表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:13
94/231

06・伝えたい言葉

 東京都空五倍子うつぶし区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人が、千葉県千葉市裏葉うらは区のリサイクル工場に踏み込む、およそ一時間前。

 ガード下で営むラーメンの屋台から出た塩田渉は、スマホに届いた一件のメッセージに目を通した。

「……え? これって……」

 インクルシオのジープを停めたコインパーキングに向かおうとしていた4人が、歩道に佇んだままの塩田に振り返る。

「おーい。塩田ー。行くぞー」

 黒のツナギ服を着た鷹村哲が声をかけると、塩田は顔を上げて「……童子さん!」と駆け出した。

「これ、千葉支部の石坂君から来たメッセージなんスけど……! ちょっと、読んでみて下さい!」

 塩田が慌てたようにスマホを差し出し、鈍色にびいろのアスファルトに立った特別対策官の童子将也が、それを受け取る。

 他の高校生3人も、童子の脇からスマホの画面をのぞき込んだ。

『突然ですまない。実は、うちの班の対策官二人が反人間組織と繋がっている。これから尾行につくが、種本さんの指示で一つに落ちないことがある。普通、こういった極秘捜査は、支部長にすら内密で行うものだろうか?』

「え……!? 対策官と反人間組織が、繋がっているですって……!?」

「おそらく、『アゴー』のことだ。この間、石坂君の班の突入が空振りに終わってる。その対策官二人が、事前に情報をリークしたんだろう」

 インクルシオ千葉支部に所属する石坂桔人からのメッセージに、最上七葉が顔色を変え、鷹村が低く言う。

「この、最後の部分……」

 雨瀬眞白が眉根を寄せて呟くと、童子がうなずいた。

「ああ。支部長に内密ていうんは、妙やな。以前、俺らも上司に伏せて水間洸一郎みずまこういちろうを尾行したことがあるが、あれは特殊なケースや。石坂のこの書き方やと、支部長だけやなく、他の対策官にも知らせてへんのやろう。……これは、もしかすると……」

 童子は言葉を区切り、ツナギ服の尻ポケットから自分のスマホを取り出した。

 画面を素早くタップして、表示された人物に発信する。

 スマホを耳に当てた童子は、固唾かたずを呑む高校生たちに言った。

「石坂の身が危ないかもしれへん。大貫チーフに話して、千葉支部の浪川支部長に石坂のスマホのGPSを追うように連絡してもらう。……その間に、俺らは急いで千葉に向かうで」


 千葉県千葉市裏葉うらは区。

 閉鎖済みのリサイクル工場の事務棟の窓から飛び込み、突如として通路に降り立った5人の対策官に、その場の全員が動きを止めた。

「──み、みんなっ!!!!」

 ロープで手足を縛られた石坂が、床から上体を起こして叫ぶ。

 すると、間髪入れずに、薄暗い通路の奥からバタバタと複数の足音が響いた。

「インクルシオ千葉支部だ!!! 反人間組織『アゴー』を壊滅する!!!」

「……や、やべぇ! インクルシオの連中だ! 逃げろ!」

 走り込んできた千葉支部の2班の対策官が、一斉にすらりとブレードを抜き、通路に出ていた反人間組織『アゴー』の構成員たちがにわかに青ざめる。

 「童子班」の高校生4人は、すぐさま二手に分かれて、石坂と物置部屋にいる宇佐葵のロープをサバイバルナイフで切った。

「石坂君! 宇佐ちゃん! 大丈夫か!?」

 塩田が二人に顔を向けて訊き、石坂は驚愕の表情を浮かべたまま答える。

「……へ、平気だ。でも、どうして、みんながここに……!?」

 リノリウムの床に片膝をついた鷹村が、早口で説明した。

「石坂君から来たメッセージを見て、童子さんが危険を感じたんだ。それで、すぐに大貫チーフに伝えて浪川支部長に連絡を入れてもらった。俺らが石坂君のスマホに直接電話をするのは、そっちの状況がわからなかったから避けた。その後で、石坂君のスマホのGPSで居場所を特定して、俺ら「童子班」と千葉支部の2班の対策官で突入チームを組み、このリサイクル工場に駆け付けたんだ」

「……そ、そうだったのか……」

 石坂がほうけたように言い、塩田が「千葉支部のみなさんが突入の準備をしている間に、俺らは車をブッ飛ばしてきたんだ!」と片目をつぶる。

「そうか……。ありがとう……」

 石坂がよろよろと立ち上がると、宇佐が「石坂君!」と声をあげて、雨瀬と最上と共に走ってきた。

 拘束を解かれた二人の新人対策官の前に立った童子が、両腿に装備した2本のサバイバルナイフをホルダーから抜く。

 童子は黒の刃をそれぞれに差し出して言った。

「種本さんは、そこの給湯室の窓から外に出た。リサイクル工場の周囲は、2班だけやなくて他の班の対策官も張っとるから、簡単には逃走できへん。……お前らの手で、種本さんに引導を渡してこい」

「──!!!」

 童子の言葉に、石坂と宇佐は目をみはった。

 そして、唇を固く結ぶと、インクルシオの刻印の入った刃をしっかりと受け取った。

 

 リサイクル工場の隅に立つ樹木の陰で、千葉支部の2班に所属する種本広海は、辺りを注意深く見回した。

 種本は右手にサバイバルナイフを握り締め、敷地を囲むコンクリートの塀を見上げる。

 その時、しんと静まり返った暗がりの中で、かさりと草を踏む音がした。

「……種本さん。諦めて下さい。外に逃げても無駄です」

「……はは。お前たちが来たのか。「種本班」の、感動の再会だな」

 そこから現れた石坂と宇佐の姿に、種本がおどけたようにわらう。

 サバイバルナイフを手に下げた二人を見やって、種本は訊いた。

「……何故、今回の極秘捜査の件を「童子班」の連中に話した? 俺は寮の部屋で、「周囲に情報を漏らすのは危険だ」と言ったはずだ。指導担当の教えを、守れなかったのか?」

「……あの時、種本さんは、浪川支部長への報告を進言した俺を止めました。その理由として、「浪川支部長が“シロ”であるという確固たる証拠を示せるか?」と言いました。俺は、その言葉に引っかかりを感じたんです。……何故なら、種本さんにだって、“シロ”であるという確固たる証拠はないのだから」

「……っ!」

 石坂の指摘に、種本が大きく肩を揺らす。

 石坂は眼前に立つ種本をにらんで、言葉を続けた。

「そういう理屈では、最早もはや、周りの誰も信用することはできません。そんな中で、俺が理屈抜きで心から信じられると思った人物は、インクルシオ訓練施設で切磋琢磨した「童子班」のみんなだったんです」

「…………ふぅん。そうかい」

 種本は浅く息をついて返すと、おもむろにサバイバルナイフを持ち上げた。

 石坂と宇佐が、咄嗟とっさに姿勢を低くする。

 種本は能面のような表情で言った。

「石坂。お前の美しい話は、もういいよ。とりあえず、俺はこの場から逃げなければならない。塀の外側には対策官たちがいるだろうから、それを突破する為に、お前たちを人質に取る。……少し怪我をさせてしまうかもしれないが、うらまないでくれよ」

 そう言って、種本は足を一歩前に出した。

 童子のサバイバルナイフを持った石坂と宇佐が、臨戦態勢を崩さずに言う。

「種本さん。最後に、どうしても貴方に伝えたいことがあります」

「少しだけ、私たちの言葉を聞いて下さい」

「……何だ?」

 種本が足を止め、二人は息を吸い込んで大声で叫んだ。

「──今まで、俺たちの指導担当としてご指導いただき、ありがとうございました!!!」

「種本さんは私たちをあざむいていたけれど、日々の任務の中で見せてくれた笑顔や優しさは、嘘だったとは思いません!!! 本当にありがとうございました!!!」

「──……!」

 石坂と宇佐の言葉に、種本が目を見開く。

 やがて、静寂に包まれた暗闇の中で、黒の刃が交差する金属音が鋭く鳴った。


 その後、反人間組織『アゴー』は、リーダーの須磨泉一を含む40人の構成員全員が死亡し、『アゴー』と通じていた千葉支部の2班に所属する秋野亮平、岸山智樹、種本の3人は、それぞれに身柄を拘束され、事態は収束を迎えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ