106話 使い道
「まぁとりあえず紹介しておくか」
とりあえず俺の仲間になる存在だ。常時出す訳にもいかないだろうが名前ぐらいは知っておいてほしい。そう思って俺は召喚獣を一匹ずつ紹介していく。
そして全ての召喚獣が終わり、
「でだ。この召喚獣達って何か役にたてないかな?」
俺はそう問いかけてみた。
戦闘という点でも使えるだろうが彼らを使わずとも戦闘で苦労する事はそうそうなさそうだ。できれば他の使い道を探してみたいところなのだが……
「……それを考える前に、少なくとも上の三匹は戻した方がいいと思います。あまりにも目立ちすぎていますよ」
スイが眉を八の字に曲げて困ったように笑う。
──それもそうか。
あまりに人がいないものだから忘れてしまっていたがこの場所に人が絶対来ない保証などない。むしろトーラとシュルージュの間を移動する時には必ず寄る場所だと思われる。
「ん、そうか。ごめん……ソウルリターン」
スキルの名前を言うと上空の三匹が光に包まれる。そしてその光は俺の持っていたクリスタルに吸い込まれていった。そのクリスタルを袋の中に入れる。
「さて……」
そんな俺を見てスイがため息をつく。そして少しの間、顎に手を当てて考え込むポーズをとると少し自信がなさそうに口を開いた。
「……真っ先に考えられる使い道としては馬車の代わりでしょうか。移動の際に役立つかもしれません。リーダー、『ライディング』は会得していますか?」
スイがそう言いながら首を僅かに傾ける。
ライディングは騎乗用生物への騎乗が可能になるスキルだった。そのレベル次第で馬はもちろん、グリフォンやドラゴンにも乗れるようになる。単独で習得しても移動速度があがるし、召喚術師との連携でさらに真価を発揮するスキルだった。
ゲームでは俺はキンググリフォンではなく、普通のグリフォンの召喚クリスタルを持っていたためライディングは習得している。
しかし、ライディングは常時発動するパッシブスキルだ。魔法のように発動させて習得しているかを確認する術が無い。
「うーん、ちょっと分からないなぁ」
「分からない、ですか……普通はそういうことは無いのですが……」
スイはそう言いながら苦笑する。確かに自分が習得しているスキルを把握していないなんてことは冒険者としてはあり得ないことだろう。それが分かるだけに少し心苦しかった。
「では実際に試してみましょうか。騎乗道具がないのですがスレイプニルなら乗れそうでは?」
スイがそう言いながらスレイプニルを指さした。俺の内心を察知したのかその声色はとても優しい。
スレイプニルは軍馬だ。そのせいで誰かが騎乗できることを想定したかのような鎧が装着されている。手綱もしっかりとつけられていた。
「よし、ちょっとごめんな」
俺はスレイプニルに近づき声をかけた。無反応だったが拒絶はされていないらしい。俺はスレイプニルの横に移動しその上に自分が騎乗した姿をイメージする。
「おっ……」
魔法と同じような感覚ではなかったが、どうやら思惑は成功したらしい。
自然に体が動きスレイプニルの上に乗ることができた。乗馬したのは初めてなのだが意外に体は安定している。
「これってライディングのスキルが無いとできないことなの?」
そんな俺の様子を見てトワがスイに問いかける。
それに対しスイは、しばらくじーっと俺の方を見ていたがおもむろにニコリと笑って口を開いた
「いえ。乗るだけなら大人しい馬ならできます。ですが今の動きを見ているとリーダーはライディングを習得していると思いますよ」
真顔に近いスイの表情から察するにリップサービスではなさそうだ。
俺自身もそれを体感している。スレイプニルが自分の体の一部にでもなったかのような奇妙な一体感。
熟練の騎手にでもなったかのような感覚だ。
「じゃあウチも乗ってみてもいいっすかね?」
乗るだけなら、という言葉に反応してかアイネが目を輝かせる。
だがスイは苦笑いでそれを制止した。
「騎乗道具ないから無理じゃないかな。それにアイネはライディング習得してないでしょ?」
「あー……でもこの子なら乗れそうじゃないっすか?」
そう言いながらアイネはキンググリフォンに近づいた。
キンググリフォンもスレイプニルのような鎧は身に着けていない。
しかしその体格の大きさから乗る場所を作るのは容易そうだ。
「あ、あれっ……」
と、アイネが近づくのを確認するとキンググリフォンは体勢を低くして唸り声をあげはじめた。
そのあからさまにアピールしてくる不快感にアイネは顔をひきつかせた。
トワが意外だと言わんばかりに目を丸くする。
「結構反抗的だね?」
「主以外に触れられるのは嫌ということでは」
対照的にスイは予想済みだったようで特に動揺した様子を見せていない。
自分の立ち位置も召喚獣から少し引いた場所を意識しているようだ。
「マジっすかぁ……」
少し寂しげに肩を落とすアイネを見て少し可哀そうになる。
そこでキンググリフォンに声をかけてみることにした。
「なぁ、その子を乗せてやれないかな」
俺の言葉を聞くとキンググリフォンは一礼してアイネに近づいていく。
──あれ? 随分あっさりいうことをきくんだな……
「おっ、素直になったっすね。よーしよしよし」
アイネがそう言いながらキンググリフォンの頭を撫でまわす。
体を軽くひねってそれから逃げようとするキンググリフォン。
──あー……やっちまったかなぁ……
今度はキンググリフォンに少し同情してしまった。
強制をするつもりは無かったのだが召喚主からの言葉なのだ。事実上そうさせてしまった面があるかもしれない。
「おおーっ! この子は割とのりやすいっす!」
キンググリフォンの獅子の体に跨るとアイネは両手を上げる。
ライディングを会得していない彼女でも乗ることは容易なようだった。
「ね、ね。動いてみてもらっていいっすか? グリフォンさーん」
キンググリフォンの首回りを抱きしめながらアイネはそう言う。
「……えっと」
──どうしたものだろう。
無邪気に喜ぶアイネの望みはかなえてやりたい。しかし、召喚獣にいたずらにストレスを与えるのもためらわれる。
板挟みの状態で俺はうまく考えをまとめきれず硬直してしまった。
すると、キンググリフォンは俺に対してどこか憐れんでいるかのような視線を送ってきた。
どういうことだろう、とその顔を見つめているとキンググリフォンは俺から視線をそらしゆっくりと歩き出す。
「うおーっ! すごい! すごいっす!! いい子、いい子っ!」
アイネがキンググリフォンの後頭部をなでまわす。
特に反応する事もなく淡々と歩き続けるキンググリフォン。
そんな二人のやりとりをしばらく見守っていると、
「……リーダー。どうですか。移動とかはできそうですか?」
スイが手をあげて俺の視界へとアピールをしてきた。
それを見て俺は本来の目的を思い出す。今はこの召喚獣達を使って移動ができないかを試しているのだった。
「分からないけど、やってみるよ」
とはいえ、この場所では走り回るなんてことはできそうにない。
俺はアイネがいる場所とは反対の方向を指さしてスレイプニルに話しかけた。
「あ、あのさ。ゆっくり移動って、で、でき……ますか……?」
つい、言葉が丁寧なものへと変わってしまった。乗馬している状態でも、その背中からスレイプニルの威圧感が伝わってくるのだ。
だが、スレイプニルはその見た目に反して従順に俺の命令をきいてくれた。
俺が手綱を握るのを確認してから、ゆっくりと歩き出す。
「お、いい感じ……」
ライディングを習得しているであろう俺自身の体のせいもあるかもしれないが、スレイプニルも人を乗せるのに慣れているのだろう。体に伝わってくる揺れはさほど感じられない。
こうして歩いてみるとやはりスレイプニルと一体化したような感覚を覚えた。
「……ふむ」
そんな俺達を見てスイが顎に指を添える。
しばらくそのポーズを維持すると、スイは一回頷いてから俺に話しかけてきた。
「やはり。リーダーはライディングを会得しています。改めて確信しました」
「分かるのか?」
なんとなく自分でもそう感じていたが、彼女の自信満々な表情を見ているとさらにそれが確信に近づく。
「えぇ。私も会得していますから。姿勢を見ていれば分かります」
──なるほど、そういうものなのか。
特に意識はしていなかったがスキルを習得するということはそういうことらしい。
「じゃあ明日は馬車の代わりにこの子たちに乗っていく?」
スイの言葉にトワが嬉しそうに反応する。
「……それはいきなりすぎて不安ですね。リーダーはともかく、アイネは練習が必要かと。あと、かなり目立つと思うので移動手段にする場所も考えないといけないでしょうね」
対照的に苦笑いを浮かべるスイ。
「それにギルドが馬車を手配してくれることになっていますから。明日の予定を変更するのはちょっと……」
「そっかぁ。残念だね」
小さくため息をつくトワにスイが申し訳なさそうに頭を軽く下げる。
「いや、使い道が分かっただけでもうれしいよ」
「……普通、召喚獣は戦わせるものだと思うのですが。貴方にそれが必要かは疑問ですからね」
スイはそう言いながら、ははは、と力なく笑う。
「あと、この子たちはともかく、他の三匹は呼ばない方がいいと思います。なんというか……その……」
「まぁ、言いたいことは分かるよ」
ホウオウ、バハムート、コウリュウは特に目立つ。ホウオウは他の二匹に比べて体が小さかったものの、バハムート……特にコウリュウはヤバい。
さっき見上げた時には体の一部分しか見えていなかったしその巨体さは比較にならないだろう。
見た目の神々しさも相まって下手に彼らを呼び起こしたら大規模な混乱が生じるのは予想がつく。
「とりあえず戻ろうか。そろそろ寝る準備をしておかないと明日がきつそうだ」
とはいえ今日ここに来た目的は達成できた。
召喚魔法が使えることも確認できたし予想外に強力な召喚獣も使えることが判明したのだ。上々といえるだろう。
「そうですね。アイネーッ、戻るよー!」
俺の言葉に一回頷き、スイはアイネの方向に向かって声を荒げた。
その後に何か思い出したかのような顔でこちらを振り向く。
「それと、リーダー……あと、トワも。できればこういう事は事前に相談してくださいね。ここ、私達以外にも使う人がいる可能性があるので。もし人と鉢合わせしたら面倒なことになりますよ」
「そ、そうだな……」
「アハハ……ごめんねぇ……そういうの、気にするんだ?」
コウリュウ達を戻せと言われた時から察しはついていたが、自分は割と迂闊な行動をとっていたようだ。
失敗した時に恥をかくのでは、と怯えてまず一人で試したのはやはり身勝手だったかもしれない。
……トワは俺と違ってスイの言うことを理解したうえで行動していたようだったが。
「す、すまない……頭が回ってなかった……」
「い、いえ。私も昼に、ここに来たときは全然気づいてませんでしたから……はは……」
恐縮したようにスイは両手を自分の体の前で振る。
──まぁ確かに、いきなり転移魔法を見せられたら頭真っ白になるよなぁ。
心の中でそんなフォローをスイに送っていると、
「リーダーッ!! この子、とまってくれないよおおおおっ」
アイネの悲鳴のような声が俺の耳に届いてきた。
みると、足を速めたキンググリフォンがぐるぐると周囲を駆け回っている。
──地味な仕返しだなぁ。
キングの名にふさわしくない、その召喚獣の子供っぽい悪戯に少し吹き出しそうになってしまった。