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「ど――――すんのよ! あんなこと言って!」

 聖殿に戻って早々、フランカは大聖女の執務室でラヴィニアに追い詰められていた。

 ドン、と壁際に押し付けられ、ラヴィニアの体と壁に挟まれて、もちろん襟首は絞められている。

「本当に犯人なんて見つけられるの!? 人前に出たら、逃げ場なんてないのよ! 下手なごまかしなんて通用しないわよ!!」

 一息に言い切ると、ラヴィニアは鬼気迫る表情で荒く息を吐いた。


 ――これは……相当怒っている。


 無理もない。アレッシオ一人相手にこっそり犯人を打ち明けるなら、まだごまかしようがある。最悪、平謝りして靴でも舐めて、今後一切逆らわないと誓えば、聖殿の取り潰しだけは避けてもらえる可能性があった。

 しかし、人前となると話は別だ。

 ラヴィニアの言う通りに、逃げ場がない。「わかりませんでした」なんて言ったら失笑ものだ。というか、そうなるとフランカが犯人であると認めることになり、聖殿は『暗殺をするような女を大聖女にした』という取り返しのつかない不名誉まで得ることになる。

 ――まずったなあ……。

 内心では、フランカも少し軽率だったとは思っている。

 アレッシオの部屋でも特に手掛かりが得られず、未だ犯人の予想もついていないのだ。あとは地道な聞き込みか、とは思うのだが、それだと時間が足りない恐れがある。

 ――……まあ、でも。

「言ったものはしょうがないだろ」

 結局、これしかないのである。

 アレッシオは、今さら撤回なんて許すような相手ではない。残り時間で見つける以外に選択肢はないのだ。

「夜会の招待状は来ていたな? 適当に準備をしておいてくれ。さすがに、この野暮な聖衣で参加するわけにもいかないからな」

「あなたねえ……!」

 フランカの切り替えの早さに付いて行けず、ラヴィニアは苛立ったように目を吊り上げた。

「そういう話じゃないのよ。しかも夜会って……」

 だが、次の言葉に詰まる。言っていいのか迷うように忙しなく視線をさまよわせてから、ようやく口を開く。

「……本当に、夜会に出るの? だってあなた、ドレスは……」

 着られないじゃない、とは言わなかった。代わりに、聖衣で隠れたフランカの体を、苦々しそうに見やる。

 この服の下に隠れているものをラヴィニアは知っている。いや、ラヴィニアだけではない。国中の誰もが知っていて、口にはしない。

 ――『公然の秘密』、か。

 フランカは自嘲気味に口を曲げると、おおげさに肩をすくめてみせた。

「露出が少なければ問題ないよ。私はこういうのわからないから、ラヴィが見繕っておいてくれ」

 むう、とラヴィニアは口をつぐんだ。なにか言いたげだが、最後は結局、観念したような深いため息とともに頷いた。


 〇


 ――とは言ったものの。


 それから八日。

 フランカの犯人探しに進展はなかった。


 ――王宮での聞き込みでも手掛かりはないし、聖殿に怪しい侵入者もなかったし。


 事件当時の王宮に異変はなかった。他にフランカそっくりの人間がいたという話もない。

 不審な人物が王族の居住区に侵入していた、という話も聞かない。見張りに問いただしてみても、侵入者はなかったとしか答えなかった。

 厳重に守られた居住区に、そもそもどうやって忍び込んだのか。そこからしてまず謎だ。


 ――変装の名人? でもまさか、真正面から顔を見てわからないってことはないだろうし……。


 となると魔法しか考えられないのだが、魔法の線はフランカ自身が否定している。


 ――聖衣の方もわからんなあ。こっちは逆に、誰にでも可能性がありすぎる。


 フランカの部屋は、窓から誰でも入りたい放題だ。

 大聖女への面会を求めた人間も多く、その時に「フランカが外出している」と言われて追い返された人間も山ほどいる。

 完全に可能性として消していいのは、絶対に聖殿に近付かないだろうと思われる過激な王太子派くらいか。


 ――過激派を除いた、王宮にも聖殿にも出入りが可能な人間……となると、やっぱり貴族だろうな。暗殺犯本人ではなくとも、手引きしているのは間違いない。


 いやしかし、アレッシオの牛耳る現在の王宮で、そうそう簡単に手引きができるだろうか。

 そもそも王太子の寝室に忍び込んだり、その後の逃亡の手際から考えて、かなり王宮について詳しい人間のはずだ。いくら地味顔だからってフランカに似た容貌が頻繁に王宮を歩いていたら、気付く人間もいるはずだ。


 ――それだとやっぱり魔法を使ったことになって、でもそうなると………………。






「あー! もう! わからん!!」

「だからって、ここに来ないでくださいよ…………」


 昼を少し過ぎたころ。

 例によって食堂に逃げ込んだフランカに、ジラルドは呆れたため息を吐いた。


「ラニエーリ様がまた探していらっしゃいましたよ。今度こそ鬼のような形相で」


 そう言いながら、ジラルドは頭を抱えて突っ伏すフランカの横に、湯気の立つカップを置いた。

 うつぶせたままちらりと見やれば、カップの中に白い水面が見える。かすかな甘い香りから、ホットミルクなのだとわかった。

「頼んでないぞ」

「サービスですよ。飲んだらちゃんと帰ってくださいね」

 む、とフランカは返事にも満たない返事をする。ここ最近急に冷え込んで来たので、ジラルドが気を利かせてくれたらしい。なんだかんだ言って、彼はフランカには甘いのだ。


 のろのろとカップに手を伸ばすフランカを一瞥すると、ジラルドは同じものをもう一つテーブルに置いた。

「どうも」と言ってカップを受け取ったのは、監視のエミリオだ。

「聖殿の食堂は気が利くねえ。王宮の方はどうにも固くて」

「ああ、いえ。……王宮に勤めている方なんですね」

 物珍しそうに尋ねるジラルドに、エミリオは気安い調子で頷いた。

「そう。今は休暇みたいなところだ。しばらくあっちの食堂で食事をしなくて済むと思うと、気分が楽だよ」

「へえ、そうなんです? 王宮の食事はすごく質がいいって聞いたことあるんですけど」

「ああ、まあ、味だけは悪くないけどな――」

 エミリオは苦笑しながら、王宮の食堂について愚痴を交えつつ話し出す。ジラルドも興味を引かれた様子で、熱心に耳を傾けていた。

 同性同士ということもあり、話もはずむのだろう。フランカを横に置いて、二人は楽しそうに談笑している。


 その様子を眺めつつ、フランカは差し出されたカップを手元に引き寄せた。突っ伏したままカップを傾け、いかにも横着なしぐさで口を付ける。


 ――思えば、こいつも謎の男だな。


 蜂蜜入りの甘いミルクを舐め、フランカは嘆息した。

 口が軽くて飄々としていて、ときに無礼なくらいに馴れ馴れしい。迂闊なことを言えば首が飛ぶような王宮で、その最たるものであろうアレッシオの傍で、この性格は異質とさえ言っていい。

 ――監視のわりに、定時報告する様子もないし。なにか指示を受けているようにも見えないし。

 この九日間、エミリオがしたのはフランカの傍にいることだけだった。寝るとき以外は、ほとんどずっと近くにいたと言っていい。

 仕事をサボって逃げるときも、ラヴィニアらの追手を撒くときも、エミリオは必ず付いてきた。木から飛び降りようが壁をよじ登ろうが、エミリオだけは引き離せない。今も、ラヴィニアが必死に探している横で、暢気にミルクを飲んでいる。

 ――なにが目的なんだろう?

 アレッシオのことだ。無意味なわけはないだろう。

 なにか意図が――そう思ったところで、不意に思考が中断される。


 原因は、食堂に駆け込んで来た子供たちの声だ。

 さすがの寒さに、子供たちも参ったのだろう。十歳程度の子供たちが数人、本を抱えて食堂の一席を陣取った。どうやら今から朗読会らしい。

 子供の一人が本を開き、たどたどしい調子で読み始める。

 見るともなしに様子を見ていたフランカは、その最初の一節を聞いた。


「――むかしむかし、女の子は王子さまと恋に落ちました」


 文字を読む練習も兼ねているのだろう。子供が読めずに詰まると、他の子どもが指摘する。ゆっくりと進んで行く物語を聞いていると、ふとジラルドが呟いた。

「……あの話、たまに子供が読んでいるのを聞きますね。ずっと気になっていたんですけど」

「うん?」

 フランカはミルクを舐めつつジラルドを見上げた。彼の黒い瞳が、子供たちの持つ本に向いている。

「あの話、いつも別れたところで終わりますよね。続きってないんですか?」

「ああ、ないない。あれはそもそも、『話』ですらないからな」

「『話』ですらない?」

 不思議そうに首を傾げるジラルドが、フランカには少し意外だった。これは、この国では誰もが知っている話だ。わざわざ説明したことなど、生まれてから一度もない。

「あれはもともと『予言』なんだよ。大昔の偉大な大聖女様が残したものらしい。聖殿は基本的に娯楽本の類を禁じているから、ああいう予言を物語っぽくして子供に与えてるんだ」

 だから、本を読んだだけで咎められることはない。それを『公然の秘密』と結びつけることに問題があるのだ。

「予言……じゃあ、あれはこれから起こることなんですか?」

 かわいそうですね、と言ってジラルドは顔をしかめた。この先、予言を受けて引き離される誰かを想像しているのだろう。妙に同情した様子の彼に、フランカは笑うように口を曲げた。

「いや、あれはもう終わっている予言だ」

「……終わっている? もう起こってしまった話なんですか?」

 驚いた様子で、ジラルドはフランカに顔を向けた。

 そして、間を置かずに疑問を口にする。

「じゃあ、別れた二人はどうなったんですか」

「それはもちろん――――」


 誰もが知っている二人の結末。

 それを口にしかけて、フランカはすぐに言葉を呑みこんだ。

 出かけた言葉を確かめるように、口元に手を当てる。

 この国では、『公然の秘密』を知らない人間などはいない、はずなのに。


「そうか……! お前は知らないんだな、ジラルド!」


 フランカは反射的に立ち上がり、ジラルドの顔を見やった。

 逸るような気持ちが胸にある。呼吸は荒く、体が熱を持っている。なのに、妙に頭が冴えていた。


「『この国の人間』じゃないから! 誰も語らない秘密を知ることができなかったんだ!」


 思い出されるのは、王宮で交わした会話だ。

 さりげなく聞き流していたが、の発言に違和感がないわけではなかった。

『この国』の人間ならば誰もが知っているはずなのに、どうしてあんなことを言ったのか。

 もしも彼がこの国の『人間』でないのなら――。


 ――精霊を使わない魔法はないのか?


「ある……! ああくそ! あいつ……!!」

「ふ、フランメリヤ様……!?」

 戸惑ったように、ジラルドがフランカの名前を呼ぶ。だけど、説明してやる余裕はなかった。

「代金はラヴィに請求しておいてくれ! 夕方までには執務室に戻るから、私を探しに来たら伝言を頼む!」

「え、ええ!? わ、わかりましたけど……!?」

 けど、の先を聞くよりも先に、フランカは席を蹴っていた。

 唖然とするジラルドと、子供たちの声が遠くなる。

 代わりに聞こえるのは、並走するエミリオの足音だ。

「お供いたします。どちらへ?」

 いつもより、少し真剣みのある声が問いかけた。

 フランカはエミリオを一瞥すると、顔をまっすぐ正面に向ける。

 行き場所は決まっていた。


「――王都の外壁」


 町をぐるりと取り囲う、王都の守り。

 そこに描かれた魔法の文字。

 物理的な壁ではない。邪悪を弾く、魔法の障壁――。


「結界の様子を確かめる――!」


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