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100話 トワの追及

「えっ……」


 と、そんな俺の願いを裏切るかのように誰かが俺に声をかけてきた。


「ふふっ、こんにちは」


 その方向にふり返ってみると褐色の肌をした二十代中盤と思われる女性が立っていた。

 長い黒髪をなびかせるその姿からは大人の色気がこれでもかという程に漂っている。

 悲しきかな、なかなか露出度の高い服を着ているせいで真っ先にその豊満なバストに目がいってしまった。


「あらっ。素直な子ね」


 慌てて視線を顔に戻すとくすっ、とその女性が笑うのが目に入る。

 どうも俺の視線の動きはバレていたらしい。


 ──しかし、なんだろう。やはりスイやアイネには無いその膨らみからは底知れぬ魅力が……


「こんにちは。本当に珍しい組み合わせね。魔術師に妖精なんて。私の名前はストラよ。よろしくね」


 ストラと名乗る女性はにっこりとほほ笑みながら手を差し出してくる。


「あ、どうも……」


 反射的に手が出てしまった。軽い力でぎゅっと握りしめてくれるのが気持ちいい。

 アイネの前で我ながら情けないというか、クズだなぁと思ってしまうが大人の色気には勝てなかった。

 それでもなんとか顔が緩まないように意識はしておいた。流石に自分を慕ってくれている女の子の前で他の女性に、しかも初対面の相手にデレデレするのは失礼極まりないだろうということは分かる。


「ん、この人……」


 ふと、トワが低めの声を出した。

 見るとまるで不審人物を相手にしているかのように怪しげな視線を送っている。


「えと、何の用っすか? ウチら、急ぎなんで……」


 アイネが申し訳なさそうに話しを切り出す。

 するとストラは眉をぴくりと動かした。


「あらそうなの? なら一言だけ。スイと組むのはやめておいた方がいいわよ」


 そう言った直後に、ストラは再びにっこりと笑う。

 

「……は?」


 その表情と言葉のギャップに一瞬、頭が真っ白になった。ストラは気にせず言葉を続ける。


「さっきスイと一緒にいたでしょう。特に貴方は目立っていたわよ。ここら辺に魔術師がいるのは珍しいから」

「……はぁ」

「貴方、知ってるの? スイはね──」

「もしかして、犯罪者とか言うつもりっすか?」


 ストラの言葉を遮るアイネ。するとストラは僅かに目を見開いた。


「あら、知っていて一緒にいたの? あの子は──」

「いい子ですよ。とても優しい、俺の命の恩人です」


 その言葉も、俺が遮る。


 ──また、このての話しか……


 正直、辟易してしまう。

 スイを悪く言われるのは本当に気分が落ち込んでくるので聞きたくなかった。


「……あら、驚いたわね。スイはあまり人と群れないタイプだと思っていたのだけれど。貴方達みたいな仲間がいるなんて」


 ストラが感心したようにため息をついた。

 どうも俺達のような反応が返ってくるのは心底意外だったらしい。

 それにしても、一体彼女は何がしたいのだろうか。何故、俺達にわざわざ話しかけてきたのか。

 その意味を考えていると──



「ボクも驚いたなぁ。キミみたいなくさい人間はこの世界に顕現してから初めてみたよ」



 トワが放った言葉が衝撃的すぎて、俺の思考が一瞬停止する。


 ──今、なんて言った?


「……は?」


 ストラは口をあんぐりと開けて絶句している。

 俺やアイネも同じような表情をしていただろう。


「え、え?」

「おい、トワ……?」


 ──初対面の相手にくさいって、いくらなんでもそれはなくないか?


 だがトワは全く悪びれる様子を見せず言葉を続ける。


「いやぁ。ボクの特性みたいなもんかな。においで分かるんだよ。人の悪意が」

「な、なにを……?」

「他の人とは違う、もっと強くて明確な悪意……それがすごくにおってくるんだよ」


 金色の羽を羽ばたかせながらトワがストラに近づいていく。一歩後ずさりするストラ。


「キミさ、さっき最初に発言した人でしょ?」

「え……?」

「とぼけても無駄だよ。『そうよっ! どうせ勝てないならライル様に任せてよっ!』だっけ?」

「──ッ!?」


 その言葉にストラの表情が一変した。

 先ほどまで見せていた笑顔は露と消え、その顔が一気に強張る。

 凍りついた表情からは恐怖のような感情がみてとれた。


「スイちゃんを取り囲んでいた野次馬の中で、最初にキミがこう言ったでしょ。けしかけたんだよね? 他の野次馬達のこと」

「いや、私は……」


 小さく首を横に振るストラ。小刻みに震えた声を絞り出すように出している。

 その姿から察してしまった。彼女が図星をつかれたことを。

 そうでないのなら、こんな反応をする意味も理由もない。


「だから分かるんだって。ボク、人の悪意とか敵意っていう感情にはすぐ気づくから。化粧品なんかじゃ、この臭いは誤魔化せないよ」


 そんな彼女に、さらに追い詰めるようにトワが詰め寄る。

 自分の鼻を得意げにとんとんと人差し指で叩くトワ。


「ねぇ。キミ、何がしたいの? スイちゃんに恨みがあるの?」

「そ、そんなの……」

「無いの? ならなんでそんなスイちゃんをのけ者にしようとするのかなぁ?」


 さっきストラが見せてきたのと同じようにトワがにっこりと笑う。

 不気味な程に、完璧な笑顔だった。


「分からないからさ、教えてくれないかな?」

「くっ……なんなの! 違うわよっ!」

「あらら」


 ストラが悲鳴に近い声で手を振り払う。

 その手を寸前で回避するとトワは俺の方へ飛んできた。

 そのまま俺の肩に降りるとぺこりと頭を下げる。


「……そうなの? じゃあごめんね」

「えっ……」


 あっさりと引き下がるトワにストラが目を丸くした。

 そんな彼女をからかうようにトワがくすりと笑う。


「まぁでもさ。キミが何言おうと多分、二人はスイちゃんから離れないよ。ね」


 そう言いながらトワはアイネに目配せした。

 その視線に気づくとアイネも拳をぎゅっと握って声をあげる。


「そ、そっすよ! 先輩のこと、悪く言わないでほしいっす」

「…………」


 無言になるストラを見て察する。これ以上の会話は無駄のようだ。


「ほら、スイちゃんが待ってるかもしれないしさ。もう行かないと」


 同じようなことをトワも考えたのだろう。急かすようにトワが俺の肩を軽く蹴ってきた。


「そうだな……じゃあ、俺達はこれで失礼します」


 ストラはやや茫然としているが一応挨拶はしておく。

 とてつもなく失礼な事を言ってしまった気もするし。

 だがその張本人は全くそんな事を思っていないらしい。


「ふふっ、じゃあねっ」


 親しい友人と別れる時のような明るい声に、少し背筋がぞっとするのを感じた。


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