11話 魔法に挑戦 ★
アルファポリス、ミッドナイトで追加シーンあり
「……ん? 待て、お前……」
俺は身をのりだしトワの座っている浴槽をつかむ。
いきなりぐいっと前に乗り出してきた俺を見て驚いたのか、トワはびくりと体を震わせた。
「どしたのー?」
きょとんとした顔で俺の顔を見上げるトワ。その表情はどこかわざとらしい。
「『どしたのー?』じゃない! どういうことだ、知ってるのかお前は!」
「んもう、お前じゃなくて、トワ。ボクの名前はトワだよ。『お前!』なんて言ったら女の子に嫌われちゃうぞ~?」
ちっちっち、と人差し指を左右に振るトワ。
頬を膨らませ怒っていることをアピールしているようだ。
「このっ……」
その様子がさらに俺を苛立たせる。
自分から思わせぶりなことを言っておいてのこの態度。間違った使い方だが確信犯という奴だ。
だが怒鳴りつけても何か情報が引き出せるとは思えない。
俺は深呼吸をすると改めてトワを見つめなおす。
「トワ、どういうことだ。教えてくれ」
「何をー?」
後ろで結ったポニーテールを前の方にもってきて、くるくるといじるトワ。
やはり、彼女は自分を煽っている。
──のってたまるかっ!
「わかるだろ? これはどういうことなんだ。何で俺はここにいる」
努めて冷静な声色でそう問いかける。
相手のペースにのればのるほど泥沼になることぐらいは俺も予想がついていた。
「え、スイって女の子に案内されたんじゃないの? ボクは直接見てないけど世界の記録にはそんなのがかいてあったと思うんだけど」
「そうじゃなくて!」
……予想はついていたのだが。
やはり俺は声を荒げてしまう。焦燥感が俺から冷静さを奪っていく。
だがここでパニックになっても会話ができなくなるだけ、ということはさすがに分かる。
この世界に来たばかりの時はずっと混乱していただけだったが一日を置いて幾分かは冷静になれてはいるはずだ。
もう一度、俺はすーはーと深呼吸をしてトワに問いかける。
「なんで俺はこの世界にいるんだ。俺はゲームをしてただけだ。ただのプレイヤーだぞ?」
「そういわれてもなぁ。ボクが君をここに呼んだわけじゃないし。ゲームとか言われても良くわからないよ」
だが期待した答えは返ってこなかった。
とはいえ、少し真面目なトーンの声色になっていてトワが嘘をついているようには見えない。
俺はそれを聞いてがっくりと肩を落とす。
──結局分からないのかよ……
「でも、君が呼ばれた理由ならなんとなく分かるよ。多分、止めに来たんだろうね……」
というのもつかの間。トワの口から思わせぶりな言葉が漏れる。
俺はそれに、すぐさまくいついた。
「止めるって? 何を」
「ん? えーと……魔王じゃないかなぁ」
「あぁ……?」
突拍子もない単語に俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。
それを見てトワは苦笑する。
「いやぁ、ボクも君をここに呼んだ人が何考えてるかなんてよく分からないし、そもそも誰が呼んだのかも分からない。なんとも言えないんだよね。ただまぁ、理由を推測するとそんなところじゃないかって」
「なんだよ、それ……」
──散々思わせぶりなことを言ってそれかよ……
俺はため息をついてうなだれる。
「俺はただのプレイヤーだぞ。見ての通り戦えるわけじゃない」
「ん? 見た目は魔術師なんだけど、違うの?」
「戦えるのは俺のキャラクターだ。俺自身じゃない。そうだろ?」
「いやぁ……ごめん。キャラクターとか言われてもよく分からないんだけど……」
「えっ……」
そう言われて俺は直前のトワの言葉を思い出す。
トワが俺を呼んだわけではない──だとしたら、この世界と似た世界観のゲームの話をしても彼女に通じないのも頷ける。
「うーん、あのな。うまく説明できるか分からないけど、戦えるのは今の俺の姿をした架空の人間なんだよ。作りもの、お話」
「う……?」
ごめん、分からないと言いながら首をかしげるトワ。
これは煽りではなさそうだと直感した。
「あー、だから。俺は別に魔法なんて使えないんだって。戦えないんだよ」
「そうなの? 試した事は?」
「えっ、無いけど……」
「じゃあ試してみれば? 魔術師なら、なにかしら魔法ぐらい使えるでしょ」
「は? ここでか? てか君に?」
唐突な提案に目を見開く。
こんな狭い場所で、しかも部屋を借りている立場で実験をするなんて色々と問題があるのではないかという疑問がわく。
そんな俺の考えをよみとったのかトワはすぐに言葉を続けた。
「もちろん軽くだよ。ここは浴室だし……水の魔法とか使ってみたら? 丁度よくない?」
そう言いながらトワは後ろの浴槽を指さす。まさに一石二鳥だね、と笑いながら。
「そう言われても……魔法ってどうやって使うんだ?」
「さぁ? 魔法使うぞーって思えば使えるんじゃない? ボクも世界に顕現したばかりだから良くわからないよ」
「えぇ……どういうことだよ……」
アバウトすぎて何の参考にもならない。
「ごめんね。まぁ簡単に言うとボクはこの世界で生まれたばかりってことかなぁ?」
何故疑問形なのか俺には良くわからなかったが、俺の興味はそこにはない。
とにかく、試してみるだけなら魔法とやらをやってみる価値はあるかもしれない。
もし自分がゲームのキャラクターのように戦えるならそのレベルは200ということになる。この世界ではそのレベルは英雄と呼ばれる者の二倍。そんな力が自分に備わっていたら──
僅かな期待を抱きつつ、俺はとりあえず意識をトワに集中した。そして水が出るように念じながら腕を前に突き出す。
「えーっと……はぁっ!」
……沈黙。何も起こらない。十秒程の沈黙の後、トワは苦笑いを浮かべながら口を開く。
「…………何も起きないね」
「ちょっとまて、まてって」
このままではただの恥ずかしい人だ。俺はもう一度意識を浴槽に集中させる。
──頼むから出てきてくれ、水!
「ふっ、てい! 水! 水よ来い!」
縦、横、斜め。いろいろな方向に腕を振る。立ち上がってみたり、回ってみたり。
いろいろ体を動かしてみる。最後には跳ねてみたりもした。
……しかし、何も起こらない。
「…………」
十秒ほどの沈黙の後、俺はゆっくりとその場に座り込んだ。
「……あー、ごめんね?」
「ほっといてくれ……」
分かってはいたが、自分はゲームのキャラクターそのものではない。
あくまで自分は操作するキャラクターを作り、命名しただけだ。あれはただのアバターにすぎない。
──それはそうなんだけど、少し落ち込むなぁ。
「まぁボクはお邪魔みたいだし、帰ろうかな。これからここで仕事するんでしょ? 頑張って」
気まずい空気に耐えられなくなったのか、トワはすっと立ち上がるとそう言い放つ。
「え? あぁ……もう帰るのか」
拍子抜けだ、そう思って思わずぽかんと口を開けてしまった。
俺の意思に反して部屋に来たぐらいだからもっと居続けると思っていたのだが。
と、そんな俺の様子を見てトワはにんまりと笑うと俺の顔の近くまでパタパタと羽をはばたかせながら飛んできた。
「ん? ボクにもっといてほしいの?」
わざとらしく体をくねらせ上目使い。
セクシーポーズでもしているつもりなのだろうか。
体のひねりが下手すぎて、全く色気が出てないが……
「いや。そういう訳じゃない」
「むぅ、つまんないなぁ」
淡泊な俺の返事にトワはむぅと頬を膨らませる。
だがすぐにその表情を明るくすると俺に手を振って上の方に飛び始めた。
「まぁいいや。気が向いたらまた来てあげるよ、じゃね」
そのまま浴室の出口から外へと消えていく。若干上から目線の言葉を残しながら。
「なんなんだよ、あいつ……」
トワが出て行ったところを見つめながら俺はそう呟いた。
随分慌ただしい時間だったな……
†
「うーん、おかしいなぁ。何もできない人を送り込んでくるかなぁ?」
彼の浴室から外にでて、その部屋からも外に出る。ギルド寮の廊下を目立たないように飛ぶトワは、ふとそんなことを呟いた。
「ま、いいか。もう少し様子見てみよ。せっかく顕現したんだしね……こっちでできることもある程度探っておきますか……」
彼の部屋を一度振り返り、トワはふっと笑みを浮かべる。
何か面白いものを見つけた子供のように。
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