プロローグ
かつて、娘は恋に落ちました。
相手は才気あふれる大国の王子。神の寵愛を一身に受けた、輝くばかりの美貌の王子に、娘は一目で心を奪われてしまいました。
それは、王子も同じでした。凛として可憐な娘を見た瞬間から、王子は彼女に惹かれていたのです。
二人は人目を忍び、こっそりと会うようになりました。場所は二人だけの秘密。邪魔する者はありません。会うほどに二人は互いに惹かれ合い、深く恋に落ちていきました。
ですが、その幸せな時も長くは続きませんでした。
たびたび姿を消す王子を不審がり、後を付けてきた従者によって、二人の秘密は暴かれてしまったのです。
二人の恋は、決して許されるものではありませんでした。
娘は、精霊を見る目の他に、特別なものは何一つ持ちません。身分も後ろ盾もないただの娘は、王子の恋人にはとても相応しくないのです。
周囲は激しく反対しました。王子から引き離そうと、娘にはいくつもの心無い言葉がかけられます。
娘に王子は釣り合わない。身の程を知らない。王子は若さに浮かされているだけ。一時的な火遊びを楽しんでいるだけで、本当は娘のことなど愛してはいないのだ――。
いいえ、もっとずっとひどい言葉まで、娘には投げかけられたのです。
けれど、誰になにを言われても娘は構いませんでした。
どんなに反対されたって、娘は諦めたりなんてしません。王子といられるなら、どれほど辛くても平気でした。二人一緒なら、どんな困難でも乗り越えられると思っていました。
どんなことでもできると、思い込んでいました。
逃げよう――そう言い出したのはどちらだか、今となってはもうわかりません。
ただ、王子が手を差し出し、娘が手を取ったことだけは事実。二人は反対する声に背を向けて、国を捨てて逃げ出しました。
ですが――。
二人は逃げきることができませんでした。
二人の恋は、終わってしまいました。
王子は城に戻され、娘は罪に問われました。
娘は冷たい檻の中。死罪にだけはしない代わりに、二度と王子と会わないと誓わされ、言葉を交わすことさえ禁じられました。
別れの言葉を告げることもできないまま、娘は城を追い出され、あとはそれきり。なにもありません。
こうして、娘は王子と引き離されたのです。
娘はその後、二人でこっそりと会っていた秘密の場所に行ってみました。
だけど何度行っても、いつまで待っても、王子が姿を現すことはありませんでした。
〇
これは、軍事大国アロガンテを二分する勢力――国政をつかさどる王家と、神事をつかさどる聖殿の、誰もが知るが誰も語らない公然の秘密。
聖殿を束ねる若き長。大聖女フランカ・フランメリヤの、唯一にして最大の過ちである。