107話 深夜の散歩
「ふぅ。さっぱりした……」
シャルル亭に戻った後、宿屋の部屋にある小さな浴室で汗を流した俺は頭を拭きながら外に出た。
当然、服を着た後でだ。いつかのように、神が創られしありのままの姿を見られるわけにはいかない。今日はトワが部屋にいるのだ。
「ん、トワ。もう寝たのか?」
だが俺の心配は杞憂だったようだ。
俺が浴室から出てきても一切の反応が無い。
どうしたものかと部屋の奥に進んでみるとベッドの枕の上で体を丸めながらトワが眠っている姿が目に入ってきた。
「……こうしてみると可愛いんだけどな」
小さな寝息に呼応するように僅かに動く半透明な金色の羽。
普段結われているポニーテールの髪が彼女の腰回りを包み込むように解けている。
その無防備な姿を見ていると少し心が安らぐ。
「…………」
しばらくの間、その姿を見つめていたが起きる様子は無い。むしろ熟睡しているように見える。今日はトワにとっても疲れる一日だったということだろうか。
──どうしようかな、こいつ。
思えばトワには俺のコートの内ポケットの中で眠らせるという苦行を今まで強いてきたのだ。
のびのびと眠る事ができる場所を提供してやるぐらい、してしかるべきではないだろうか。
とはいえ、このまま俺がトワと一緒に寝てしまえば寝返りで彼女を圧殺する可能性がある。
仕方ないのでトワを乗せたまま枕を手にもって近くにある机の上にそれを移した。
「うーん……」
ベッドに座り手で風をあおぐ。
明日のことを考えるならばこのまま寝た方がいいのだが目が覚めてしまっていた。
風呂上りということもあって少し暑苦しくもある。
外の空気が欲しくなり部屋を見渡してみるがベランダらしきものは見当たらない。
──外の風にあたってみるか。
そう思って部屋の外へと歩き出す。数分の間だけ散歩するぐらい、別に罰は当たらないだろう……
†
外に出ると心地よい風が俺の体を撫でてきた。その場に立ち止まり全身でそれを受け止める。
周囲を歩く人は見渡す限り皆無。街灯による僅かな光でなんとか周囲の景色を見ることができるがあまり遠くまで歩くと帰ることができなくなりそうだった。
──とりあえず道なりにまっすぐ歩いてみるか。
一度、大きく背伸びをして歩き出す。トーラと違って整備された地面と夜の静けさが相まって自分自身の足音が良く響いた。
スイと歩いていた時には周囲の視線が気分を害していたため、あまり周囲を見渡していなかったが、今は思う存分景色を楽しむことができる。
ゲームで見覚えのある建物や景色を見つけると少し嬉しい。シャルル亭はゲームには無かったが、基本的にゲームのシュルージュと同じような風景だった。
この辺りは商店街になっている。人のいない露店が大量に並んでいて、ゲームでもここで買い物をした事が何回かあった記憶がある。
「……少し遠くにきすぎたかな」
ふと、足を止めてそんなことを呟く。
数分散歩するつもりだけだったのだが振り返ってみるとシャルル亭が見えない位置にまで来てしまっている。
道なりにまっすぐ来ているため帰れないなんてことはないだろうが、風呂上りの体温を下げるには十分すぎる程の距離を歩いてきてしまったようだ。
──そろそろ戻るか。明日に響くのはまずい。
色々と紆余曲折を経た気がするが、ついにトーラを出発した目的であるサラマンダーと対峙するのだ。
……そう、スイを二度も負かした相手と。
ゲームでは俺のキャラクターが負ける事は無い相手だったが油断をしてはならない、と気をひきしめる。なにせ、この世界での戦闘不能は死を意味するのだから。
俺は一度、ぱちんと自分の頬を叩いてシャルル亭へと引き返す。
「ん……」
半分ぐらいの道を引き返した頃だっただろうか。
道の向こうからガラガラと馬車の音が聞こえてきた。
──こんな時間でも活動する人はやっぱいるんだなぁ。
その馬車に視線を移し、馬に対して勝手に同情をしておく。
すると、その馬は俺の感情を察知したかのように俺の方を見てきた。
「えっ……?」
気のせいかとも思ったが、違う。明らかに馬車は道の端に寄り、停止する姿勢を見せている。
この辺りが目的地だったのだろうか。そんなちょっとした野次馬精神を持ちながらその馬車を見つめ続けていると、ちょうど俺の目の前でそれが停止した。
──変な所でとまるなぁ。
人のいない商店街で停止するぐらいだ。おそらくここで商売をしている人間が忘れ物でもしたのだろう。
そう思って馬車の横を通り過ぎようとすると──
「おい、待ちたまえ」
唐突に男の声が俺の耳に届いてきた。
一瞬、無視して通り過ぎようかとも思ったが周囲には誰もいない。
自分が声をかけられた事を悟り、足を止める。
「こんな時間に一人で歩いて何をしている」
威圧するような、その声に少し体がビクッと震えた。
──この世界にも職務質問ってあるのかな? 確かに日本じゃこんな時間に歩いてたら声をかけられるだろうな……
そんな事を思いながら声の方へと振り返る。
「あれ……?」
声の方を見ると記憶に新しい男の姿が目に入ってきた。
月明かりを反射する銀の鎧と髪。腰に携えた宝石のような剣と鞘。
大陸の英雄その一人、ライルが女性と一緒に馬車に乗っている。
女性の顔は俺から見て奥の方に座っていること、女性が俺から顔を反らしていることからよく確認できなかった。
「スイと一緒にいた男だな。……ふんっ、やはり腑抜けた顔だね。僕は何をしているときいたんだけど?」




