あははっ、リーダー。顔赤いっすねー!」


 アイネが、からからと笑いだした。

 彼女の頬も、うっすらと赤く染まっている。


「……あの、すいませんでした」


 と、スイの声で我に返る。

 俺の手から残りのポーションを受け取るスイ。


「よくよく考えてみたら、なんてはしたないお願いを……男の人に手をいれさせるなんて……うぅ……すいませんでした……」


 恥辱に耐えるように肩を震わせるスイ。

 それを見て色々と不安になる。


 ──なんか、戦いに行く空気じゃないよな、これ……? こんな雰囲気で大丈夫か?


「大丈夫だ。問題ない……」


 だがそんなことを言えるはずもなく。

 とりあえず曖昧な言葉でスイに対して返事をしておく。


「コホンッ! あ、あの……ここから先はいつ襲われるか分かりません。注意してくださいね」


 もっとも、スイも同じようなことを考えていたらしい。

 一度咳払いをし、声を低くする。 

 空気を切り替えようとした彼女の意図を察したのだろう。

 アイネやトワも黙って一度頷いた。


「では、索敵を開始します……!」


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