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1-11

 王宮に行きたくない、という言葉は、まぎれもなくフランカの本心である。


 魔物の被害状況を確認し、その足で王宮の門をくぐったのは、昼も大きく過ぎたころ。

 傾いだ陽光を受ける王宮の中庭で、フランカは長いため息を吐いた。


「――ああ、これはこれは、大聖女フランメリヤ様。昨日の騒動はお聞きしましたかな? まったく、とんだ不届き者がいたようですな」

 聖殿とは異なり、金が潤沢にある王宮の中庭は、しっかりと手入れが行き届いている。

 丸く整えられた木々に、四角く刈られた薔薇の園。秋の花々は、色まで合わせて整然と並んでいる。宮殿から落ちる影まで計算された庭は、本来ならば息をのむほど美しいのだろう。

 しかし、そこを闊歩する人間が美しいとは限らない。

「まさか殿下を弑そうなどと! そんな恐ろしいことを考える者がこの世に存在するなんて、とても信じられません! ええ、ええ、よほど殿下に逆恨みをしている人間に違いありません。たとえば――――殿下に横恋慕し、すげなく捨てられた女とか」

「はは。コゼット侯爵は想像力が豊かでいらっしゃる」

 豊かな髭の侯爵に向け、フランカは笑ってみせる。言うまでもなく、『すげなく捨てられた女』はフランカを示しているのだが、そのことを指摘するほど無粋な人間はこの場には誰もいない。

「殿下なら、そんな女は吐いて捨てるほどいらっしゃるのでは? この国の女性すべてが容疑者になってしまいますねえ。これは、犯人探しを言いつけられた私も難儀しそうです」

「おや、犯人ならもう少し絞れますでしょう?」

 横から口を出したのは、若い痩身の貴族だ。彼もまた張り付いた笑みを浮かべつつ、しらじらしい言葉を吐く。

「なにせ犯人は、猿のように身軽に逃走したというではありませんか。それだけでも真っ当な素性の女ではありますまい。――ところで猿といえば、どこかで聞き覚えがありませんか?」

 昨日あたりに、と若い貴族がうそぶく。予算会議で、アレッシオがフランカを指して「猿」と呼んだことを覚えているのだろう。そうでなくとも、アレッシオはたびたびフランカを猿呼ばわりしていたのだ。印象に残っていても無理はない。

「はて、猿と。私にはとんと思い当たる節はありませんが、ベルティ伯爵はなにか心当たりが?」

 痩身のベルティ伯爵に向け、フランカは肩をすくめてみせる。

「猿のように身軽だなんて、部屋にこもりきりの私としてはかえって羨ましいものです。仕事仕事で、最近はめっきり足腰も弱ってしまって」

 背後でラヴィニアが「よく言うわ……」と呆れていたが、フランカは知らんぷりだ。視線を相対する貴族たちに向けたまま、作り笑いを崩さない。

 フランカを見る貴族たちも同様。アレッシオによく似た侮蔑の色をフランカに向け、薄ら笑いを浮かべている。

 一見すると談笑しているように見えない光景は、吹き抜ける秋風よりもさらに冷たい足の引っ張り合いだ。

 美しい王宮。華やかな貴族たち。色鮮やかな庭。そんなもの、すべて見せかけでしかないことを、フランカは嫌と言うほど知っている。


 ――それにしても運が悪い。


 フランカは目の前の貴族たちを見やり、内心で愚痴をこぼす。

 ――よりによって、魔法研究所の連中に会うとか。しかも昨日のことも知れ渡ってるみたいだし。


 アレッシオを探すフランカが出くわしたのは、宮中でも力を持つ貴族――王太子からの優遇を受ける魔法研究所の管理者たちだった。

 魔法研究所に関わる貴族は、生粋の王太子派閥だ。そのうえ聖殿とは競合組織でもある。

 精霊を見る目を集める聖殿は、すなわち魔法の才能を狩っていることに他ならない。聖殿内でも魔法研究は行われており、特に治療魔法の分野では名が知れていた。

 魔法専門でもない聖殿が才能と名声を奪って行くことに、魔法研究所はずいぶんと苦い思いをしていたらしい。アレッシオが聖殿潰しに乗り気となれば、彼らに否やはない。全力で支援をするし、ここぞとばかりに積年の恨みをぶつけてくる。


 その中でも特に過激派として知られるのが、所長のコゼット侯爵だった。

 副所長のベルティ伯爵は、コゼット侯爵の有名な腰巾着。


 そして――。


「ま、まあまあ、お待ちください。そんなギスギスしないで、ね、みなさん」


 冷や汗を流す小男が、フランカとコゼット侯爵の間に割って入る。こまごまとした足取りに、せこせこした手の動き。薄い頭と丸い体が、妙に小動物めいて見える。

「殿下が狙われたこんな大事の後なんですから、いがみ合いは止めましょう? フランメリヤ様も犯人探しを仰せつかったというのですから、協力して差し上げないと」

「フィロー伯爵、ずいぶんと聖殿の肩を持たれますなあ」

 ずっと年下のベルティ伯爵に鼻で笑われ、小男――フィロー伯爵はびくりと肩を震わせた。それでも怒るわけでもなく、困ったように頭を掻く。

 フィロー伯爵は、過激派二人を諫める苦労人だ。魔法研究所のもう一人の副所長だが、彼はどちらかといえば、責任者よりも研究者に近い。責任者連中の中では珍しく精霊を見る目を持っていて、論文もいくつか書いている。実際の研究に知見が深いことから、研究所内では所長のコゼット侯爵よりも人望があった。

 性格は小心で、争いを好まない。魔法研究所の一員として王太子派閥に属してはいるが、他の過激派に比べるとはるかに穏当な思考をしていた。

 おかげで彼は、いつもこういう場での仲裁役だ。

「ま、まあ、肩を持つわけではないのですが……」

「だいたい犯人探しなんて、我々に協力することなんてありますか? そうでしょう、フランメリヤ様。探すまでもなく、犯人なんてわかりきっているでしょうに」

 フィロー伯爵の言葉を最後まで聞かず、ベルティ伯爵はフランカにそう言った。

「十日も猶予なんて必要ないでしょう。もちろん、フランメリヤ様もすでに犯人はわかっておいででしょうが」

「さあて。そうおっしゃるベルティ伯爵こそ、ご想像がついていらっしゃるようですね」

「ええ、子供でも分かりますよ」

 薄ら笑いを浮かべる伯爵の視線が、フランカの全身を舐める。「お前だ」などとは口にしないが、フランカが犯人であると確信しているのは明らかだった。

「これで犯人を明らかにできない人間がいるとしたら、よほど頭に問題があるか、あるいは――――よほど犯人を明かしたくないかのどちらかでしょう」

「ははあ。ずいぶんと自信がおありでいらっしゃる」

 フランカは伯爵の視線を受け止め、怯むでもなく口を曲げた。

「なら、答え合わせが楽しみですね。ベルティ伯爵の頭に問題がおありかどうかがわかりますよ」

「――――この……!」

 ベルティ伯爵の顔が赤く染まる。我慢の足りなさは若さゆえか。自分から挑発してきたくせに、挑発されるのは気に食わないらしい。

「罪人風情が、偉そうな口を……!」

「ま、ま、まあまあまあ! お待ちくださいベルティ伯爵! ね!」

 剣呑な空気を察してか、フィロー伯爵が慌てて声を張り上げる。勘弁してくれ、と言う目をフランカに向けた後は、ベルティ伯爵とコゼット侯爵に体を向け、賢明になだめようと手を上下させていた。

「ま、まだ罪人と決まったわけではないのですから! あまり熱くならず……!」

「おやおや、これは伯爵、ずいぶんと罪人――おっと、フランメリヤ様の肩を持つ」

 そう言ったのはコゼット侯爵だ。怒りに震えるベルティ伯爵を横目に、彼は小柄なフィロー伯爵を見下ろす。

「もしや今回の事件を軽く見ているのではなかろうな? 殿下に仇為す大罪人を擁護するようであれば、魔法研究所に居場所はなくなるぞ?」

「い、いえ、これはフランメリヤ様をかばうわけではなく……」

 コゼット侯爵の矛先は、フィロー伯爵に向かっていた。

 魔法研究所の最高責任者である侯爵と、副所長ながら所員の信頼の篤い伯爵との確執は、門外漢のフランカも知っている。腰巾着のベルティ伯爵も公爵の援護に回り、絡まれたフランカはありがたくも蚊帳の外だ。


 ――だから来たくなかったんだ。


 揉める三人の男たちを残し、そっとその場を離れつつ、フランカは安堵とも言えない息を吐く。

 美しい王宮に隠されるのは、騙しあいと罵りあい。仲違いに足の引っ張りあいである。どこの世界でもある人と人との争いだが、気取っているぶんだけ気が滅入る。


 ――息が詰まりそうだ。


 だけど、この場所に立つと決めたのはフランカ自身なのだ。

 王城に切り取られた狭い空を、フランカは苦々しく睨みつけた。

 自分をこの場に引き込んだ、憎い誰かを恨むように。


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