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117話 剣で倒せ

 無理矢理スイの顎をつかんで顔をあげた。

 

 無駄に力が入り震え続ける目の周り。強く一文字に結ばれた唇。

 わずかに潤んだ瞳と紅潮した頬。開いた瞳孔。


 さっきから、ずっとスイはこんな表情をし続けている。

 俺が魔法を使ってから、今まで。


「このままじゃ……スイは悔しい思いをしたまま終わってしまうんじゃないか?」


 スイ自身が負けたまま、俺がサラマンダーを倒したとしたら。

 それは彼女を苦しめていた周りの人間の言葉を一部とはいえ真実にしてしまうことになる。

 それは彼女が勝ち取ったキマイラ討伐という功績による自信を失わせることになる。


 ──こんなの、スイにとって何の救いにもなっていない!


「そ、それは……」


 俺の読みは、そこまでズレていないはずだ。

 そうでなければ今まで、スイがところどころ自虐的な態度を出していたことの説明ができない。

 そうでなければ今、こんな表情をスイがしている理解ができない。


 今なら分かる。

 トーラで酒につぶれた時、スイがどんな思いだったのか。

 彼女が何故、泣いていたのか。その真意が。


「本当に……こんな形で、クエストを終わらせていいのか?」


 スイの肩を両手でつかむ。

 彼女の意地で濁った言葉の、その先を見逃さないために。

 彼女の本心を見逃さないために。

 スイの目を、じっと見つめた。


「……っ、ぁ……」


 出てきたスイの声は嗚咽に近いものだった。

 スイ自身もそれに驚いたように目を見開く。


「……そんなの」


 口をパクパクと動かすがうまく声が出ていない。


 ──かまわない、時間をかけてもいい。だからせめて、本当の気持ちを聞かせてくれ!


 そう願いを込めて、彼女の目を見つめ返す。



「く、悔しいですけどっ……! 私だって本当は、自分の力で勝ちたかったけど!」

「──!」



 思わず、息をのむ。

 自分がそうさせておいて言うのもなんだが、彼女の声があまりに激しく、彼女の表情が激昂していたせいだ。

 先ほどの自分を押し殺すような態度とは真逆のそれに、一瞬気圧される。


「なら──」



「な、なんで今更、そんなこと言うんですか!? 仕方ないじゃないですかっ! 身の程に合わないクエストを受けた私が悪いんですよっ!」




 俺の腕を振り払いながらスイが怒鳴る。


「だから強い貴方に任せるんですっ、私がでしゃばっても足手まといだから──!」


 俺の胸に拳を当てながらスイが叫ぶ。



「私にはできないからっ──私に挑戦する資格なんて無いんですっ! 皆……皆っ! そう言ってるじゃないですか! どうせ私じゃ勝てないって! できないって! 誰もが……皆っ! だから、だからっ……!」



 かつて、どこかで聞いたような言葉がスイの口から放たれる。

 俺を突き飛ばそうとスイが手を押し出してくる。


 ──あぁ、そうか。もしかして……



「なんだかな……スイ。君も結構、人生楽しむの苦手なタイプか?」



 スイの手首を抑えて、逆に俺がスイを押し出す。

 不意にその体勢を崩しスイの激情を強引に鎮めさせる作戦だ。


「え……」


 押し出そうとした俺に踏みとどまられ、その反動でスイが後ろに押し出される。

 その体を引き寄せたせいでスイは体勢を崩し背中を反らす。

 レベル差のせいもあるだろう。スイは何が起こったか分からないようで唖然とした表情を見せていた。

 彼女が一瞬動きを止めたこのタイミングがチャンスだと思い、俺はその言葉を続ける。


「スイに何ができるかは周りの人が決めることじゃない。……そうだよな?」


 俺はスイがどんな痛みを受けてきたのか、その全てを現認した訳じゃない。

 だから本当はこんな事を言う資格は無いとは思う。

 それでも俺は賛同できない。

 

 身の程が合わないとか、足手まといだとか、資格が無いだとか、そんなスイの──いや、周囲の人間の言葉は。

 とはいえ、俺はまだ自分の言葉でしっかりとそれを否定できるほど立派に生きる事ができていない。

 それでも、借り物の言葉でも。せめて──


「う……」


 苦しそうに目を反らすスイ。


「で、でも……これ以上、私の勝手でシュルージュの人たちに迷惑をかけるわけには──」

「スイ。きいてくれ」


 もう一度、彼女の肩に手をかける。

 俺から逃げるように体を動かすスイを食い止める。

 半ば無理矢理、スイの視界に俺が入る形になった。

 

「俺はシュルージュの人達を助けるためにスイについてきたんじゃない。スイの――君の力になりたいから、ここに来たんだ」

「えっ――」


 どこか怯えているような。……それでいて、どこか期待しているような。

 そんな瞳を見せる彼女に、俺は訴えかける。


「スイが取り戻さなくちゃいけないのは名誉や信頼だけじゃない。スイがまず、実力を示さなきゃいけない相手は周りの人間なんかじゃない。『自信』を取り戻すために『自分』に実力を示すべきだ」


 その目が一瞬、見開いた。

 彼女の様子を見守るが何も答えてくれる様子が無い。


「……だからサラマンダーは俺の魔法で倒すべきじゃない」


 それでも肩の震えだけでスイの感情は読み取れる。

 十秒ほど周囲を支配する沈黙。

 何度か言葉を紡ごうと唇を動かすスイ。


「で、でも……私にできるかどうか……」


 やっと出てきた言葉はひどく弱々しいものだった。

 それを見て、俺は当たり前の事を思い出す。


 ──この子はまだ、十六歳の少女なのだと。


「できる。勝てないレベル差じゃない。だから──」


 周りの言葉で傷ついたり、壁にぶち当たって悩んだり。

 その状況で普通でいられる強さなんて持ち合わせているはずがない。

 ……いや、持ち合わせていなくたっていい。

 それが許される年齢ではないか。少なくとも俺の世界では。



「スイ。サラマンダーは、君の剣で倒せ」



 そう言いながら、スイの肩をつかむ手の力を強める。

 それが彼女にとっての最大の救いになると信じて。


「──ぅ」


 スイの歯がかみ合う音が聞こえた。

 スイの息が吸い上げられる音が聞こえた。

 俺はそんなスイの顔を──


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