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108話 偏見

 ライルが苛立った表情を見せながら馬車から降りてくる。

 ……なんて不運だろうか。この時間帯に、このタイミングで会うなんて。

 正直、関わりたくないというのが本音だが話しかけられてしまったのであれば仕方ない。


「あ、散歩です……」


 俺も彼に対して同様の疑問を抱いてはいた。この時間からどこかに出かけるというのだろうか。

 とはいえ質問を質問で返すような無粋をするほど礼儀に疎くは無いし彼に対して興味も無い。

 ライルが眉を吊り上げる。


「散歩?」

「えぇ、風呂上りでちょっと涼みたくて……」

「はぁ……?」


 呆れと煽りの意味を、幼児でも分かるような声と表情で出してくる。

 また何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。


「君さ、状況が分かっているのかな」

「え」

「君はスイの仲間なんだろう。明日君が対峙するのはサラマンダーなんだぞ。それなのになんだ、その気の抜けようは。散歩だと? 馬鹿にしているのか」

「い、いや……そんなことは……」


 無いのだが。ライルの威圧してくる態度に声がどもってしまう。

 そんな俺の態度を小馬鹿にするようにライルはわざとらしくため息をついた。


「まったく……スイは何を考えているのやら。こんな木偶とパーティを組むなんて……」

「は、はぁ……」


 ──どうでもいいから解放してくれ。


 そんな期待と懇願の意味を込めてライルに視線を送る。


「あのさ、君」


 当然と言えば当然なのだろうが、ライルは俺の視線の意味を察してくれなかった。

 コツコツ、と俺に詰め寄るように近づいてくる。

 今の俺の体も身長は高い方だと思うのだがライルの身長はさらに上をいくらしい。

 近づけば近づく程、目線を上にあげなければならなくなる。

 それによる威圧感の増徴を狙っているのか。ライルはにらみ合うボクサーの如く顔を近づけてきた。

 五センチに満たないであろう身長差でも十分な威圧感があった。


「まさかスイに手を出してはいないよね」

「え?」


 ──何言ってんだこいつ?


 唐突にかけられた話題に頓狂な声が出てきてしまう。


「手を出してないだろうなって言ってるんだよ」


 だがライルにとっては大真面目な話しらしい。

 その手で俺の胸倉をつかみ、端正な顔が俺の眼前へと迫る。

 異性であればキスする以外にこうなる事は想像できない程の超至近距離。その地点から殺意が込められていると思う程の鋭い眼光と低く唸るような震える声が放たれる。

 そんなライルの態度に顔の筋肉に緊張が走るのを感じた。


「だ、出してないですよ……」

「そうだよね。まぁスイがそんな尻軽じゃないのは何より僕が知っているのだけれど」


 ライルの顔が僅かに緩む。言葉とは裏腹に安堵しているらしい。


「あの、離してくれますか……?」


 頼み込むならここだと思い、おそるおそるそう問いかけてみる。

 パーソナルスペースを完全に侵害され、胸倉をつかまれややバランスを崩され。

 今の体勢は不愉快以外の何物でもない。早く解放してほしかった。


「君さ、スイのなんなの?」

「へ?」


 だが俺の願いは通じない。

 ライルは眉を捻じ曲げるだけだ。


「スイとパーティを組みたがるヤツなんて、もういないと思ってたのに……何故お前のような男がスイと一緒にいる」


 隠すことなく明確に嫉妬の感情を出し威圧する。

 ライルの顔立ちが凄く整っているせいだろう。

 普通の男が同様の言葉を吐けば惨めになるだけと思われるような言葉も、彼が言えば立派な威圧になる。

 あるいは、俺が小心者なだけかもしれないが。


「単刀直入に言おう。君はスイから離れるべきだ。彼女の強さに君はふさわしくない」


 ──なるほど、それが本題か。


 はっきりと告げられたその言葉に潔さすら感じてしまう。


「……ライルさんは、スイの事を高く評価しているんですね」


 とはいえ、それに応じることができるはずもない。

 俺はなんとか話題を反らして誤魔化すことにした。


「スイ?」


 ぴくり、とライルの眉が動く。


 ──あれ、俺今地雷踏んだ? なんで?


「なぜスイを呼び捨てにしている。馴れ馴れしいやつだな。お前は」


 その疑問にライルはすぐに答えてくれた。

 なるほど、確かに親しい仲でなければ異性を呼び捨てにすることはないかもしれない。


「言っておくがスイは僕の物だ。君のような凡人が呼び捨てなどおこがましい」


 ──断言したな、こいつ……


 スイは相当ライルのアプローチを嫌がっていたが、その気持ちをライルは全く感じてとっていないようだ。

 まるで既に恋人関係にあるかのような言葉を自信満々で告げてきたその態度に俺は何も答えることができない。

 追い打ちをかけるようにライルが言葉を続ける。


「スイを高く評価している、と言ったな。当然だ。僕はね、基本的に女というものが嫌いなんだよ」

「え……」


 意外な言葉に、首が傾く。


 ──女嫌い? なんで?


 ライルがスイに好意を抱いていることは明確だ。そして、そのアプローチもそれなりに執拗だということは伝え聞いた話と、今の彼の態度でよく分かる。

 そんなことをする人間の言葉にしては、いささか信憑性に欠ける内容ではないだろうか。


「自分は大した努力もせず強者に媚び、面倒なことを押し付け合う。自分から何かを成し遂げようとすることは無く、常に受け身で、自分が与えられる側にいることが当然だと思っている」


 と、聞いてもいないのにライルが俺の疑問を解説するように答えてきた。


「当然、男にもそういうヤツはいる。でも男でそんな事をしていたら相手にされず、見下されて終わるだけだからね。そんな態度では、たかが知れた人生しか送れない。しかし女はどうだ」


 何か嫌な記憶を思い出しているかのようにライルの表情は暗い。


「奴等は股を開きさえすれば強い男に愛される。どんなにクズな思考を持っていようが美しい見た目があれば相手にされる。見た目を磨くことにしか興味を持たないくせに内面を愛してくれと戯言を吐く。頼られる事を嫌い、頼りにする事だけを考えている。醜くて、幼稚で、どうしようもない生き物。それが大多数の女の本質だ」


 その声色は妙に迫真的なものだった。

 真にそう思っていなければ出てこないであろう強く感情のこもった声。

 匿名掲示板に書き込まれたモテない男のひがみのような偏見と憎悪に満ちた言葉の羅列。

 それが、俺が人生で見てきた中でも一番と言える程の端正な顔立ちと英雄という褒め称えられる肩書を持つ男から放たれている。

 その妙なギャップが異様な説得力を生み出し反論を許さない空気を作り上げていた。


「しかしスイは違う。彼女は強い。その強さには確かな努力と強い意志が裏付けられている。その輝きは僕と一緒だ。外見と内面の美しさを備えた、奇跡のような少女なんだよ」


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