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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:14
98/224

03・手帳と目的

 午後9時。東京都不言いわぬ区。

 閉鎖済みの児童養護施設「むささび園」の地下にある物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻おとぐろあびは、横に倒した冷蔵庫の上に腰掛けて「へぇ」と声をあげた。

 乙黒の前には、『キルクルス』のメンバーたちが、テーブル代わりの木箱を囲んで座っている。

 乙黒はペットボトルに入った炭酸ジュースを一口飲んで言った。

「……その話、ちょっと驚きだね。自分で自分の能力を消すなんてさぁ」

「驚きっつーか、かなり荒唐無稽な話に思えるぜ。それ、マジな情報なのか?」

 木箱の上に置いた平たい四角形の容器から、照り焼きチキンのピザを手に取った獅戸安悟しどあんごが訊く。

 焦茶色のジャケットにベージュのスラックスを履いた遊ノ木(ゆのき)秀臣ひでおみが、「ああ」とうなずいた。

にわかには信じがたいかもしれないが、この話は本当だ。もちろん、『アルカ』の中でも、俺たち『特別研究班』の人間しか知らない事実だけどね」

 中学校のセーラー服姿の茅入姫己が、手を上げて質問する。

「ねぇ。遊ノ木さん。その『ディアボルス』っていうホルモンがあれば、私たちの『アンゲルス』も消されちゃうの?」

「いや。そう簡単な話ではないよ。仮に『ディアボルス』が人工的に作れたとしても、グラウカの脳下垂体から常に分泌される『アンゲルス』を完全に消滅するのは無理だろうしね」

 遊ノ木がピザに手を伸ばして答え、茅入が「そっかぁ。よかったぁ」と安堵した。

 木賊とくさ第一高校のブレザーを着た半井蛍は、興味なさげにフライドポテトをかじる。

 濃紺のシャツに黒色のジャケットを羽織った鳴神冬真なるかみとうまが、缶入りのコーヒーを手にして言った。

「それでも、阿諏訪灰根が独自に作り出す『ディアボルス』は、『アンゲルス』の能力を享受している全てのグラウカにとって驚異と言えるだろうね」

 鳴神の言葉に、乙黒が「うん」と同意した。

「その子の存在はけっこうキケンだね。“特異体”からしたら、尚更にさ。……遊ノ木さん。『ディアボルス』の今後の研究は要注目だ。何か新しいことがわかったら、また教えてね」

 乙黒が言い、遊ノ木が「ああ。了解だ」と応じる。

 子供用の玩具の消防車にまたがった獅戸が、ふと感心したように言った。

「それにしてもさぁー。遊ノ木さんって、まだ29歳だろ? 研究者としては若い部類なのに、よく『アルカ』の最高機密を扱うチームに入れたな」

「……はは。俺が『特別研究班』の一員になれたのは、ただのコネだよ」

 遊ノ木は乾いた声で笑うと、ジャケットの内ポケットから手帳を取り出した。

 古びた黒革の手帳の表面を、指先でゆっくりとでる。

「俺の祖父……遊ノ木(ゆのき)秀一しゅういちは、50年前に阿諏訪灰根の『死からの蘇生』の人体実験を行った、『アルカ』の研究チームの一人だったんだ。その祖父の七光りで、俺は今の地位についたんだよ」

「へぇー。そうだったのか。じいさんは、元気にしてるのか?」

 獅戸が訊き、遊ノ木は目を伏せて答えた。

「……いや。阿諏訪灰根の人体実験の途中で、祖父は交通事故で亡くなった。当時の警察の検分によると、運転中にハンドル操作を誤ったそうだ。だけど、俺は祖父が運転ミスをして死んだとは思っていない。……あれは、間違いなく他殺だ」

 遊ノ木の不穏な発言に、『キルクルス』のメンバーたちが視線を向ける。

 遊ノ木は手帳の最後のページを開いて、低い声音で言った。

「そう確信する理由は、祖父の手帳にこのメモ書きが残されていたからだ。……『これ以上、“特異体”の人体実験を続けることはできない。私は、悪魔にはなりきれない』と」


 午後10時。

 「むささび園」を後にした半井と茅入は、街灯が照らす夜道を帰路についた。

 学生鞄を肩に掛けた半井が、前を見たまま口を開く。

「……茅入。今日、木賊とくさ区の百均にいたな」

「あー。そうそう。蛍君も、あのお店にいたよね。文化祭の買い出しだったんでしょ?」

「……お前、まだうちのクラスの担任と会ってるのか? いい加減、つまらない遊びはやめろよ」

 半井がぼそりと言い、白のマスクをつけた茅入が唇を尖らせた。

「え〜。だってぇ〜。あの先生、わりといいお小遣いをくれるんだもん」

「お前の本当の目的は、出会い系サイトで引っ掛けた人間を殺すことだろ」

 半井の指摘に、茅入は「さすが、蛍君。わかってるね」といたずらっぽく笑う。

 半井が浅くため息を吐くと、茅入はセーラー服のスカートを軽やかになびかせて言った。

「そういえば、お店で会った人たちの中に、インクルシオ対策官の4人がいたよね。最上さんて人、すごく可愛かった。いつか、彼女の骨を折りたいな」

 半井が「……それは、別に止めねぇけど」と黒髪を夜風に揺らして呟く。

 茅入は「ふふ。楽しみが増えたわ」と微笑み、それぞれの学校の制服を纏った二人は、夜の街角に消えていった。


 東京都木賊とくさ区。

 木賊とくさ第一高校の1年A組の生徒たちは、文化祭を3日後に控えたこの日の放課後、教室に残って準備を行っていた。

 『バトラー&メイド喫茶』のメニュー表やポスター、飾り付けの小物等を、各々(おのおの)のグループに分かれてわいわいと作っていく。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、机を組み合わせた作業台で、テーブルクロスの端にレースを縫い付けていた。

 鮮やかな緋色の布を持った鷹村哲が、教室内の時計を見上げて言う。

「……あれ。もう、6時を過ぎたんだな。作業に没頭していて、気付かなかった」

「本当ね。今日は文化祭の準備だとは伝えてあるけど、一旦、童子さんに連絡を入れた方がいいんじゃないかしら?」

 針と糸を手にした最上七葉が返し、雨瀬眞白が「うん」とうなずいた。

 指に絆創膏を巻いた塩田渉が、学生鞄の中からスマホを取り出す。

「んじゃ、俺が童子さんにメッセージを送るよ。『帰りはもう少し遅くなりそうです』って」

 そう言うと、塩田はスマホの画面をタップした。

 メッセージを送信した後、20秒も経たないうちに着信音が鳴る。

 高校生たちが上体をかがめてスマホを覗き込むと、そこには特別対策官の童子将也からの返信が表示されていた。

『お前ら、お疲れさん。作業の目処めどがついたら、再度連絡をくれ。巡回の帰りに、そっちまで迎えに行く』

 メッセージを読んだ塩田が、「やったぁ! お迎え!」と目を輝かせる。

「わざわざ来てもらうなんて、ちょっと甘え過ぎな気がするけど……。でも、ありがたいな」

 鷹村がはにかむように言い、雨瀬と最上が嬉しそうに笑った。

 すると、教室の引き戸ががらりと開いて、クラス担任の鴨田潮が顔を出した。

「みんな、頑張ってるなー。これ、先生からの差し入れだー」

「わぁー! ありがとうございますー!」

 鴨田がジュースの入ったビニール袋を教壇に置き、生徒たちが湧き上がる。

 生徒の一人が「先生も作業を手伝って下さいよー!」と明るく声をかけると、鴨田はバツの悪そうな表情を浮かべた。

「悪い。俺はこの後、人と会う約束があってな。明日は手伝うから、何かあったら副担任の先生に言ってくれ」

 鴨田は頭髪を掻いて言い、くるりときびすを返す。

 生徒たちは「えー」と不満の声を漏らしたが、すぐに「まぁ、約束なら仕方がない」と理解を示した。

「それじゃあ、少し休憩をして、続きを頑張るか」

 鷹村が席を立ち、雨瀬、塩田、最上がそれに続く。

 1年A組の生徒たちがジュースの置かれた教壇につどう中、ポスターに色を塗っていた半井は、薄暗い廊下の先に去っていく鴨田の背中をじっと見つめた。




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