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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:14
97/224

02・『ディアボルス』

 午前6時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、緊急の幹部会議が開かれた。

 早朝のまぶしい光が差し込む楕円形の会議テーブルに、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎あすわせいいちろう、本部長の那智明が着席する。

 続いて、東班チーフの望月剛志もちづきつよし、北班チーフの芥澤丈一あくたざわじょういち、南班チーフの大貫武士おおぬきたけし、西班チーフの路木怜司ろきれいじ、中央班チーフの津之江学つのえまなぶが慌ただしく座った。

 また、会議室に集まったメンバーの中には、グラウカ研究機関『アルカ』の所長である是永創一の姿があった。

 是永は58歳で、『アルカ』の元所長で現在名誉顧問を務める是永喜平これながきへいを父親に持つ人物である。

 濃紺のスーツを身に纏った那智が、精悍な容貌を前に向けた。

「みんな、揃ったな。早速だが、阿諏訪灰根──グラウカの“特異体”について、重要な報告がある。……是永さん」

 那智が促すと、顎髭あごひげを蓄えた是永が「うむ」と視線を上げた。

「諸君。こうして顔を合わせるのは久しぶりだが、挨拶や前置きははぶいて本題に入らせてもらう。ここ最近の研究で、阿諏訪灰根の脳下垂体から分泌されるホルモンに、『アンゲルス』とは化学構造の違う新ホルモンがあることが判明した。この新ホルモンは、グラウカの超再生能力と超パワーの源である『アンゲルス』を攻撃し、消滅させる働きを持っている。これまでに阿諏訪灰根の『アンゲルス』が激減した原因は、今回発見した新ホルモンの作用によるものと思われる」

 一瞬、会議室がしんと静まり返った。

 是永はおもむろに両手の指を組み、水を打ったような静寂の中で言う。

「我々は、この新ホルモンを『ディアボルス』と名付けた。『ディアボルス』は『アンゲルス』を攻撃し消滅させるが、その分泌量はごく微量である為、血中に流れる『アンゲルス』が完全に無くなってしまうことはない。だが、阿諏訪灰根の“特異体”としての機能は、今後復活することは難しいと言えるだろう」

 是永は一つため息を吐くと、「……阿諏訪総長」と隣に目をやった。

「近いうちに、灰根さんを連れて『アルカ』にお越し願えますか? 『ディアボルス』を引き続き研究する為に、血液を採取させていただきたい」

 是永の要望に、阿諏訪は「わかった。お伺いする」と了承する。

 那智が黙ったままのチーフたちを見回して言った。

「是永さんからの報告は、以上だ。わかっていると思うが、この話は決して外部に漏らさないように。……是永さんも、『アルカ』内での機密漏洩にはくれぐれもご注意下さい」

「ああ。『ディアボルス』の件はもとより、“特異体”の存在さえ、うちの『特別研究班』の少数のメンバーしか知らない。その辺は大丈夫だ」

 そう言って、是永は紙コップに入ったコーヒーを啜る。

 ほどなくして、緊急の幹部会議は、密やかに散会となった。


 会議終了後、エレベーターで5階に降りた各班のチーフたちは、それぞれの仕事に戻る途中、芥澤の手招きに誘われて北班の執務室に入室した。

 ドアが閉まった途端、芥澤は胸元のネクタイを外して執務机に放る。

「……はっ。朝っぱらから何の緊急会議かと思ったら、“特異体”の新ホルモンの話かよ。『ディアボルス』なんて、クソ稚拙ちせつなネーミングしやがって」

 芥澤が毒づき、津之江が「天使に対して、悪魔ですもんね」と眉尻を下げた。

 望月が革張りのソファに腰掛けて息をつく。

「しかし、是永さんの報告には驚いたな。まさか、『アンゲルス』を消滅させるホルモンが出現するなんて……」

 ドアの横に立った路木が、抑揚のない声で言った。

「おそらく、50年前に繰り返された『死からの蘇生』の人体実験の負荷により、阿諏訪灰根は“自らの能力を殺す”ホルモンを作り出したんでしょうね。彼女の成長が止まったのも長い昏睡も、その影響かもしれません。なかなか奇跡的な話ですが、何度も殺される運命にあらがった結果とも推察できます」

 路木の言葉に、執務机の椅子に背をもたせた芥澤が「もしそうだとしたら、クソ過ぎる事実だな」と顔をゆがめる。

 インクルシオの黒のジャンパーを着た大貫が低く呟いた。

「……正直、もう彼女をそっとしておいて欲しい。これ以上、人間の身勝手な研究の為に振り回すのは、あまりにもこくだ」

 大貫が眉根を寄せてうつむき、執務室に重たい空気が流れる。

 芥澤はがりがりと頭を掻いて、目の前のチーフたちに言った。

「ああ。その通りだ。だから、せめて、俺らは『ディアボルス』とやらがせっせと働き続けることを祈ろう。そうすれば、阿諏訪灰根は“特異体”ではなく、“ただのグラウカ”でいられる」


 午後3時。東京都木賊とくさ区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、木賊とくさ第一高校のクラスメイトと共に、多くの人々が行き交う商店街にやってきた。

 10月9日に開催される文化祭に向けて、1年A組の出し物である『バトラー&メイド喫茶』に必要な小物の買い出しを行う。

 百円均一のショップに入店した塩田渉が、紙皿のセットを手に取って言った。

「ねぇねぇ。最上ちゃん。この紙皿、可愛くね?」

「うーん。ハート柄は可愛いけど、ちょっと派手ね。食べ物を乗せるなら、チェック柄とか無地の方がいいんじゃないかしら?」

 ショートヘアの黒髪を耳にかけた最上七葉が返し、塩田が「確かに〜」と他の商品を物色する。

 鷹村哲はプラスチック製のスプーンとフォークを次々と買い物カゴに入れ、雨瀬眞白は買い出しのメモを見ながら数量の確認をした。

 すると、店内の一角で、「キャアー!」と明るい声が響いた。

 「童子班」の高校生たちが振り向くと、装飾用の風船やウォールステッカーのコーナーにいた数人のクラスメイトが、輪になって騒いでいる。

 その中心には、中学校のセーラー服を着た読者モデルの茅入姫己がいた。

「あれ、茅入姫己じゃん!」

 塩田が声をあげ、最上が「本当だわ」と驚いた表情を浮かべる。

 二人は足早に歩き出し、そそくさとクラスメイトの人集ひとだかりに加わった。

「茅入さん! マスクをしていても、可愛過ぎてわかっちゃいました! 今度の木賊とくさ第一高校の文化祭、ゲストで来てくれるんですよね!」

「顔小さい〜! 足細い〜! 髪きれい〜!」

「初めまして! 俺、“インクルシオ期待の星”こと塩田渉と言います! 文化祭のミニライブ、楽しみにしてます!」

 紺色のブレザーを着た高校生たちに囲まれた茅入は、華奢な指先で顔を隠していたマスクを下げる。

 つやのある薄い唇が現れて、ゆっくりと開いた。

「……ありがとうございます。みなさんは、木賊とくさ第一高校の生徒さんなんですね。是非、文化祭では、私のユニットのミニライブを見に来て下さいね」

 茅入が花のように微笑み、高校生たちが「絶対に行きます!!!」と大いに盛り上がる。

 少し離れた場所に立った鷹村は、呆れた顔で肩をすくめた。

「まったく。ミーハーだな。店の中なんだから、もう少し声を抑えろよな」

「……みんな、すごく嬉しそうだ」

 鷹村の隣にいた雨瀬が、クラスメイトたちの笑顔を見やって言う。

 鷹村は「まぁ、気持ちはわかるけどな」と返して、顔を後ろに向けた。

「半井君は、ああいう芸能人とかに興味はないの?」

 鷹村に声をかけられた半井蛍が、棚に伸ばした手を止める。

「……別に」

 半井は小さく答えると、紙コップを掴んで買い物カゴに入れた。

 鷹村が「……俺らも、買い出しを続けるか」と言い、雨瀬が「うん」とうなずく。

 その時、スマホの着信に気付いた茅入が、「ごめんなさい」と両手を合わせた。

「人と会う約束があるので、もう行きますね。ふらりと立ち寄ったお店で、みなさんと話せて楽しかったです。また、文化祭で会いましょうね」

 高校生たちが「はーい!」と返事をし、茅入はにこりと笑ってその場から足を踏み出した。

「あー。茅入姫己、すっげぇ可愛かったなー。後で、童子さんに話さなきゃ」

「雑誌やテレビで見るより、ずっと素敵な人だったわね。こんなところで偶然に会うなんてびっくりしたけど、嬉しかったわ」

 背後から聞こえた塩田と最上の会話に、茅入はマスクの下の口角を上げる。

 百円均一のショップを出て商店街の通りに立った茅入は、トートバッグの中からスマホを取り出した。

『姫己。いつものホテルで待ってる』

 スマホの画面には、木賊とくさ第一高校の1年A組のクラス担任である、鴨田潮からのメッセージが表示されている。

 茅入は『今、行くわ。先生』と返信を打つと、しなやかなロングヘアをなびかせて歩き出した。




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