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1-8

 猶予は十日間。

 この間に真犯人を見つけられなければ、フランカは暗殺犯として裁判にかけられることになる。

 しかし、もしも真犯人をアレッシオの前に引き出すことができれば――――。


 無罪放免。アレッシオはフランカに非礼を詫びると約束した。

 それだけである。


 ――――ケチくせえ!


 アレッシオが去って行ったばかりの食堂入り口を睨み、フランカは内心で地団太を踏んだ。

 人を犯人扱いしておきながら、間違っていたら『ごめんなさい』で済まそうとは。まるで子供の喧嘩である。

 しかし聖殿の冷遇緩和やら予算の再審理やらを要求しても、まったく交渉の余地がなかった。『貴様は自分の立場を理解しているのか?』などと言っていたが、その通り。アレッシオからすれば、わざわざ猶予をやっただけでも譲歩なのだ。最初から不利なフランカの要求に、アレッシオは応じる義理がない。

 アレッシオとしては、フランカが犯人であってもなくてもどうでもいい。とにかく目障りなフランカを捕まえたいだけだ。

 だが、真犯人を見つけられるなら、それはそれでアレッシオに損はない。自分の命を狙う厄介者など、捕まえておくに越したことはないのだから。


 ――自分が殺されかけてんのに、平然としやがって……!


 動じた様子のないアレッシオを思い出し、フランカは無意識に顔をしかめる。

 ――そりゃ、王宮じゃ日常茶飯事だろうけど。

 横暴なアレッシオに対する、人々の恨みは深い。フランカも人のことは言えないが、権力がある分だけ、あの男の方がよほど恨みを買っている。表立っての批判を許さないこともあり、アレッシオに対する抗議の手段はほとんどが実力行使だ。

 襲われた回数は、もはや数え切れないほどだ。暗殺を指示した犯人は、捕まることもあれば捕まらないこともあり、捕まえこともある。

 ――……親戚、兄弟、父親にまで狙われてんだぞ。

 同じ血を分けた親族から狙われても、アレッシオは自分を顧みようとはしない。どれほど正しい主張でも、徹底して反対意見は排除する。周囲は賛同者だけで固めるが、それらにすら心を許す様子はない。

 優遇こそはすれども、さらなる優遇を求める賛同者たちの甘言は聞かない。他人を蹴落とそうと虚偽を吹き込む輩は、かえってアレッシオの不興を買うくらいだ。称賛に気を良くするわけでもなく、増長もせず、淡々と服従者だけを増やしていく。

 周囲の一切を傀儡かいらいにするように、思考と権力を奪っていくのが、あの王太子のやり方だ。このことでどれほど憎まれようと、怖じることも迷うこともない。立ち止まることを知らぬかのように、恐ろしいほどまっすぐに突き進んでいく。


 ――お前、どんな王になるつもりなんだよ。


 アレッシオは振り向きもしない。フランカが見ているアレッシオは、いつだって遠ざかっていく後姿だけだ。

 ――ああ、くそ……!

 消えていく背が、まぶたの奥に残っている。フランカは奥歯を噛み、幻影を振り払うように頭を振った。

 そして、握りこぶしを一つ、食堂のテーブルに叩きつける。

「……くっそ野郎! 絶対に吠え面かかせてやる!」

「――――じゃないわよ! あなた、なんてことをしてくれたの!! 今日で二度目よ、二度目!!」


 ぐえ、とフランカは襟首を締めあげられる感覚に呻いた。これも二度目である。

「犯人を見つけるって、本気で言ってるの!? しかも十日で!? 聖殿のこと、どうすんのよ!!」

 もちろん、確認するまでもなくラヴィニアだ。生真面目すぎる側近が、青ざめた顔でフランカに詰め寄っている。

「見つかんなかったらどうするのよ! あなたがいなくて聖殿が回るとでも!? なんであんな無責任なこと言ったのよ!!」

「い、いや、ラヴィ。なんとか、なんとかするから……」

 だから手を離してくれ――と言うよりも、ラヴィニアの言葉の方が早い。

「なんとかできなかったらどうすんのよ――!!」

 半泣きのラヴィニアの声が響き渡る。鬼気迫る彼女の表情を見るに、もはやフランカの説得は効かないだろう。一度、誤魔化して逃げ出していることもあり、今のラヴィニアはいっそう容赦がない。

 ――これは……どうしたものか……。


 聞きなれない笑い声が響いたのは、心の中で頭を抱えたときだ。


「あはは! 聖殿はいいですね。宮中よりも楽しそうで」

 声は背後から聞こえる。同時に、キン、と剣を鞘に納める音がした。

「あっちは息がつまるほど堅苦しいですからね。本当に、殿下と真逆で面白いです。ああ、なるほど、って感じで」

 笑い含みの声は、飄々とした雰囲気を持っている。どこか気の抜ける口ぶりに、ラヴィニアの勢いも削がれたようだ。襟に込めた力が緩み、フランカはほっと息を吐く。

 そのまま首を曲げ、フランカは背後にいる人物に目を向けた。声の通りにどこか飄々とした雰囲気を持つ青年が、フランカたちを見下ろして立っている。

 彼はフランカの視線に気が付くと、気取った仕草で一礼した。

「大聖女猊下げいか、先ほどは失礼しました。傷はつけていないはずですけど、痛んだりとかしていませんかね」

「ああ、大丈夫だ。えっと……」

 立ち位置からして、フランカの首に剣を当てていた護衛の一人に間違いないだろう。顔にはうっすらと見覚えがある。

 黒くて短い髪に、やや日に焼けた肌。顔立ちこそは平凡なものの、人懐っこそうな愛想の良さに目を引かれる。背の高いアレッシオよりもさらに高く、体つきもかなりがっしりとしている。一見すると威圧感を与えかねない体格なのに、表情のせいか妙に軟派な印象なのが不思議だった。

 アレッシオの護衛として、たびたび傍に控えている男だ。年齢はフランカと同じくらいだろうか。若いが、若すぎると言うことはない。王太子の護衛となると、相当腕も立つのだろう。

 だが、彼はその片鱗も見せず、どこか犬を思わせる懐っこさで笑って見せた。

「エミリオ、です。これから十日間、猊下の行動を監視させていただくのでよろしくお願いします」


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