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1-16

 空が藍色に染まるころ、王宮の離れに火が灯る。

 天井を飾るのは、きらめく大きなシャンデリア。数え切れない蝋燭の火が、夜会場を照らし出す。

 部屋の一角には楽団がいて、絶えず音楽を奏で続ける。音に合わせて男女が踊れば、ドレスの裾が翻る。

 彼らを横目に、談笑するのは国中から集められた貴族たちだ。この日のために作った真新しい礼服で、富を競うように胸を張る。

 彼らに給仕をする使用人たちでさえ、見劣りする者はいない。見目の良いものを選んでいるのだろう。美しい給仕たちに、好色な貴族が声をかけているのが見える。


 フランカは壁際で、給仕の一人から受け取ったぶどうジュースを舐めていた。

 職業柄、酒を飲むことはできない。給仕が差し出す肉料理も厳禁となれば、食べられるのは甘いものばかりだった。

 ――食事は美味いけど。

 妙に疲れた気分で、フランカは息を吐く。

 ――やっぱり、慣れないな。


 足元に目を向ければ、ラヴィニアが選んだドレスの裾が目に映る。白を基調として、赤を差し色に、二枚の布から織られたドレスだ。白は聖殿の色。赤は黒髪に映えるだろうとのことだが、フランカには似合っているのかどうかすらも判断がつかない。

 わかるのはせいぜい、要望通りに背中が大きく空いていることくらいだ。秋の夜は冷たく、その背中も羽織りもので隠れている。

 めったに履かないかかとの高い靴は、歩きにくくて仕方がない。これで踊るなんて、狂気の沙汰だとフランカは思う。

 いつも動きやすいようにまとめている髪も、今はそのまま後ろに流している。耳元には花飾りまで差していて、動くたびに飾りがしゃらしゃら音を立てていた。

 化粧も、今日は少し濃い目だ。口に紅を引くなんて、聖殿の儀式のときくらいしかしない。化粧を施され、鏡を見せられた時には濃すぎると思ったくらいだが、今この場にいると、それでも地味な方なのだと驚かされる。


 結局、フランカは壁の花だ。

 見せたい相手がいるでもなし。そもそも、夜会を楽しむために来たわけではないので、一向に問題はないのだが。


 ――いないな。


 集まる人々に目を向けて、フランカは内心でつぶやく。

 現国王も兄弟王子も来ているのに、フランカを呼びつけた張本人は姿が見えない。

 ――まあ、あの男がこういう場所を好むとは思わないけど。

 フランカとは別の意味で、アレッシオもまた夜会には場違いだ。人を圧倒するような雰囲気は、その場にいるだけで空気を冷たくする。少しくらい愛想を良くすればいいのに、と思うが、そんな面倒なことをするぐらいなら欠席するような性格だ。

 今も、必要な時になるまで奥に引っ込んでいるのだろう。

 フランカはどうにも座りの悪い気分で、ジュースのグラスを揺らした。

 ――嫌味ぐらいは言いに来るかと思ったのに。


 はあ、とため息を吐いたとき、隣からも似たような吐息が聞こえた。

 フランカと同じく壁に張り付いているラヴィニアだ。

 こちらは生粋の貴族令嬢らしく、ドレス姿が良く似合う。背筋を伸ばせばさぞ美しいだろうと思うのだが、今のラヴィニアはうつむきがちで、ずっと目線を伏せていた。

「……ラヴィ、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわ。……あなたのせいよ」

 顔色が悪いまま、ラヴィニアはフランカを睨みつけた。

 責めるような瞳を向けられても、フランカに反論はない。事実、彼女の体調不良はフランカのせいだった。

「あなたの調べ事をして、夜会に急遽人を潜り込ませて、あなたの分も含めて夜会のための服を手配して、気が付いたら朝も通り過ぎて夕方だったわ」

「悪かったよ、ほんと」

 フランカはしおらしく謝った。さすがに無茶なことを言った自覚はある。

 それに応えて、ラヴィニアはよくやってくれた。夜会を見やれば、聖衣を脱いでドレスと礼服に着替えた聖女や神官がちらほら客に紛れている。荒事を覚悟するように言いつけていたが、それを忘れているかのように、なかなか楽しくやっているようだ。

「おかげで助かった。私の補佐は優秀だな」

「そう言うくらいなら、理由くらい教えてちょうだい。――どうして魔法研究所の論文なんて調べさせたのよ」

「まあ、それはすぐわかるから――――おっと」

 不意に言葉を途切れさせたのは、ぐらりと倒れるラヴィニアが見えたからだ。

 慌てて体を支えようと、フランカは手を伸ばす。

 が、フランカの手よりも、ラヴィニアのさらに隣に控えていたエミリオが早い。

 さすがの兵士の反射神経でラヴィニアの肩を掴むと、彼は少し困ったように肩をすくめた。

「ラニエーリ様、ちょっと本格的にまずそうですね」

 エミリオがそう言いながら、ラヴィニアの顔の前で手を振ってみせる。ぱたぱたと振っても、ラヴィニアからの反応はない。

「あー……そろそろ時間なんだが、仕方ないな」

 フランカはいくらか暗い顔をして言った。

 時間というのは、当然ながら余興の話だ。この夜会で暗殺犯の発表がなされることは周知の事実。思った以上に盛大にやるらしく、演出やら前準備やらで、少し早めに場所を移動する必要があった。

 フランカたちはこの後、控え室に移動する予定だった。そこでアレッシオか、あるいはその配下と顔合わせ。軽い段取り説明の後に、会場に戻ってくるという寸法だ。

 こういったやりとりは、フランカよりもラヴィニアの方が得意だ。すっかり任せるつもりでいたのだが、この調子では難しそうである。

「こりゃ休ませないとな。どうせ休憩用に部屋を用意してんだろうし……エミリオ、連れて行ってやってくれるか?」

「お断りしますよ。猊下の傍を離れるわけにはいきませんから」

「そう言うなよ。どうせ監視なんてしてないんだろ? ……こういう場の休憩部屋なんて、下手なやつには任せられないからな」

 夜会用の休憩部屋というのは、もちろん疲れた人間の休息の場でもあるのだが――。

 男女の距離が近く、妙に盛り上がりやすいのが夜会というものだ。一夜の過ちの場となることも少なくない。

 王宮だから節度を保っていると信じたいが、アロガンテは王家からして好色な血が流れている。良くも悪くも寛容で、なんなら王家の人間が率先して連れ込んでいる節もある。

 おまけにラヴィニアは、名門ラニエーリ公爵家の娘で、相当な美人だ。聖殿に属しているからには、未婚であることも確定している。あわよくば、などと思う輩が出ないとは言えなかった。

「どうせこの後は控え室に行くだけだ。人目もあるし、心配するようなことはないだろ。不安なら、ラヴィを置いてから追いかけて来ればいい。場所もわかってるんだし」

「でもですね……」

 言いかけたエミリオの言葉を、ラヴィニアのうめき声がさえぎった。腕の中でさらに顔を青白くするラヴィニアを見て、彼は仕方なさそうに息を吐く。

「わかりましたよ」

 エミリオは軽く頭を振ると、ラヴィニアを軽々と抱き上げた。上背の高さもあって、なかなか様になる姿だ。

「ラニエーリ様をお休みさせたら、すぐに向かいます。十分に身辺にはご注意くださいね。出歩く場合はお一人にならないように」

「わかってるって」

 フランカが頷くのを、エミリオは胡乱な目つきで見やった。その疑り深い表情が晴れないまま、しかし彼はラヴィニアを連れて会場を後にする。

 エミリオの背中を見送ってから、フランカはジュースを飲み干し、小さく伸びをした。

 ――さて。

 フランカも移動しなければならない。

 慣れない靴で足を踏み出し、事前に話をしていた控え室へと、フランカは足を進めた。




 そこらへんで捕まえた聖女を数人引きつれ、フランカは指定された部屋へ足を踏み入れた。

 離れの中の一室。夜会場よりも中庭に近く、人々の声はやや遠い。

 部屋はやたらと広く、控え室というよりも、これも一つの大広間のように見える。フランカが中に入ったときには灯りもなく、嫌になるほど冷え冷えとしていた。


「……本当にここなのか?」

 フランカはついてきた聖女の一人に呼びかける。ドレス姿の聖女は、奇妙そうに部屋の中を見回している。

「今朝来た使者の方が言うには、たしかにこの部屋で間違いないはずですが……」

 ――今朝来た使者ねえ。

 部屋を見回す聖女たちを横目に、フランカは腕を組む。今朝がた、急な予定変更を伝えてきた使者の姿を、フランカは見ていない。ただ、対応した聖女が「たしかに王宮からの使者だった」と答えただけだ。

 ――別に、珍しくもない話だが。

 王家や貴族にとって、予定なんてあってないようなものだ。正確に言うのならば、『目下の人間との予定』は、簡単に反故ほごにする。あれやこれやと振り回されるのは慣れているし、待ち合わせ場所の変更くらいは許容範囲だとフランカは考えていた。

 だが、こうなってくると話は別だ。

 ――そうだな……たとえば、私が暗殺犯だったら。

 フランカがなにかを掴んだだろうと思ったから、昨夜襲ってきたのだろう。

 そうなると、今日の余興をさせるわけにはいかない。もしもフランカが犯人を見つけてしまったならば、夜会中の人々に知れ渡ってしまう。

 ならば――。


 ――私なら、余興の前に始末する。


 だが、フランカは暗殺容疑者。いわば、犯人の罪を被っている存在だ。

 下手に始末すれば、フランカへの容疑は薄くなる。

 犯人としては、できればフランカが罪を被ったまま死んでほしいと思うはず。


 それに、そもそも犯人は目的を達成できていない。

 犯人が狙ったのはアレッシオだ。彼を始末する前にフランカを始末しては、疑惑が外に向きやすい。


 犯人としては、『フランカがアレッシオを殺した』ということにしたかったはずだ。

 フランカとアレッシオの仲の悪さは知れ渡っている。『フランカならばやりかねない』と思われていることも知っている。

 そして事実、アレッシオは迷わずフランカを犯人と断じ、王宮の人間も大半が信じた。

 この状況で、今さらフランカだけが死んだら、かえって不自然なことになる。


 フランカは息を吐く。難しい顔で口をつぐみ、天井を見上げた。


 ――二人ともだ。


 吐く息が白い。

 まるで使う気のない部屋。人気もなく、夜会場の音も遠い。


 ――私なら、ここで二人とも始末する。



 思考を途切れさせるような荒々しい足音が聞こえたのは、その直後だった。

 振り向いたフランカの目に、剣を構えて駆けこんでくる数人の兵が映る。

 数は少ない。しかし全員、鬼気迫る表情をしてるようだった。


 兵たちの剣先は、すべてフランカに向いている。


「――二度目の襲撃があった」


 その声は、兵たちのさらに後ろ。少し遅れて入って来た男の口から発せられた。

 夜の中でも映える髪。にこりともしない端正な顔。美貌を威圧に変えてフランカを見据えるのは、夜会場で姿の見えなかったアレッシオだ。

「逃げる犯人を追っていたら、ここにたどり着いた。そろそろ余興の時間だろうに、こんななにもない部屋で貴様はなにをしていた?」

 アレッシオの冷たい瞳がフランカを射貫く。空虚な部屋に、底冷えのするような緊張が満ちた。

 連れてきた聖女たちが息を呑む。荒事の理由を察したのだろう。彼女たちは相対する兵たちを見やり、どこか覚悟を決めたように身構えた。

「さあ、見苦しい言い訳を聞かせてもらおう」

 少し早いが、答え合わせだ――アレッシオはそう言うと、フランカに向けて酷薄そうに目を細めた。


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