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102話 自称アイドル

「あれぇ? スイちゃんがいるっ。こっちに戻ってたんだねっ♪」


 ふと、険悪になったその空気に全く似合わない声が俺の耳に届いてきた。

 一瞬、何事かと俺達の顔が固まる。


「あっ! なんか妖精さんもいるっ。こーんばんは♪」


 少しの間、呆気にとられていると受付嬢の後ろからひょこりと一人の少女が姿を現してきた。

 一目見て獣人族だという事に気づく。黄色と黒が混じったアイネと同じような形の猫耳……いや、虎耳と言った方が的確だろうか。セミロングの明るい茶髪はハーフアップにまとめられている。小さな黒い蝶ネクタイに青いメイド服を着たその少女はスイやアイネとそう年齢は変わらないように見えた。


「あ、こんばんわー。トワです。よろしくー」

「こちらこそっ。ようこそシャルルロッテのシャルル亭へっ!」


 そう言いながら猫のようなポーズをとる。正直、あざとい。……だが可愛い。

 それはさておき、彼女がなんて言ったのかよく聞き取れなかった。「ル」という文字が多かったことしか覚えられていない。彼女の声がやけに甘く、甲高いのも理由の一つだろう。


「それにしても、スイちゃんが珍しいね。パーティ組んでるなんていつ以来?」

「頻繁ではないですが、つい最近も一回組んではいましたよ。ここには泊まっていないですが……」

「きゃははっ。スイちゃんの仲間は長続きしないからねっ。でもなんか今度の人たちはよさそうじゃん♪」


 横で受付嬢が呆気にとられている様子を見せているが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに少女はニコニコ笑いながらこちらを見てくる。

 嫌味な態度をされるのが通常だっただけに逆に不気味さを感じてしまう。


「ど、どうも。ウチ、アイネっす」


 アイネも同じ気持ちだったのか少し気まずそうに頭を下げた。


「どもども。私はミハだよ♪ ミハ・シャルルロッテ。この宿屋、シャルル亭のオーナー兼アイドルですっ♪」


 その少女、ミハはそんな俺達の対応を見ても全く態度を変えようとしない。

 それどころか一層笑顔が明るくなったようにすらみえる。

 自分でアイドルと言うのが少々痛々しかったが……なるほど、確かに整った顔立ちをしている。看板娘と言われれば一発で納得できるような美少女だった。


 ──それにしても、オーナー……?


 もう一度彼女をよく見てみるが、やはりスイやアイネと同じような年齢に見える。そんな年端もいかない少女がオーナーという立場にあるのは違和感があるのだが。


「ちなみにシャルル亭はチェーン展開もしてるからよろしくね。これからドンドン拡大していく予定です。きゃはっ♪」


 そう言いながら俺に対して投げキッスのモーションをしてきた。

 俺の視線の意味を勘違いでもしたのだろうか。やたらとあざといウインクをしてくる。

 とはいえ無視するのも失礼なので、とりあえず挨拶だけはしておくことにした。


「ど、どうも……」

「うんうん。クールなイケメン魔術師君に、私と張り合えるレベルの可愛い獣人族の拳闘士ってとこかな? スイちゃん、ぐっじょぶ!」

「あはは……」


 スイに対して親指を立てるミハ。隣にいる受付嬢の表情との違いが違和感を通り越して面白くなってきた。

 と、俺がミハと隣の受付嬢を交互に見ていたせいだろう。ミハは受付嬢の顔を覗き込むとぷくっと頬を膨らませる。


「あれあれ? お客様の前でそんな暗い顔してるなんて、だめなんだぞっ♪ シャルル亭はいつもキラキラの笑顔でサービス、サービス♪」


 もう一度猫のポーズをとるミハ。それは決めポーズか何かなのだろうか。


「すいません……ただ……」


 受付嬢はわざとらしくため息をつくとスイを見る。

ミハが一瞬ぴくりと眉を動かした。だがすぐに何事もなかったかのように笑顔を作ると受付嬢に話しかける。


「ん、どうしたのかなぁ?」

「いえ。イメージ低下につながりませんか?」

「……なんで?」


 ミハが笑顔のまま首を傾ける。……気のせいだろうか。その目元は僅かに釣りあがっているように見えた。


「ですから。彼女の宿泊を許すということがです」

「きゃははっ。何言ってるの? そんな訳ないじゃん♪」

「はぁ。ですが彼女は大罪人の娘ですよ。何をするか分かったもんじゃ……」


 そう言いながら受付嬢はスイに視線を移す。嫌味な、というより単純にスイを恐れているような視線だった。


「ちょっと……」


 その言葉にアイネが何か反論したげに一歩足を踏み出す。

 しかし、その動きを他ならぬスイが制止した。不満げにスイの顔を見るアイネ。

 スイは顔の向きを変えないまま僅かに囁く。


「大丈夫。ミハさんは『当たり』だから。……ちょっと、いや……かなりアレだけど」

「え……」


 それをきくとアイネはミハ達に視線を移した。


「きゃははっ。もぉーっ、何いってるのぉ? スイちゃんはお得意様なんだよ♪ 大事なお客様なんだから変なこと言っちゃだ、め、だ、ぞっ♪」

「そうなのですか? とてもそうは見えないのですが」


 そんなスイの言葉は、やはり彼女達にはきこえていなかったのだろう。

 そう言いながら受付嬢は周囲を軽く見渡す。

 他の宿泊客が露骨に嫌な視線を送っていることをアピールしているようだった。

 ミハはそれを見ると一度ため息をついて周囲の宿泊客を一瞥する。


「大丈夫だって。噂は噂。スイちゃんは、本当はいい子なんだよ♪ ねー?」

「あ、あはは……」


 上半身を傾けてスイの顔を見上げるような体勢になるミハ。

 しかし全く変わらない周囲の雰囲気にスイは苦笑するしかできないようだった。

 受付嬢が淡々とその点を指摘する。


「オーナー。やはりここはご遠慮していただいたほうが良いかと。周囲の人を不安にさせるのはよくありません」

「そんなことないよぉ。スイちゃん、今回はどのぐらいシュルージュに──」

「こほんっ、オーナーッ!」


 受付嬢は一回、咳払いをして少しだけ語気を強める。

 一瞬、ひやりとした沈黙が辺りを支配した。だがすぐにミハがそれを破る。

 

「……ふむ、ふむ。ねぇ、貴方ってここで働いてからどのぐらい経つっけ?」

「え……ここではまだ二週間ぐらいですけど……」


 きょとんとした顔で首をかたむける受付嬢。

 するとミハは優しく笑みをみせながら一回頷いた。


「そうだよね。ここでは割と短い方だよね。ならさ──」


 そのまま一歩、受付嬢に詰め寄る。そしてその胸元を物凄い勢いでつかみかかった。


 ──ん、胸倉を?


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