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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:13
92/224

04・嫉妬と追跡

 千葉県千葉市二藍ふたあい区。

 インクルシオ千葉支部の2班に所属する秋野亮平と岸山智紀が、反人間組織『アゴー』と繋がりがある事実が発覚してから、3日が経った。

 同じく2班の新人対策官である石坂桔人と宇佐葵は、先輩対策官二人の汚職の証拠と『アゴー』の新拠点を掴むべく、指導担当の種本広海と共に秘密裏の捜査を行っていた。

 午後9時を回った時刻、千葉支部の寮の1階にある自動販売機の前で、私服姿の石坂と宇佐は偶然に顔を合わせた。

「やぁ。宇佐も、ジュースを買いに来たのかい?」

「ええ。夜はけっこう冷えるから、何か暖かいものを飲もうと思って」

 二人は笑顔で言葉を交わして、互いの顔を見やった。

 短い沈黙の後で、薄手のニットを着た宇佐が小さく言う。

「……石坂君。目の下に、くまができてるわよ」

「……宇佐こそ。顔色がよくない。それに、少しやつれたようだ」

 長袖のコットンシャツにジーンズ姿の石坂は低い声で返し、自動販売機のボタンを押した。

 石坂はアイスの缶コーヒー、宇佐はホットのミルクティーをそれぞれ購入すると、自動販売機の横に置かれた長椅子に腰掛ける。

 寮の見慣れた通路を眺めながら、石坂は呟くように言った。

「……こんな時だから言えるけどさ。情けない話、俺はずっと東京本部の「童子班」の4人に嫉妬してた。彼らはインクルシオNo.1の特別対策官が指導担当についていて、そのせいか、突入や摘発の任務にあたることが多い。まだ配属1年目の新人対策官でありながら、大きな経験をどんどんと積んでいるんだ。……俺は、そんな彼らの活躍を耳にする度に、みにくい嫉妬心を抑えるのにとても苦労している」

「………………」

 石坂の静かな声音に、宇佐はミルクティーを両手で包んで目を伏せた。

 石坂は言葉を続けた。

「……でも。それは、馬鹿な嫉妬だったと気が付いた。突入も、摘発も、……今の俺たちが関わっている極秘捜査も……、どれ一つとして気楽な任務なんかない。俺は「童子班」の4人の“外側”だけを見てうらやんでいたけれど、彼らだって俺たちが感じているような不安や緊張の中で、必死に任務にのぞんでいるんだ」

 そう言って、石坂は缶コーヒーを飲んだ。

 宇佐が「そうね。その通りだわ」とうなずき、ミルクティーの蓋を開ける。

 石坂は右手を後ろに回して、「……それにさ」とジーンズの尻ポケットからスマホを取り出した。

 画面をタップして、「童子班」の塩田渉から送られてきた画像を表示する。

 埼玉県のインクルシオ訓練生時代の懐かしい一枚に、石坂は目を細めた。

「雨瀬、鷹村、塩田、最上は、同じ訓練施設で切磋琢磨した大切な仲間だ。彼らを心から信頼する気持ちは、何があっても変わらない。……もちろん、宇佐もね」

「ふふ。ありがとう。私もよ」

 宇佐が柔らかく微笑み、石坂は急に照れ臭くなってコーヒーを飲み干した。

 すると、通路の奥から、チェック柄の長袖シャツを着た種本が「二人共。そこにいたのか」と小走りにやってきた。

 種本は長椅子に座る新人二人に近寄ると、腰をかがめて耳打ちをした。

「秋野と岸山が、私服で揃って出掛けた。この3日間は全く動きがなかったが、もしかしたら『アゴー』と接触するのかもしれない。すぐに、尾行を始めるぞ」

「……は、はいっ!」

 種本の話に、石坂と宇佐は表情を変えて立ち上がる。

 種本は「行くぞ」と言ってエントランスに足を向け、宇佐がその後を追った。

「──…………」

 石坂は急いで走り出そうとしたが、ふと手中にあるスマホに目をやり、暗くなった画面をじっと見つめた。


 東京都空五倍子うつぶし区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、この日の巡回を終え、ガード下の屋台のラーメンに舌鼓を打っていた。

 時刻はまもなく午後9時半になるところだった。

「あー! このとんこつスープが最高! 替え玉下さい!」

「巡回で小腹が空いたところに、屋台のラーメンの匂い。我慢できるはずがないよなぁ。……すみません、俺も替え玉下さい!」

 屋台の丸椅子に座った塩田と鷹村哲が、勢いよくどんぶりを差し出す。

 最上七葉が黒髪のショートヘアを耳にかけて言った。

「インクルシオの制服のままで寄り道をするのは、ちょっと気が引けるわね。でも、とても美味しいわ」

「うん。すごく美味しい。寄り道は、任務が終了していれば大丈夫……かな?」

 割り箸を持った雨瀬眞白が、ちらりと横を見て返す。

 雨瀬の隣に座る特別対策官の童子将也が、湯気の立つ麺を啜って言った。

「その辺は、人によって考え方がちゃうな。全く気にせぇへん人もおれば、「ちゃんと私服に着替えてから」て厳しく言う人もおる。俺個人としては、多少の寄り道や買い食いはええと思うで。……ご主人、こっちも替え玉一つお願いします」

「いやぁ〜。童子さんが、甘々でよかったなぁ〜」

 塩田がしみじみと言い、鷹村が「戦闘訓練の時は、激辛だけどな」と笑う。

 「童子班」の面々は和やかにラーメンを食べ終えると、代金を支払って屋台の外に出た。

 ガード下の歩道に立った鷹村が、「あー。よく食ったー」と満足げに息をつく。

 塩田が黒のツナギ服の尻ポケットに手を入れて、「今、何時だ?」とスマホを取り出した。

「……あ。着信だ。食べるのに夢中で、全然気付かなかったな」

 そう言うと、塩田はスマホの画面をタップした。

 スマホには一件のメッセージが着信しており、塩田は膨らんだ腹部をさすりながら、その中身に目を通した。


 午後10時。千葉県千葉市裏葉うらは区。

 千葉支部の寮を出た種本、石坂、宇佐の3人は、秋野と岸山を追って、裏葉うらは区にあるリサイクル工場の敷地内に足を踏み入れた。

「……ここは、すでに倒産した民間企業の工場ですね」

 閉ざされた正門を乗り越えた石坂が、植え込みに身を隠して言う。

 種本は前方をきつくにらんで、「ああ」と低く返した。

「秋野と岸山は、あの工場の中に入っていった。建物の裏手に回って、窓から内部を確認しよう」

 種本の指示に、石坂と宇佐が「はい」とうなずく。

 3人は月の隠れた夜陰やいんに紛れて、ひっそりとした敷地内を進んだ。

 古びた工場に辿り着くと、外に置かれたドラム缶の陰から窓をのぞく。

 薄暗い工場の中には、『アゴー』の数人の構成員と立ち話をする秋野と岸山の姿があった。

「そんな……! やっぱり……!」

 先輩対策官の裏切りを目の当たりにした宇佐が、両手で口元を覆う。

 石坂は唇を固く結び、手にしたスマホを窓にかざして、汚職の証拠となる画像を撮影した。

「……種本さん。撮影完了しました。おそらく、このリサイクル工場が『アゴー』の新拠点でしょう。すぐにここを離れて、浪川支部長と、念の為に東京本部の那智本部長に報告しましょう」

 石坂はスマホをしまい、後ろを振り向いた。

 宇佐も気を落ち着けるようにニットの胸元を強く握り、きびすを返す。

 ──その時。

 二人の新人対策官は、驚愕に目を見開いた。

「……それは、できないな」

 石坂と宇佐の眼前に、インクルシオの刻印の入った黒の刃が突き付けられる。

 いつもの穏やかな口調でそう告げたのは、二人が深い信頼を寄せる種本だった。




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