112話 ミハの助言
気を取り直して、と言いたげに声を真面目なトーンに戻すミハ。
「……?」
「そっからかぁ」
何のことか分からず首を傾げる俺にミハが苦笑する。
どうもミハのペースを乱してしまっているようで申し訳ない。
「ほら、スキルを何回も使うと怠くなるでしょう?」
──そうなのか?
スキルを使ったことで怠くなったことなんて無いのだが。
それを告げても面倒な話しになりそうなのでとりあえず首肯しておく。
「あれは気力や魔力を消費するからなんだけど。気力っていうのは物理的なスキルに使われるもので、魔力っていうのは魔法を使うのに必要なものって言ったら分かりやすかな。気力は身体能力とかにも影響してくるけど魔力はそうじゃないからね」
「別物なんですか? 同じMPを消費するものじゃ……」
スキルを使うために必要なものといったら真っ先にMPという概念が思いつく。
すくなくともゲームではそのように表示されていた。
「え、えむぴー……?」
しかし、それは彼女にとって聞き馴染みの無い言葉だったらしい。
全然ピンと来てない様子で首を傾げている。
「あ、すいません。僕のところではそう呼んでいたので……」
「へぇ。そうなんだ? まぁ、でも気力と魔力は別物だよ。気力は後天的に鍛えることができるけど、魔力の量、性質は先天的なものだから。さっきも言ったようにね。まぁ技術的なものは後天的に鍛えられるみたいだけど……」
そこら辺はどうもゲームとは違うらしい。
少なくともゲームではレベルが上がれば魔術師でもMPの最大値は上がったからだ。
「そういうものなんですか……」
「うん。才能が無い人は絶対に魔法は使えない。正確に言うと戦闘で役立つような魔法は使えないってことだけど。ふふっ、だから君は凄い人なんだぞ♪」
声のトーンが違うせいで後半部分がリップサービスであることが見え見えだ。
とりあえず頭を軽く下げておく。言葉で、どう対応すればよく分からなかった。
そんな俺の態度をたいして気にした様子を見せずミハは笑顔で言葉を続ける。
「一応、誰でもある程度の魔力は持っているんだよ。ほら、魔灯とか皆使えるでしょう?」
「魔灯……」
──なんだっけ、それ。
ピンと来なくて少しぼーっとしていると、
「え? 魔灯だよ? ほら、この光」
ミハが心底驚いたといったように目を見開いた。
そのまま部屋の天井を指さす。その方向に視線を移すと小さなシャンデリアが目に入った。
「あぁ。そういうことですか」
あのシャンデリアの中には光輝石が入っている。
トーラにもあったが生活に使う光のことを魔灯と呼ぶらしい。
「……遠い所からきたのかな? 随分変わってるね?」
その言葉には乾いた笑みしか返せない。
「まぁいいや。魔灯を付ける時に魔法陣に触れるでしょう? ほら、えっと……こっちこっち」
あまり詮索されると困る、というオーラを出していたのかもしれない。
ミハはあまり深くつっこまず廊下の近くへと歩き出した。
「あぁ、これですか」
案内された先にあるのは壁に描かれた小さな魔法陣だ。
元の世界では左右を押すタイプのスイッチになっているが、この世界では魔法陣がその役割を果たしている。
これはトーラでの生活からも学んでいたことで今更驚くようなことではない。
俺の反応をうかがいながらミハが話しを続ける。
「これは人が持っている魔力を読み取って増幅させる装置なんだよ。ほら、魔術師さんって、よく杖持ってるでしょう? あれと同じ仕組みなんだって」
「なるほど」
魔術師といったら杖が武器になるというのは俺がやっていたゲームに限らず割とポピュラーな話しだ。
その構造については全く分からないがイメージはしやすい。
「私達の日常の中には魔法が浸透しているんだ。でもこういう装置を作れる人って魔法について深い理解が無いとだめだから。魔力が強い人じゃないと作れないんだよね」
「へぇ……」
ミハの言葉に魔法陣をじっと見つめる。
日本ではこういう物を描けるのは天に選ばれし漆黒の代行者みたいな肩書きを自称する人間が多かった気がするが。
それは言い過ぎにしても、単に魔法陣をなぞっても意味が無いと言うことだろう。
「それ以外にも戦闘において魔術師がいるか、いないかの影響は大きいよ。スイちゃんぐらいのレベルになればまだしも、威力も高くて一度に何匹もの魔物を倒せるクラスなんてそうそう無いから。回復魔法を使える修道士なんて、どのパーティも喉から手が出る程欲しいぐらい」
ミハの言葉とゲームの記憶を照らし合わす。
確かに装備もスキルもそろっていない序盤では魔術師の攻撃力は群を抜いている。
「魔力を戦闘で活かせる才能を持った人は少ないのに需要は高い。だから結構、傲慢な人が多いっていうのが魔術師……というか、魔法を使う人の一般的な印象かな。修道士さんとかは教会のイメージでそうじゃないんだけど……」
俺の様子を見ながらおそるおそる、といった様子で言葉を続けるミハ。
──まぁ、魔術師の俺の前じゃ言いにくいよな。
努めて無表情を保つ意識をする。気にしてないとアピールをするためだ。
うまく言葉に表現できる能力が無いので一回頷いて続けてくれと訴える。
「……そしてなにより、魔術師協会は結構税をとるからね。最近もまた増税されたし」
「協会が税をとるんですか」
「そりゃあね。こういう日用品を使えるのは彼らのおかげでもあるし。私達、平民は逆らえないんだよ。結構ギリギリの生活を強いられている人も多くてさ」
「そうなんですか……」
力なく笑うミハに少し心が痛くなる。
この世界では魔術師は権力側の人間として嫌われているらしい。
──何か服、買った方がいいかもな……
自分はともかく、一緒にいるスイやアイネのイメージも下がってしまうのではないだろうか。
と、暗い気持ちが顔に出ていたのだろうか。
「私もこの宿屋が軌道にのるまでは地獄をみたよぉ♪ きゃははっ」
あからさまな甘く、明るい声を出すミハ。
思わず苦笑する。気持ちは嬉しいが従業員へのあの態度を見た後では正直、笑えない。
「あとは……そうだなぁ。シュルージュの話しじゃないけど、魔術師協会の人が自分の気に入った女の子を手に入れるためにカップルを無理矢理別れさせたとか、こういう宿屋で喧嘩起こしたりとか、なんとか? そういう私的なトラブルも結構きくんだよね」
「はぁ……」
──なるほど。これは嫌われても仕方ないのかなぁ……?
税がどう、とかよりも自分達の生活の周辺ではっきりと目に見えるものの方が一般人のイメージはより悪くなる。
日本でも一部のオタクが公共の場で奇声をあげた事でオタク全体への風当たりが強くなることはあった。ギャンブルにはまり込んだヤツが騒音や喧嘩、借金地獄に落ちることでギャンブルという遊びに対する世間のイメージも良いとは言えない。
それに近いもの……とでも考えておけばいいのだろうか。
「まぁそういう訳で魔法を使う人達の代表的な存在……魔術師さんのことを良く思う人はあまりいないんだよ……」
申し訳なさそうに眉を八の字に曲げるミハ。
そのまま俺の顔を覗き込むように前かがみになる。
「……大丈夫? 君もスイちゃんみたいに大変な目にあってない?」
「え?」
「シュルージュはここら辺だと大きなところだけど、都市に比べれば小さなものだからね。エリート意識の高い魔術師がわざわざ来るところじゃないんだ。だから……多分、君を攻撃しても協会は守ってくれない」
その瞳を見ればミハが本当に心配してくれているのが分かる。
初対面の相手にもそんな感情を向けてくれるミハの優しさが嬉しい。
さっきライルと話したことで生まれた嫌な感情を薄めてくれる。
「憂さ晴らしに何されるか分かったものじゃないよ。だからあまり一人で出歩かないようにね♪」
ミハはそう言って一歩下がり猫のポーズをとる。
会話が終わるタイミングを作ってくれたようだ。
丁度いいタイミングで眠気を感じてくる。
「分かりました。ありがとう」
「はーい。おやすみなさい♪」
両手をひらひらとさせるミハに手を振って、俺は自分の部屋に戻っていった。