103話 怒号
「新入りの分際でほざいてんじゃねえぞワレェ!!」
「──!?」
彼女の行動に疑問をもった瞬間、とても少女のものとは思えないようなドスのきいた声が響く。
本当に先ほどまで甘ったるいアニメ声を出していた者の出した声なのだろうか。とても同一人物が出したものとは思えない。
というか、彼女の見た目に似つかわしくないその野蛮な行動が理解できない。
「テメェ、ワシがつかんだお得意様を帰らせようとするたぁ、ええ度胸してるのぉ。あぁん?」
「え、え……?」
あまりに唐突に変化したその態度に理解が追いつかないのだろう。受付嬢が半笑いでミハのことを見つめている。
それが気に食わないのか、ミハは思いっきり受付嬢のことを睨みつけた。
その端正な顔が顔芸でもしているかのごとく歪んでいく。
「なぁ、おめぇよ。前に別の宿屋で働いてた経験あんだったよな? それなのになんだ、その体たらくは」
「あ、う……?」
彼女の怒りの原因が理解できないのだろう。受付嬢は口をぱくぱくと動かしているだけだ。
「この商売やってんだったら人を見る目ぐらい鍛えとけや。あぁ? くだらねぇ噂でお目目濁らせてる場合か? おぉん?」
「あ、あの……オーナー……?」
「テメェらもテメェらだっ! ええかっ? この方はなぁ。ワシの宿のお得意様なんじゃ! てめぇらも冒険者なら自分の目と耳でその実力と人格、しっかり見極めろやぁ!!」
受付嬢を突き飛ばし、そのままカウンターをバンと叩く。
強烈な衝撃音が響くのと同時にロビーにいた宿泊客の嫌な視線が消えた。
というか、全員が顔をそらした。
「あ、あの……」
その暴力的な態度に受付嬢がなだめるようにミハに近づく。
「ワシが通せ言うとるんじゃっ! 文句あんのかっゴラァッ!!」
それに対して、噛みつくように叫ぶミハ。その姿は猛獣を連想させた。
受付嬢はびくりと体を震わせると深々と頭を下げる。
「あ、ありません……」
「だってさ♪」
そんな受付嬢を見るとミハは三度、猫のポーズをとってきた。
「ごめんねぇ、なんか新人さんが失礼な態度しちゃったみたいで。ちゃんと怒っといたから許してほしいな♪」
ミハは甘ったるい声を出しながら上目使いでスイを見つめる。
その変わり身の早さに目を丸くしていたのは俺だけじゃないだろう。しかし、スイは違った。
「いえ。そんなことは無いですよ。宿泊を断られるとまでは思っていなかったので少し驚きましたが……はぁ……」
そう言いながら自嘲気味にため息をつく。するとミハがその肩をぽんと軽く叩いた。
「だいじょーぶ♪ スイちゃんは私が認めた最強の剣士だよっ。今度は勝てるから頑張るんだぞっ。ファイトー……」
ミハがぐっと腰を低くして腕を構える。
そのポーズを見て何かを察したのだろう。急にトワが俺の肩から飛び立った。
「「オーッ!」」
トワとミハが同時に腕を天井につきつけ、同じ掛け声をあげた。
あまりに綺麗にその声が重なり合ったせいでトワの唐突な行動に驚くより前に感心してしまう。
「あれあれ? まさか合わせてくれるなんて思わなかったよ♪ 貴方、いい人なんだねっ」
少しだけ腰を落としてトワに視線を合わせるミハ。
そんな彼女にトワはからかうような笑顔を見せる。
「アハハッ、ボクは人じゃなくて妖精だけどねー」
「な、なぬっ! ボクって一人称、なんかズルい破壊力っ……顔も凄く可愛いし人気者になりそうかも。ライバルの予感? でも、アイドルの座は譲らないぞっ♪」
「おーっ、そのポーズ超可愛いじゃん。アハハッ」
ぱちぱちと拍手を送るトワ。やけに馬が合っているようだ。
あまりに急激なテンションの変わり様に顔がひきつるのを感じた。
「……すごいテンションの人だな」
「そ、そっすね……」
アイネも対応しきれなかったのか少しひきつった笑みを見せている。
そんな俺達を見てスイが苦笑しながら話しかけてきた。
「ま、まぁいい人ではあるんですよ? ほんとに……」
「あぁ。分かってるって。ありがとう」
「え、何がですか?」
俺の言葉にスイがきょとんとした顔を見せる。
「良い宿を紹介してくれて。あと、お金も払わせちゃってるしね」
ミハの受付嬢を叱りつける態度は手放しで賛同できるようなものではない。
接客業としてそれはどうなのだろう、という疑問もある。
しかし、あまりに偏見的な態度をとる人達にはあれぐらいするのはやむを得ないとも思うし、正直どこかすっとした気分だった。
そんな彼女がいるこの宿は良いものであるに違いないだろう。
そう考えると自然とそんな言葉が出てきた。
「……ふふっ、どういたしまして」
照れ臭そうにスイが笑う。その表情を出せる雰囲気を作ったミハにも俺は心の中で感謝の言葉を告げた。