0話 転移の光
今日は、クリスマス・イヴだ。
――だから、何だ?
俺にとっては意味がない日だ。
プレゼントをもらう子供達。
いつもよりも盛んにイチャつく恋人達。
美しく彩られたイルミネーション。
全部、クソくらえだ。
「あー……」
ぐしゃぐしゃと髪をかく。
部屋は薄暗く、座る椅子は傷み、使うパソコンは妙な音を立てている。
普通なら買い替えるような状態だが俺にとっては関係ない。
俺の関心は一つのことしかないからだ。
「もう五分だけ狩るか……」
姿勢を正し、マウスを手に取り、もう一度パソコンの画面をみる。
そこに映るのは、黒いコートを羽織るイケメンのキャラクター。
そしてその横で銃をかまえ、メイド服を身に纏った金髪サイドテールの美少女。
画面の奥には数々のモンスター達。
俺はずっと、このゲームをし続けていた。
ファンタジー世界で自分のキャラクターを作り、狩りをしてレベルをあげる。
時には他のプレイヤーと共に狩りに出かけ冒険をして遊ぶという、ありがちなものだ。
俺がプレイしているのは、ネトゲ業界の中でも一番を誇る大規模かつ長寿のゲーム。
典型的で、くせのないシステムや世界観が長く愛される原因なのだろう。
「…………」
カチ、カチ、カチ。
無機質なクリック音だけが部屋に響く。
画面に映るキャラクターが魔法を使い、それに合わせるように寄り添うメイド姿のアシストNPCが銃で寄り付く敵を追い払う。
この単調な作業を俺は今まで続けていた。
……気の遠くなるような時間を使って。
それは今日も変わらない。
だからクリスマスなんて特別な日でも、なんでもない。
何時間、何十時間。何百時間。
レベルがカンストしようが関係ない。
今度は金を集めるためにひたすら狩る。
後に実装されるであろう、より強力な装備をいち早く手に入れるために。狩り続ける。
この生活はこれからも続けていく。
この生活が維持できなくなるまで続けていく。
例え最後に自分を待つのが破滅であろうとも。
もう、これぐらいしか俺にできることは――やれることは、ないのだから。
「…………」
カチ、カチ、カチ。
マウスのクリック音が静かに響く。
これは俺の日常だ。何も変なところはない。
ないのだが──
「ん?」
ふと、思わず、声が出た。
視線の先は自分のキャラクターを映す画面ではない。
「なんだこれ」
画面の奥が──というか、パソコンのモニターが光っている。
こんなエフェクトを放つスキルなど俺は使ってはいないはずなのに。
「なんだ、どういうことだ?」
画面の真ん中から、その光はモニター全体へとその範囲を広げていく。
俺のキャラクターを覆い、横にいるメイドも隠し、見えている敵モンスターも見えなくなり――
「やべっ、故障か? おい」
俺は急いで強制終了のコマンドを入力する。
しかし、その光はとまらない。
左下のスタートアイコンすら見えなくなり、ついにモニター全体が真っ白になった。
……いや、モニターだけではない。
その近くにあるキーボード、積んである漫画。全てのものが白くなっていく。
「なんだ、どうなってる、おい! これはなんだ!」
俺は声を荒げながら逃げるように立ち上がる。
しかし、その行為は無駄であった。
光は急速に部屋全体を包み込み俺の目から視界を奪う。
「うわ、うわああああああ!!」
白、白、白。
何も見えなくなったその部屋の中で俺は混乱したまま喚きだす。
しかし、その光は止まらない。
「た、たすけて──」
思わず手を伸ばし助けを乞うたその瞬間。
俺の意識は完全に閉ざされた。