101話 外れ
ギルドの入口に戻った俺達は特に何事も無くスイと合流した。
スイの方が先に待っていたがトラブルに巻き込まれてはなかったようだ。
やはりスイの強さを考えると俺の心配は杞憂だったらしい。ライル程の実力者でもない限り自分から嫌味を言いに来るような輩はいないということなのだろう。
「んで、さー。アイネちゃんが一瞬で追い払っちゃったわけ。かっくいいよねっ」
「てへへ……」
トワが俺の前をいくスイに話しかけている。
ギルドの外に出た俺達はスイとアイネの二人を前にしてその後ろを俺がついていく形で歩き出していた。
さっきからアイネがナンパされたことについて話しが盛り上がっているようである。
「あはは、アイネは可愛いからね。ここにきたら絶対されると思ったよ」
「あ、じゃあ先輩もされたんすか?」
「うん……最初のうちはされたかな。もうほんとうっとうしくて……」
「そっすよねー。なんか変な人だったしなぁ。あんま関わりたくないかも……」
「まぁアイネならしばらくすれば誰も言い寄ってこなくなるよ。強い女の子ってモテないから」
「アハハ、スイちゃんそれ説得力あるー」
……こういうガールズトークになると全く入っていける気がしない。
だが今の方が俺も居心地が良かった。別にスイ達と話すのが嫌だとか、そういうわけではない。ただ、すれ違う通行人がかけてくる嫌な視線をスイが気にしないでくれるような空気になっていることが有難かった。
こうやって話すことでスイの気が紛れてくれるのなら空気ポジションぐらい喜んでなってやるべきだろう。少なくとも異様な緊張感を放つスイのそばにいるよりは何倍も気が楽だ。
トワの豹変っぷりが少しだけ気になったが、彼女の得体の知れなさは今に始まったことじゃない。少なくともトワから俺達に対する敵意は全くといっていい程感じないしそこは置いておくことにした。
「あ、あそこです。今日泊まる場所」
しばらく歩き続けるとスイが俺の方を振り向いて一つの建物を指さした。
煉瓦で出来たアパートのような建物が目に入る。
するとアイネが感心したように目を丸くした。
「おーっ、宿屋もでかいんすねーっ! へー……シャルル亭……?」
「そう?」
スイが少し困ったように笑みを見せる。
俺としては普通の建物のように見えたのだがアイネにとっては違ったのだろう。
たしかにトーラにはあんな建物にはなかったかもしれない。
「あー……でも大丈夫かなぁ。またテンション下がる対応されるわけ?」
トワがうんざりした表情でため息をつく。
「それは運しだいですかね。ここの人は普通に……いや、普通なのかな……?」
スイが一瞬、苦笑いを見せる。
その表情の意味が理解できなかったのか首を傾げるトワ。
それを誤魔化すようにスイが言葉を続けた。
「えっと。まぁ一応、優しく接してくれる人もいるんですよ……とりあえず入りましょうか?」
気が付けば俺達は宿屋の目の前にまで来ていた。
大きな木の看板が掲げられているが、やはり何が書いてあるかは分からない。
スイが意を決したように入口の扉を開ける。
「いらっしゃ……あっ」
俺達を迎えたのは来客を告げる小さな鐘の音と、二十代程の受付嬢の微妙な視線だった。
それに気づくとスイは小さくため息をつく。
「……『外れ』です」
スイが囁くようにそう言ってくる。
――まぁ、言われなくても見ればすぐに分かるのだが。
受付嬢以外にも宿泊客と思われる者達が何人かロビーでたむろっている。
その人たちもスイを見ると嫌な顔をしていた。
──またこの空気か……
「はぁ……戻られていたんですか。ご苦労さまです」
つかつかとスイが受付カウンターに近づくのを見て、受付嬢は無表情でそう話しかける。
スイも同じように淡々と答え始めた。
「はい。合計三人です。お願いします」
「……一人部屋を三つですか?」
「はい」
「えーっ、一緒でもいいっすよ?」
空気が読めていないのか、それともこの空気をぶち壊そうとしたのか。
その真意は定かでは無いが間の抜けたアイネの声はスイの表情から緊張を奪う。
「そ、そういう訳にもいかないでしょ……ここは私が払うから。一人部屋でゆっくり休もう。明日は大変なんだから……」
「…………」
そんなスイを半目で見る受付嬢。
その視線に気づいてアイネもお返しと言わんばかりにジト目を投げかける。
「むぅ。なんでそんな目で見るんすか?」
「いえ……こんな所に宿泊している暇なんてあるのかと思ってしまいまして」
そう言いながら受付嬢は嫌味な視線をスイに投げかける。
エイドルフ商店だったか、あのポーション売り場の店員も同じような対応だったのを思い出す。
仕事に個人的な感情を持ち出すのは彼女達がまだ若いからだろうか。
トワが文句を投げかける。
「ちょっとぉっ、いいから早く部屋案内してよぉ」
「……っ! ですがこちらとしても、他のお客様が不安になるような方は宿泊をご遠慮していただきたいのですが」
トワの姿を見て一瞬だけ目を見開く受付嬢。だが、すぐに興味を失ったと言わんばかりにスイに視線を移してため息をつく。
アイネがその言葉をきいて眉間にしわを寄せた。
「それ、どういうことっすか?」
「そのままの通りです。こちらお客様の信用が第一のサービスを提供しているものでして。ですから──」