115話 肩慣らし
シュルージュの外に出てウェイアス草原を西に進む。
代わり映えしない風景をしばらく堪能した俺達はひとまず馬車を停止させていた。
人に見られることもなさそうで、魔物の姿も見えない場所。魔法の練習には丁度いいだろう。
「じゃあ、いくぞ……」
俺の言葉にスイ達が距離をとる。
絆の聖杯の効果で彼女達がダメージを受けることはないはずだが……念のためだ。
「アクアボルト」
魔法の名前を口に出すと俺の腕に魔力が集まってくるのを感じた。
ふと、思ったことがある。
それは完全無詠唱に固執するより魔法名を言った方が結局早く魔法が発動できるのではないかということだ。
クリムゾンバーストのようにゲームで良く使っていたスキルならともかく、下級スキルはイメージするのにやや時間がかかる。
それならば、まずはスキル名を声に出し、それが発動する様子を見てイメージを固める練習した方がいいのではないか。
「──ッ!」
腕に集まった魔力を外に放出するイメージ。
俺が狙いを定めた場所は十メートル程、遠くの場所だ。その地上三メートル程の高さに青色の魔法陣が出現する。
その周辺に青い点のようなものが現れ、それは矢のような形に変化する。
「おぉーっ! いけるじゃないっすか!」
アイネの声が俺の後ろから聞こえてきた。
その驚いた声が誇らしくて、少しだけ頬が緩む。
「あぁ。だいぶ慣れてきたな」
だがすぐに気を取り直して俺は魔法陣を見つめた。
──なるほど、コントロールが効くんだな。
ゲームでは魔法陣が出現したらすぐに光の矢が降り注いでいたのだが、ここでは違う。
その場で留まるようにイメージすれば攻撃を抑えることもできるようだ。
だが……ずっとそうしていても意味は無いだろう。
「フッ!」
腕を一気に振り下ろす。
別にかっこつけでやった訳じゃない。
空中で漂う青い矢を自らつかんで振り下ろす。そんな感覚に従っただけだ。
それは正しかったらしく、魔法時の周辺にある十本の矢が一気に地面へと降り注ぐ。
「うわあああっ! すごい水っ!」
トワが悲鳴に近い声をあげているのがきこえる。
青い矢が地面にぶつかった瞬間、凄まじい破裂音に似た音が鳴り響き、洪水のごとく水があふれ出してきた。
草ごと、土ごと、地面を抉り草原に一つのクレーターができあがる。
この場所までその水がかかってくることは無かったが……その威力はとても基本魔法とは思えない。
この魔法でもサラマンダー討伐には事足りるのではないだろうか。
しかし、少なくともゲームではこの魔法で倒せる程サラマンダーは弱くは無かった。
念のためある程度の上級魔法も使えるかどうか試してみることにする。
「クリスタルブリザード」
その魔法名を唱えた瞬間、さっきとは比べものにならない程の強い魔力の収束を感じた。
クリスタルブリザードは水属性の大魔法だ。レベル120の魔術師でなければ扱えない高位の魔法だからサラマンダーを倒すには十分な威力を持つに違いない。
──とりあえず、少し抑え目に使ってみるか。
アクアボルトを普通に使っただけでも異常な破壊力が出ているのだ。
全力を出すのはやめておいた方が得策だろう。
「ゆけっ!」
今度はより遠く、三十メートル程先に狙いを定めて魔力を放つ。
初めて使う魔法だ。強くなりすぎないように。慎重に。
するとアクアボルトを使ったときよりも高い位置に青色の魔法陣が出現した。
それを確認して、思わず目を見開く。
「んっ……?」
──でかいな、おい……
ここからではうまく判断できないが半径十メートルはありそうだ。
制御が下手なだけかもしれないが思っていたより遥かに強力な攻撃になりそうだ。
──まぁいいか。どうせ誰にも当たらないだろう。
「お、何々? これがリーダー君の新しい魔法?」
後ろから聞こえるトワの言葉。それに答えるためにも俺はその魔法を展開する。
その瞬間、魔法陣が巨大な氷を纏い回転しはじめた。
下の方向にいくつもの巨大な氷が吹雪と共に降り注ぐ。
この場所にまで聞こえてくる氷が地面にぶつかった時の衝撃音。
吹雪が吹き荒れる風の音。
「うっひゃああああ! なんすかあれっ! さっきの魔法より――」
氷が地面に接触すると、ガシャアアンと皿が一気に割れたような音を放ちながら氷が砕け散る。それがアイネの声を遮った。
接触した部分から数メートル程、地面の色が銀へと変わる。
魔法陣から放たれる氷は一つではない。
十、二十の氷が地面へと叩きつけられていく。
草原の地面が巻き上げられ、その土が宙を舞い、冷気が周囲を支配する。
数十秒が経過した時には、草原には似合わない銀世界が完成していた。
「よしっ。いけるな……」
この魔法は水属性の中でも上位の魔法だ。それに恥じない破壊力を持っている。
かなり抑え目に放ったのにこの威力。やはりレベル2400のステータスは凄まじい。
それに、ここまでド派手だとイメージも簡単にできそうだ。
再びクリスタルブリザードを使おうとイメージした瞬間、魔力が固まっていく感触を覚える。
そして魔力を霧散させるイメージを持つと、その感覚も無くなった。どうやら攻撃の中止も容易にできるらしい。
二度、三度。繰り返しクリスタルブリザードのイメージを訓練する。
五回目程になると、もはや瞬時に発動させる事ができる感覚をつかむことができていた。
「オーケー、大丈夫そうだ」
少なくともこれで命綱は確保できたはずだ。
ひとまずの目的を終えた俺は三人の方へと歩み寄る。
アイネとトワがはしゃいでいる姿が目に入ってきた。
そんな彼女達の態度が少し照れくさくて頬をかく。
だが──
「…………」
スイは他の二人とは違い、ただただ唖然と作り出された銀世界を眺めていた。
もっとも、それも十秒ももたないうちに終わる。
俺の魔法で作り出された氷がフェードアウト編集された映像のようにすぅーっと消えていったのだ。クリスタルブリザードで荒らされた大地は元には戻っていないが。
──そういえば、クリムゾンバーストの炎もしばらくしたら消えてしまったっけ。
やはり、この世界の物理法則はもとの世界のものとは完全に別物だと考えた方がいいだろう。
人間の身体能力から何まで、全てが別物だ。……そもそも、俺が使っているのは物理ではなくて魔法なのだから。
「これは……この魔法は……?」