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9話 寮母?

 その後与えられた仕事は本当に簡単なものだった。

 食器を洗い片付ける場所を覚える。それぐらいだ。

 時間帯が昼なこともあり食堂を利用するものが多い時間帯のはずだがトーラの人口が少ないこと、昼はギルドを利用する冒険者が討伐依頼に出かけていることが多いらしく、そこまで客は多くない。

 それもあってそこまで忙しくないらしく食堂の人たちは余裕をもって仕事を教えてくれた。かなり優しく丁寧に。


 そうして夕方になった頃、俺は労働から解放されギルドの受付に移動することを指示される。

 ギルドで働く者の寮の管理人に俺を会わせたいとのことだった。


「管理人さんかぁ、どんな人なんだろ」


 テーブルに座りぼーっとしながら俺はその人を待つ。

 寮の管理人、というと寮母さんみたいな感じだろうか。

 母性あふれた感じの人がやってくるに違いない──


「あら、貴方が新入りさんね。こんにちは」


 ふと、俺の後ろから自分を呼ぶ声がする。声の主は野太く男性のものと思われた。


 ──あぁそういえば管理人だもんな、寮母というよりは大家に近いのか。


 そんなことを思いながら俺は急いで立ち上がり声の方向へ振り返る。

 第一印象は大事だと就職活動の時散々言われたのを思い出す。



 ──落ち着いて、はきはきと、ゆっくり挨拶をしよう……



「あっ、こんにちは。今日からここで──っ!?」


 という覚悟もなんとやら。ここで俺は思わず絶句する。

 ふり返った先にいたのは俺の想像を超えた人物が立つ姿だった。


 白いふりふりのカチューシャに黒のメイド服。

 白と黒のしましまのニーソックスに黒のハイヒール。

 それを来たボディビルダーの如き見事な体つきをしている男性がこちらをにんまりと笑いながら見つめている。

 種族はアインベルと同じ獣人族か。だが身長はアインベルよりさらに高い。間違いなく2メートルは超えている。年齢は四十ぐらいだろうか。


 頭から出ている耳の色はアインベルとは異なり黒ではないが、おそらくは猫のものだろう。金の髪の毛をツインテールにまとめ、口周りにはぼうぼうと髭が生えている。

 その体を包むにはメイド服はあまりにも小さく、空いた胸元からは胸毛が飛びでている。


「…………」


 ──どうしよう。


 こういう趣味の男性も世の中には存在することは知っていた。

 しかし唐突に目の前にそういった人が現れた時、どのように対処すればよいか分からない。

 どう反応すればいいのか分からず絶句する。


 ──下手をするとデリケートな部分を刺激してしまうかもしれない。スルーして挨拶すべきか……?


「あら、アイネちゃんの言ってた通りなかなかのイケメンね。私はアーロン。アーロン・ヴァルグレイ。ギルド寮の管理人、兼、鑑定士よ。昔は拳闘士もやってたんだけどね」


 腰に手を当て上半身を前に倒し上目使いで俺を見つめるアーロン。

 そのまま髭に手をあてなめるように全身を見るアーロンに俺は少し悪寒を感じた。

 だが、それを態度に示すのはまずいのは分かる。


 ──これからお世話になる人なんだ。それに、人の個性を否定するのはよくない……


 そう、自分に言い聞かせ、お辞儀をする。


「初めまして。今日からここでお世話になります。俺は──」


 我ながらうまくたてなおしたと思う。

 すぐに名前を告げる俺に、アーロンは好感をもってくれたようだった。

 うん、うん、と丁寧に相槌をうってくれている。

 恰好はともかく性格は優しい人に違いない。



 ──というか、そうであってくれっ!



「いい子ね。初めて私を見る子は大抵逃げ出しちゃうのに。結構礼儀正しい子なのね。いいわ、私の好みよ……」


 そう言いながらアーロンは舌なめずりをする。


 ──礼儀正しいんじゃなくて、怖くて動けないんです……すいません……


 どこか恍惚とした表情で俺を見つめるその視線はまさに野獣の眼光と言えるものだった。

 その様子に俺は少し恐怖を感じたものの、なんとか作り笑いだけは維持しておく。


「とにかく、いきなりのお仕事お疲れ様。簡単だったとは思うけど量はそれなりにあったでしょう?これ、使って」


 そう言いながら彼はメイド服のポケットから銀色の小さな円筒を俺に渡す。

 おそるおそると受け取る俺に、アーロンはこう付け足した。


「ハンドクリームよ。しっかりとそれをつけないと洗い物のお仕事は手が荒れてしまうわ。後からでも治せるのだけれど。最初から防げるのなら、そうしとくに越したことはないわよね?」


 にっこりとほほ笑むアーロン。それを見て俺は思う。


 ──なんだ、優しい人じゃないか。


 新入りにここまで気を遣うなんて普通じゃ考えられない。

 ここまで優しくされたのは初めてだった。


「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」

「ふふふ……可愛い……」


 ことあるごとに舌なめずりをするのは生理的嫌悪を感じるが。

 ……まぁ彼のくせなのだろう。


 ──他意はないよな? 


 やはり、すこし疑ってしまう。


「話がそれちゃったわね、ついてきていらっしゃい。貴方の部屋に招待するわ」


 彼はそう言うとスカートの裾をあげお辞儀をする。

 ……これが小さな女の子だったら絵になるのだろうが。

 アーロンの態度に俺は苦笑することしかできなかった。


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