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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:14
99/231

04・前日

 午前10時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の総長である阿諏訪征一郎は、本部長の那智明と共に、グラウカ研究機関『アルカ』を訪れた。

 那智の運転する黒塗りのセダンが、『アルカ』の地下駐車場に停止する。

 阿諏訪が後方のドアからコンクリートの床に足を下ろし、続いて淡いグレーの髪色をした阿諏訪灰根が、ひんやりとした空間に降り立った。

 阿諏訪は灰根の手を引いて地下駐車場のエレベーターに乗り込み、那智が操作パネルのボタンを押す。

 静かに上昇したエレベーターは、小さな到着音と共に9階で止まった。

 クリーム色の扉が開き、『アルカ』の所長の是永創一が白衣姿で迎える。

「阿諏訪総長。那智本部長。お忙しい中、よくいらして下さった。早速、灰根さんの血液採取を行います。その間、お二人は『特別研究班』の研究室でお待ち下さい。……遊ノ木君。ご案内を」

 そう言って、是永は後ろに顔を向けた。

 是永の背後に控えていた研究員の遊ノ木秀臣が、「はい」と返事をして、「こちらです」とうやうやしく通路の奥に招く。

 阿諏訪と那智は『特別研究室』のプレートが掛かった研究室に入り、部屋の一角にあるソファセットに腰掛けた。

 遊ノ木がプラスチック容器にコーヒーを淹れ、「どうぞ」とテーブルに置く。

 阿諏訪は「ありがとう」と礼を言ってコーヒーに手を伸ばし、遊ノ木をちらりと見やった。

「……確か、君は『アルカ』の研究員だった遊ノ木秀一氏のお孫さんだね? 私は何度かこの研究室に訪れたことがあるが、こうして話すのは初めてだな」

「はい。そうです」

 阿諏訪の言葉に、ソファセットのかたわらに立った遊ノ木が返す。

 阿諏訪は湯気の立つコーヒーを一口啜って言った。

「もう、50年近く前になるか。当時、インクルシオ総長だった私の父が、遊ノ木秀一氏は是永喜平氏と並ぶ優秀な研究員だと言っていた。グラウカの“特異体”の研究にも、熱心に取り組んでくれたと。だが、その途中で、不慮の交通事故により亡くなってしまい、非常に残念だ」

「……はい。そのようにおっしゃっていただいて、祖父も光栄だと思います。ありがとうございます」

 白衣を着た遊ノ木が頭を下げると、研究室のドアが開いた。

 是永が「終わりましたよ」と灰根を連れて入ってくる。

 グレーのスーツに身を包んだ那智が「それでは、行きましょうか」とソファから立ち上がり、阿諏訪が「うむ」と応じた。

「では、これで失礼する。短い時間だったが、昔話ができてよかったよ」

「はい。またお目にかかれる機会を、楽しみにしております」

 阿諏訪が柔和な表情で言い、遊ノ木が深々と一礼をする。

 遊ノ木は腰を折った姿勢のまま、研究室を去っていく阿諏訪の背中を、密やかに睨み付けた。


 『アルカ』の地下駐車場に戻り、黒塗りのセダンにエンジンをかけた那智は、月白げっぱく区にある阿諏訪の自宅に向かった。

 道の両脇に街路樹が等間隔で並ぶ大通りを走行中、車は赤信号で停車する。

 那智はふとウィンドウの外に目をやって言った。

「……阿諏訪総長。あそこの電柱に、木賊とくさ第一高校の文化祭のポスターが貼られていますね。聞いた話によると、南班の雨瀬、鷹村、塩田、最上は、男女を逆にした衣装で『バトラー&メイド喫茶』をするとか。東班の藤丸と湯本は、『お化け屋敷』でゾンビに扮するそうですよ」

 後部座席に座る阿諏訪が、「そうなのか。それは面白そうだな」と返す。 

 那智は「ええ」と穏やかに微笑み、まもなく信号は青に変わった。

 まっすぐに伸びる大通りを、セダンはなめらかに走り出す。

「………………」

 灰根は長い睫毛まつげまばたかせて、徐々に遠くなる電柱のポスターを、いだ瞳でじっと見つめた。


 午後5時。東京都不言いわぬ区。

 閉鎖済みの児童養護施設「むささび園」の地下にある物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、横に倒した冷蔵庫の上に座っていた。

 乙黒の前では、ベビーピンクのニットに白のパンツ姿の茅入姫己が、スマホから流れる曲に合わせて踊っている。

 アップテンポの曲が終わると、茅入は膝に手をついて息を吐いた。

「これで、振り付けのおさらい終わりー。疲れたぁー」

「茅入ちゃん。すごくよかったよ。ユニット名、『ドゥルケ』だっけ? 明日の木賊とくさ第一高校の文化祭のミニライブは、盛り上がりそうだねー」

 乙黒が拍手をし、茅入が「へへ。ありがと」と額の汗を拭う。

 賑やかな音が止んだ空間で、乙黒は立てた両膝に顎を乗せて言った。

「文化祭、いいなぁ。僕も行きたい。でも、今回は我慢しなきゃなぁ……」

「ああ。そうした方がいい。『インクルシオ夏祭り』の時とは違って、雨瀬と鷹村は一日中校内にいる。乙黒が変装をしても、幼馴染のあいつらの目は誤魔化ごまかせない」

 新聞紙の束の上に座った半井蛍が言い、乙黒は「うん。そうだね」とやや寂しげに返す。

 半井は読んでいた釣り雑誌をめくると、素っ気のない声で言った。

「……まぁ、せめてもの土産に、文化祭の屋台で何か旨いものを買ってくるよ。それを、楽しみにしていろ」


 午後10時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の3階にあるオフィスで、南班に所属する「童子班」の高校生たちは、デスクのノートパソコンに向かっていた。

 脇目も振らずに黙々とキーボードを叩く後ろ姿に、明るい声がかかる。

「よっ! お前ら! いよいよ、明日は文化祭だな! 俺らも遊びに行くから……って、まだ仕事中なのか?」

 その声に4人が振り向くと、北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおきと、同じく北班の市来匡いちきたすくが立っていた。

 高校生たちは「時任さん! 市来さん! お疲れ様です!」と声を揃えて挨拶をし、特別対策官の童子将也が「二人共。お疲れさん」と椅子に背をもたせて言う。

 市来が「仕事が立て込んでいるの?」と訊き、塩田渉が伸びをして答えた。

「いやぁ〜。ここ何日か、文化祭の準備に追われてたせいで、任務の報告書やら日報やらが溜まっちゃってて。童子さんは、文化祭が終わってからでいいって言ってくれてるんですけど……」

「やっぱり、やるべきことはちゃんとやらないとな。一日も早く、『一人前の対策官』になる為に」

 鷹村哲が呟くように言い、雨瀬眞白と最上七葉が「うん」「ええ」とうなずく。

 時任が「いい心掛けだなぁ〜」と感心していると、デスク脇のパーテーションから、二人の対策官がぬっと顔を出した。

「お前ら! お疲れさん!」

「……あっ! 薮内さん! 城野さん! お疲れ様です!」

 南班に所属するベテラン対策官の薮内士郎やぶうちしろうと、同じく南班の城野高之しろのたかゆきの姿に、高校生たちが視線を上げる。

 童子、時任、市来が「お疲れ様です」と挨拶を返し、薮内が笑顔で言った。

「明日のお前らの高校の文化祭は、俺と城野も行くぞ!」

「えっ? ほんとッスか?」

 塩田がぱっと目を輝かせ、城野が「ああ」と長めの前髪を指で払う。

「……反人間組織『フロル』の事件で服部を亡くして以来、俺はずっと気持ちがふさがっていた。正直、任務にも身が入らずにいたんだ。だけど、いつまでもこんな調子では、空から見ている服部に叱られる。だから、お前らの文化祭に、元気と気合いをもらいに行くよ」

 そう言って、城野が笑みを浮かべ、高校生たちは思わず目を潤ませる。

「……ぜ、絶対に来て下さいね! 素敵なバトラーとメイドでお迎えしますから! 食べ物が美味しくなる魔法も、他のお客様より多くかけますから!」

 塩田が感極まって立ち上がり、他の高校生3人がぶんぶんと首を縦に振った。

 童子がデスクに置いた缶コーヒーを手にして言う。

「ほな、あと少し、報告書と日報の続きを頑張ろか。そんで、明日はみんなで文化祭を楽しもう」

「──はい!!!」

 高校生4人が元気よく返事をし、周りの対策官たちが微笑む。

 やがて、ノートパソコンのキーボードを叩く音が、夜のオフィスに再び響き始めた。




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