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109話 選択権

 本人が聞けば赤面する事、間違いないであろう言葉をつらつらと並べるライル。

 さりげなくナルシスト的な発言が含まれているが──

 とはいえ、スイが高く評価されたことには少し嬉しさを感じてしまった。


「だから、あの子は僕の物なのだ」


 だが、その感情もすぐに消える。


 ──え、なんで?


 飛躍した結論を当然のように導く彼に俺は絶句してしまった。


「分かるね?」


 そんな俺に苛立ったのだろう。ライルは語気と、俺の胸倉をつかんだ手の力を強める。


「え……いや……」


 ──わからない。


 そう言葉に出すことができず、俺は首を横に振った。


「ちっ……」


 ライルは軽く舌打ちしながら俺を突き飛ばす。

 少しよろけた体勢を立て直すとライルが俺を憐れむかのような視線を送ってきた。


「はぁ。どうやら君は相当頭が悪いようだね。──フッ!」


 それも束の間。ライルの目に覇気が込められたと思った瞬間、ライルが腰の剣に手をかける。

 それを居合のように、一気に引き抜く。

 刹那の間に放たれる剣。その動きは達人……いや、超人と言うのが相応しいかもしれない。


 ……もっとも、そのスピードは『目で簡単に追える程度のもの』だったが。

 故に、俺はすぐに気づく。彼は俺を攻撃する意思などないことを。

 だから俺は防御も回避もすることなく、その場でただ立っているだけだった。

 迫りくる宝石のような刀身をじっと見つめる。


「……ふん」


 思った通り、ライルの剣は俺の顔の横で寸止めされた。

 自信と嘲りの色に満ちた笑みを浮かべるライル。

 美しく輝く刀身が街灯の光を反射して少しまぶしい。


 ──それにしても、速いな。


 殆ど差は感じなかったが、そのスピードは俺と戦ったときのスイを上回っているように感じた。

 

「どうだ。この速さ、この鋭さ。ここまでの技術を手に入れるまで僕が積み上げてきた努力の量が君に分かるか?」


 じっと動かない俺に対してライルが誇らしげに顎を上にあげる。

 はっきり言ってライルの剣筋は俺には遅く『感じて』しまっている。

 しかし、それが人間業ではない事は『見て』分かる。

 おそらく、この世界の人間の身体能力は、元の世界のそれとは異なる物理法則から成り立っている。

 それでもその実力の高さは見て取れた。


 ……だからこそ俺は何も言えなかった。

 よく分からないままレベル2400の力を得た俺とは、その過程に差がありすぎる。

 彼らはゲームのレベリングで強くなった訳ではないのだから。


「分からないだろう。生まれ持った力だけで地位を築いてきた魔術師には」


 何も言葉を告げない俺をライルは口角を上げて見下す。


「うわべだけしか見てこない軽薄な女に、僕がどれだけ辟易してきたか。君には分かるまい」


 そう言いながら剣を鞘にしまう。鼻でふっと嘲笑いながら言葉を続ける。


「だがスイは違う。彼女はしっかりと人を見ることができる稀有な存在だ。ようやく僕が出会えた、愛するに値する女だ」


 ライルが改めて俺を睨みつけてくる。


「そして──怠惰を才能という言葉で正当化する愚衆に、彼女は追い詰められている。僕もそうだった。だから彼女の苦しみは、僕にしか分からない」


 その手が再び俺の胸倉をつかむ。

 その言葉が俺の胸を抉る。


「だからスイは僕の物なるべきなのだ。いや、ならなければならないのだ」


 そう言いながら俺を服ごと引っ張り上げるライル。

 少し背伸びをするような体勢になった。

 

「分かったか?」


 顔が至近距離に近づいた後、俺が聞いた中で一番低い声をライルが出してくる。

 当然と言えば当然なのだが、この世界でも人を殺すのは犯罪になるのだろう。

 そうでなければとっくに俺はこの男に絞め殺されているはずだ。

 そんな事を思わせる程にライルの顔は歪んだ感情で満ちていた。


「……その。貴方が今までどんな苦しみの中で生きていたのかはよく分かりません」


 ──何が、彼をそうさせるのだろう。


 ふと、そんな事を考える。

 こんなに暴力的な態度に出られて腹が立たないと言えば嘘になる。

 だが、この恵まれた外見と肩書きと実力を備えた男が何故こんな歪んだ表情をみせるのか。

 その理由が意味不明すぎて俺はどこか憐みのような感情を抱いてしまった。

 ライルが少し拍子抜けしたように手の力を緩めたのを感じ、俺は言葉を続ける。


「でも、それとスイ……さんが、誰を選ぶかは別問題ではないですか?」

「スイが選ぶ……だと?」


 だがそれも一瞬のことで、すぐにライルは手に力を入れなおす。というか、さらに力を強く込めてきた。

 さすがに少し息苦しさを感じてきたので、その手を払おうと握りしめた。


「何を勘違いしている。何故、選択権がスイにあると思っているんだ?」

「え……」


 俺の抵抗に応じるようにライルが両手で俺の胸倉をつかみなおす。

 その眉間に一気にしわが集まった。


「僕は確かにスイの事を認めている。だが、スイは僕より弱い。格下だ」

「は……?」

「僕より劣る人間に何故、選択権が与えられる? 選ぶのは僕の方だ。尊重されるべき意思は僕の意思だ」

「……」



 ――なんだ、それ……?

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