114話 不穏な朝食
俺はトワを連れて食堂へと移動する。
その場所には既にスイとアイネの姿があった。
結構、俺も早起きをしたと思っていたが彼女達の方が早かったらしい。
彼女達は俺の姿に気づくと手を振って俺を自分達のテーブルへと誘導する。
「おはようございます。よく眠れましたか」
「あぁ。大丈夫だ」
テーブルにつくと、そうスイが声をかけてきた。
少々トラブルもあったが睡眠に関しては全く問題がない。
簡単に寝付くことができたし疲れは完全にとれている。
「よかったです。食事はもう頼んであるので。すぐにくると思いますよ」
「そっか。ありがとうな」
それにしても、彼女はかなり朝に強いようだ。
さも当然のようにしているが凛とした姿勢と表情、ハキハキとした声からバッチリと覚醒していることが良く分かる。
「でも、アイネは大丈夫なのか?」
それはアイネと比べるとより際立ってみえた。
スイに比べると寝癖がとりきれてないし目もすこし虚ろな色をしている。
「ちょっと眠いけどなんとか……」
そう言いながら大きなあくびをするアイネを見て少し申し訳なく思ってしまう。
昨日、召喚獣を見せるために呼び出したことが響いているのだろうか。
「それはともかく……ウチ、付いて行ってもいいんすか?」
瞼を少しこすった後にアイネが気まずそうに俺達の方を見てくる。
何のことかと首を傾げていたがすぐに分かった。自分の事を足手まといだと思っているらしい。
……残念だが、その点については事実として否定する事はできそうにない。
サラマンダーが俺の記憶通りの強さなのだとしたら……いや、そうでなくてもスイを負かした相手にアイネが戦力になるはずがない。
だが、かといってここでアイネに留守番をさせるというのも違う気がする。
「今更なにを。アイネは『仲間』……なんでしょう?」
スイも同じことを考えていたようだ。
わざとらしくアイネに笑みを向ける。
「うっ、それはそうっすけど……」
アイネが少しひきつった苦笑いを浮かべる。
──まぁ、仕方ないよな。
自分が何も役に立てないというのは辛いことだ。しかも、足手まといになってしまってはかなり居心地が悪いだろう。
昨日、ドンを倒したとはいえ内心穏やかとまではいかないはずだ。
だが、俺達が敢えてパーティを組んでいる理由はサラマンダー討伐だけでは説明がつかない。
アイネがついていく意味。それを見出してやることができないだろうか──
それはおそらく……才能を与えられた俺にならできるはずだ。というか、やるべきことだ。
――多分、それが底辺無職だった俺が……
「まぁ、いざとなったらボクが転移魔法で逃がしてあげるから。大丈夫だって」
少し暗くなった空気を察知してか、トワが明るめの声を出す。
「あ、そうか……ならウチのせいで負けることはなさそうっすね……」
アイネが安堵のため息をつく。
「……負けについては心配ないよ。彼がいるから」
そう答えるスイの表情にどこか違和感を覚える。
なんというか、無理に作ったような──
「あ、来たねっ」
──この空気は良くない。
そんなことを言外に感じさせるような声色でトワが俺の注意を呼ぶ。
どうやら食事の用意ができたらしい。
ウェイトレスが淡々と俺達の前に食事を並べていく。
簡素なパンとスープ、そしてサラダ。朝食らしいあっさりとしたものだった。
「では、いただきましょうか」
「うーっす。いただきまーす」
そこからしばらく、黙々と食事を勧めていく俺達。
特に会話することもなく目の前にあるパンを口にいれていく。
スープはコーンポタージュだろうか。甘い味付けがパンにあう。
「……ごちそうさま」
変に緊張しているせいだろうか。かなり早く食べ終わってしまった。
特に話すことも無く食べ続ける二人を見つめる。
「んっ、はむっ……」
「う……」
俺の視線を察知したせいか二人がやや手の動きを速めた。
焦らせてしまっただろうか。それはそれで申し訳ないので黙って空になった皿を見る。
……少し気まずい空気が流れる。トワが呆れたようにため息をついた。
「ねぇ、リーダー君は水属性の魔法を使えるんだよね?」
俺の肩からテーブルの上に移動し俺と目を合わせてくるトワ。
話題を振ってくれているのだろうか。その気遣いが有難い。
「あぁ。多分な……」
しかし、それをうまく発展させることはできなかった。
ゴールデンセンチピードに撃ったアクアボルトは無我夢中でよく覚えていない。
他の魔法やスキルが問題無く使えるのだから、まず間違いなく使えるだろうが……
「あれ、自信なさそうだね? あのムカデを倒した魔法以外に、何が使えるのかきいてみたかったのに」
そう言いながらトワが苦笑いをみせる。
「意識的に使ったことは無いからな。練習はしておきたい」
サラマンダーはゴールデンセンチピードと同じく火属性の魔物だ。
それに有利な水属性の魔法は命綱として、すぐに出せるようになっておきたい。
エフェクトのイメージしている間に万が一、なんてことがあったら最悪だ。
「んじゃ、途中で練習っすね」
食べ終わったアイネがニカッと笑いながら話しかけてきた。
その数秒後にスイがスープを飲み干して凛とした表情を向けてくる。
「リーダーの魔法なら火属性でも倒せそうなんですけどね……その、クリムゾンバーストでしたっけ? あの魔法なら……」
「そうかもな。でも命に関わることだし確認はさせてくれないか?」
この世界に来てから二度、俺は死の恐怖を味わっている。
これはゲームじゃない。絶対に勝てるという確信が欲しかった。
自分の戦闘能力はだいぶ把握できている。だが未体験への恐怖が消える程、俺の精神は強靭じゃない。
「……もちろん。でも、貴方はそんなに気負わなくていいんですよ? 負けた私が言っても説得力が無いですが、貴方がいれば楽勝だと思いますから」
スイが苦々しく笑みをみせてくる。
──やはり、どうも……
いや、止めておこう。こんなところで話すようなことじゃない。
「スイちゃーん。お迎えがきてるよ♪」
俺達全員が食事を終えるタイミングを見計らったようにミハが声をかけてきた。
「あ、分かりました。今行きます」
スイがそう言った後、俺達は全員で視線を交わして立ち上がった。
†
シャルル亭の外には昨日、俺達が乗っていたものより、かなり大きな馬車があった。
十人程なら余裕で乗れそうだ。その巨大さに思わず目を見開く。
「お、なんか強そうな馬だな」
昨日見た馬よりも一回り大きな馬が五匹、突進をしかける直前の闘牛のように鼻息を荒くしている。
人に襲い掛かったりはしなさそうだが随分と気性が荒く見えた。
「ギルドの馬車ですから。昨日のよりかなり速いと思いますよ。……でも、リーダーの召喚獣達にはかないそうにないですね」
そう言いながら、はははと笑うスイ。
確かにスレイプニルと比べると威圧感は欠けている。
「忘れ物も無かったよ♪ 頑張ってねっ!」
ミハの声が後ろから聞こえてくる。
彼女はこの宿屋のオーナーだと言っていたが、よく働く子のようだ。
他の店員が淡泊な対応をしてくるから際立ってそう見えるだけかもしれないが……
「はい、ありがとうございます」
スイとミハが握手を交わす。
アイネとトワもそれに続くようにミハに挨拶をかけた。
「お世話になったっす!」
「またくるねー!」
「ありがとうございました」
「帰りも寄ってくれるとうれしいな、きゃはは♪」
──またやるのか、それ。
あざとい猫のポーズに苦笑する。可愛いのは確かなのだが朝からキャピキャピオーラを全開で出されるのは微妙にきつかった。
とはいえ、シュルージュに来てから一番温かい対応をしてくれたのは彼女だ。
それだけでも本当にありがたい。
「……まだやってんのか、あいつ」
「どうせ負けるのにな」
ふと、何気なくそんな周囲の声が俺の耳に届いてきた。
予想はしていたが、ため息が出てしまう。
「……あ?」
その直後、ミハの眉間にしわがよる。
──これはヤバい……また昨日みたいに怒鳴りだすんじゃ……
「ミハさん。いいんです」
そう思った矢先、スイがミハを制止した。
「……多分、その通りだから」
「えっ──」
スイの言葉にミハが目を見開く。
それは彼女だけじゃなかった。
──その通り……?
「スイちゃ……」
「行ってきます」
ミハが何かを言おうとしたのをスイが遮る。
するとミハは一度、小さくため息をつくと落ち着いた声色で言い放った。
「……うん。無理しちゃだめだよ。こういう言い方が良いか分からないけど……勝たなくてもいいから。ちゃんと生きて帰ってきてね」
「はい。ありがとう」
にっこりと笑ってスイは馬車の方へと歩き出す。
俺達もそれに続いていく。
「あ、一応言っておくけどお金のためじゃないぞ♪ ほんとだぞっ」
背後から聞こえてくるミハの声。
それは嫌な緊張感を少しだけでも減らしてくれる、俺にとってはありがたいものだった。