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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:13
91/231

03・極秘と笑顔

 午前0時。千葉県千葉市二藍ふたあい区。

 インクルシオ千葉支部の2班に所属する新人対策官の石坂桔人は、ランニングで通りかかった裏葉うらは区の公営墓地で、反人間組織『アゴー』のリーダーの須磨泉一と、2班の先輩対策官である秋野亮平と岸山智紀の密会を目撃した。

 石坂はその場から慎重に離れると、大通りに出てタクシーを拾い、千葉支部の隣に建つ寮に戻った。

 じっとりと汗のにじむトレーニングウェアを着たまま、石坂は急いで同じ2班の宇佐葵の部屋のドアを叩き、続いて指導担当につく種本広海の部屋を訪れた。

「……にわかには、信じられない話だな……」

 種本は自室のガラステーブルに目を落とし、呆然とした表情で呟いた。

 種本の前には、石坂と宇佐が並んで正座している。

 しんと静まり返った重たい沈黙の中で、宇佐が口を開いた。

「……秋野さんと岸山さんが『アゴー』と繋がっているのなら、昨日の突入の情報をリークした可能性があります」

 宇佐の言葉に、石坂が「ああ」と反応する。

「墓地から聞こえてきた会話の中に、“報酬”というワードがあった。『アゴー』がタイミングよく拠点を移したのは、まず間違いなく、秋野さんと岸山さんから情報を聞いていたからだろう」

 石坂は膝の上に置いた拳を強く握って、顔を上げた。

「種本さん。遅い時間ですが、この話を早急に浪川支部長に……」

「いや。駄目だ」

 種本が低い声で制し、石坂と宇佐は驚いて目をみはった。

 Tシャツにモスグリーンのスウェット姿の種本は、二人を見やって言った。

「“裏切り者”は、秋野と岸山だけとは限らない。考えたくはないが、浪川支部長が奴らとグルではないとは言い切れない」

「ま、まさか……! そんなことは……!」

 石坂が慌てたように、床に敷いたラグマットから腰を浮かせる。

「だったら、浪川支部長が“シロ”であるという確固たる証拠を示せるか? こういう事態が起こった場合は、絶対的に信頼できる人物以外に話を漏らすのは危険だ。まずは俺ら3人だけで動いて、秋野と岸山の汚職の裏付けを掴む。そして、さらには、『アゴー』の新拠点を突き止めるぞ」

 普段は穏やかな種本の眼差しが、新人対策官の二人を鋭く見据えた。

 石坂と宇佐は思わぬ極秘任務に躊躇ちゅうちょしたが、やがて意を決した瞳で種本を見返すと、「──はい!」と声を揃えて返事をした。


 午後7時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、寮の1階の食堂で夕食を終えて一息ついた。

 黒のツナギ服を着た特別対策官の童子将也が、ほうじ茶の湯呑みを持って言う。

「この後は、8時からオフィスでデスクワークや。南班の管轄エリア内で不審者情報のあった場所の防犯カメラ映像を、みんなで手分けしてチェックする。もしかしたら、その中に反人間組織の構成員が映っとるかもしれへん。根気のいる地味な作業やけど、集中力を切らさんようにな」

 童子の指示に、窓際のテーブルにつどった高校生たちが「はい!」と元気よくうなずいた。

 ホットのカフェオレを一口飲んだ塩田渉が、ふと含み笑いをする。

「……そう言えばさぁ。防犯カメラのチェックって、埼玉の訓練生時代に課題でよくやったよな。俺、いつもいい点が取れなくてさぁ〜」

「あー。そうだったな。講師の先生が反人間組織の構成員にふんして、駅やデパートの人混みに紛れ込むんだよな。それを俺らがチェックして見つけ出すんだけど、防犯カメラの映像は何本もあってそのほとんどが“外れ”だったから、とにかく疲れたな」

 湯気の立つ緑茶を啜った鷹村哲が苦笑し、隣に座る雨瀬眞白が「……僕は、課題の途中で眠たくなって困った……」と肩を小さくした。

 最上七葉がキャラメルフレーバーの紅茶を手にして言う。

「ああいった課題でも、千葉支部の石坂君と葵ちゃんは、常に好成績だったわね」

「そうそう。俺なんか、しょっちゅう講師の先生に「漫然と見てるんじゃない」って怒られてたのにさぁ。……あっ! そうだ! 童子さん、これ見て下さいよ!」

 塩田は声をあげると、ツナギ服の尻ポケットからスマホを取り出した。

 スマホの画面を素早くタップして、テーブルの上に置く。

 童子が姿勢をかがめて見やると、そこには一枚の画像が表示されていた。

「……これは、訓練生時代のお前らか?」

「そうっス! 訓練生になって初めての講義ん時に、教室内を撮ったんス。自分も写りたかったんで、画面の半分が俺の顔になってますけど……」

 そう言って、塩田はいたずらっぽく舌を出した。

 スマホで撮影した画像には、教室の長机にやや緊張した面持ちで着席し、講義の開始を待つ訓練生たちが写っている。

 一番手前で笑顔でピースサインをする塩田の背後には、最前列の長机に石坂と宇佐、その2列後ろに最上、最後列に雨瀬と鷹村が小さく写っていた。

「うわ。懐かしいな。初めての講義っていうと、訓練生になって2日目か」

「石坂君と葵ちゃんが中学3年生で、私たちが中学2年生ね。この頃は、訓練施設に入ったばかりで、まだみんなと知り合ってなかったわね」

「僕、人見知りしすぎて青い顔してる……」

 鷹村、最上、雨瀬がスマホを覗き込んで賑やかに言う。

 童子は「みんな、初々しい顔しとるな」と笑みを浮かべた。

「いやぁー。ここから、俺らのインクルシオ対策官としての『道』がスタートしたんだよなぁ。初心に帰れるいい画像だから、後で石坂君と宇佐ちゃんにも送ってあげよっと」

 塩田が言い、鷹村が「このでかいお前の顔さえなければなぁ」と突っ込む。

 「童子班」の5人は朗らかに笑うと、次の仕事に向かうべく食堂のテーブルから立ち上がった。


 午後9時半。千葉県千葉市二藍ふたあい区。

 寮の1階にある大浴場から出た石坂は、脱衣所のロッカーの前に立った。

 Tシャツとジャージを着てスマホを見ると着信に気が付き、タオルで髪を拭きながら画面をタップする。

「……これは……」

 東京本部の塩田から届いた画像に、石坂は小さな声を漏らした。

 埼玉県のインクルシオ訓練施設で撮られた風景に、不意に郷愁のような感情が込み上げる。

 首からタオルを下げた石坂の双眸が、ゆっくりと細まった。

 当時、150人近くいた訓練生は、その9割以上が年上だった。

 体格や力で周囲におとっていた石坂は、しかし、たゆまぬ努力でめきめきと実力を伸ばし、誰よりも優れた戦闘技術を身に付けた。

 結果として『総合評価1位』にまで上り詰めたが、石坂にとって一番嬉しかったことは別であった。

(……人生で何よりも大切な“宝”は、心から信頼できる“仲間”だ。俺は訓練生時代に、そんな仲間に出会うことができた。千葉支部に入ってからも、浪川支部長、種本さん、2班の先輩方……)

 そこまで考えて、石坂は急速に表情を曇らせた。

 秋野と岸山の姿が脳裏に浮かび、スマホを持つ手に自然と力が入る。

 すると、石坂の背中に明るい声がかかった。

「石坂ぁー! コンビニでアイス買ってきたから、みんなで食おうぜー!」

 石坂が振り返ると、大きく膨らんだビニール袋をかかげた秋野が、大浴場の引き戸から顔を覗かせていた。

 その隣には、にこやかに微笑む岸山が立っている。

「……はい! 今、行きます!」

 石坂はスマホをジャージのポケットにしまうと、さわやかな笑顔を返して足を踏み出した。




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