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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:13
90/231

02・目撃

 東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、非番のこの日、トレーニング棟で戦闘訓練を行った。

 午後4時を回った時刻、本部のエントランスをくぐった塩田渉が、足を重たく引きって言う。

「ああ〜。もう体はヘトヘトだし、喉はカラカラだよぉ〜」

「自分では、日頃からけっこう鍛えてるつもりだけど……。童子さんが敵役だと、体力の消耗が激しすぎるな……」

 鷹村哲が火照ほてった顔を手でパタパタとあおいだ。

 雨瀬眞白と最上七葉が、疲労困憊といった様子でうなずく。

 大口を開けた虎がプリントされたTシャツにジャージを履いた特別対策官の童子将也が、高校生4人を見やって提案した。

「夕飯まではまだ時間があるし、カフェスペースに寄っていくか?」

「行きたいです!!!!」

 高校生たちがすぐさま賛同し、その勢いのよさに童子が笑う。

 「童子班」の面々は、職員や対策官たちの行き交う通路を揃って奥に進んだ。

「お前たち、トレーニング帰りか?」

 1階にある『カフェスペース・いこい』の前に到着すると、開け放した店のドアから、本部長の那智明なちあきらが出てきた。

 那智は紺色のスーツに身を包み、左手にホットコーヒーの容器を持っている。

「那智本部長。お疲れ様です。今日は非番やったんで、戦闘訓練をして軽く汗を流してきました」

 童子が足を止めて言い、高校生たちが「お疲れ様です!」と挨拶をする。

 那智は「そうか」と微笑むと、高校生たちに目を向けた。

「童子は“軽く”なんて言ってるが、インクルシオNo.1の特別対策官と行う戦闘訓練は、さぞかしハードだろうな?」

「そうなんですよー! 那智本部長ー! 童子さんは戦闘訓練だと全然甘くないから、俺らはいつもコテンパンのボッコボコですよー!」

 塩田が涙目で訴え、鷹村、雨瀬、最上がコクコクコクと首を縦に振る。

 那智は可笑しそうに手で口元を押さえた。

「それは同情するな。だが、その分、お前たちは強くなる。童子の手加減なしの指導は、必ずお前たちに他では得難い“実力”をつけてくれるだろう」

「──…………」

 那智の言葉に、ふと高校生たちが真顔になる。

 癖のついた白髪を汗でしっとりと湿らせた雨瀬が、童子を見上げて言った。

「……童子さん。次の非番の日も、戦闘訓練をお願いしていいですか?」

「もちろん、ええで。お前らがヘロヘロんなってギブアップするまで、相手したるわ」

 童子が快く返し、高校生たちが「望むところです! よろしくお願いします!」と意気込む。

 すると、那智のスマホの着信音が鳴った。

 那智はスラックスの尻ポケットからスマホを取り出すと、画面に表示された発信者の名前を見て「やけに早いな」と呟き、通話ボタンを押した。

「もしもし。浪川か? どうした?」

 電話をかけてきた相手はインクルシオ千葉支部の支部長である浪川政尚で、那智はしばらくスマホに耳を傾けると、「……わかった。今、本部の1階にいる。すぐに執務室に戻るから、話の続きは後で」と言って通話を切った。

「……何かあったんですか?」

 苦い表情でスマホをポケットに戻した那智に、塩田が訊ねる。

 那智は整髪剤で整えた髪を掻いて、抑えた声音で言った。

「つい先ほど、千葉支部の突入チームが反人間組織『アゴー』の拠点に踏み込んだんだが、中はもぬけの殻だったそうだ」


 午後8時半。

 インクルシオ東京本部の隣に建つインクルシオ寮の自室で、鷹村は千葉支部に所属する石坂桔人に電話をかけた。

 鷹村の部屋には、夕食を終えた「童子班」の高校生3人が集まっている。

 あらかじめ架電のメッセージを受け取っていた石坂は、同じく千葉支部の宇佐葵と共に待機しており、通話が繋がると同時に『みんな、久しぶり!』と元気な声を発した。

「石坂君。宇佐さん。久しぶり。こうして話すのは、8月の新人懇親会以来だな。昨日はメッセージと花火の画像をありがとうな」

 鷹村がテーブルに置いたスマホをスピーカー状態にして言い、石坂が『いやいや。こっちこそ』と返す。

『俺たちの花火は先週だったんだけど、「童子班」のみんなは昨日花火をしてたんだな。そっちから送られてきた画像を見て、つい吹き出しちゃったよ』

 石坂は明るく言って、『……えーと。ところでさ』と話題を変えた。

『童子特別対策官は、一緒じゃないのか?』

 石坂の質問に、塩田が答える。

「あー。童子さんはねぇ。俺らと夕飯を食べた後に、個人のトレーニングに行ったよ。石坂君と宇佐ちゃんに電話するって言ったら、「よろしく伝えておいてや」って。……あれ? 二人共、本当は童子さんと話したかった?」

『い、いやいやいや! とんでもない! 緊張するし……』

『ただ、そこにいらっしゃるのかなーって思っただけよ』

 石坂と宇佐は慌てて否定したが、すぐに『……まぁ、その通りなんだけどね』と本音を言い、「童子班」の高校生たちが笑った。

 和気藹々(わきあいあい)とした空気の中、鷹村が言った。

「そう言えばさ。今日、たまたま那智本部長から聞いたんだけど、反人間組織『アゴー』の突入は、残念な結果だったな」

『……ああ。本当にな』

 鷹村の言葉を聞いた石坂が、にわかに声のトーンを落とす。

 ベビーピンクのパーカーを着た最上が言った。

「『アゴー』って、関東でもけっこう有名な反人間組織よね。せっかく拠点を突き止めたのに、惜しかったわね」

『ええ。今日の突入は、私と石坂君のいる2班の任務だったの。2班に所属する23人の対策官のうち、15人が突入チームとして現場におもむいたわ。もちろん、私たちの指導担当の種本さんも……。でも、『アゴー』の拠点の食品加工工場には、誰もいなかったそうよ』

 宇佐が浅く息をついて返し、鷹村がスマホに向かって訊いた。

「『アゴー』の拠点には、見張りはつけていたんだよな?」

『ああ。拠点が割れたのは昨日だったんだけど、それからうちの班の先輩対策官が交代で現場を見張っていた。だけど、見張りの交代時や目を離したわずかな隙に、『アゴー』が感付いて拠点を移したのかもしれない』

 石坂の返答に、雨瀬が口を開いた。

「石坂君。宇佐さん。どこかで、突入の情報が漏れた可能性は?」

『──…………』

 石坂と宇佐は沈黙し、やがて『わからない』と小さな声で言った。

 その後、「童子班」の高校生たちは「地道に捜査していけば、また必ず『アゴー』の尻尾を掴める。そう信じて、頑張れ」とエールを送り、同じインクルシオ訓練施設の出身である旧友二人との通話を終了した。


 午後11時。千葉県千葉市裏葉うらは区。

 ライトグレーのトレーニングウェアに身を包んだ石坂は、夜道を走っていた。

 街灯の光を反射するアスファルトに、リズミカルな足音が響く。

(……無心で走っていたら、いつの間にか裏葉うらは区まで来ちゃったな。ここは公営墓地の裏手か。さすがに、夜はちょっと怖いな)

 石坂は周囲の景色を見回して、徐々にペースを落とした。

 公営墓地の外周に沿って作られた細い道路は、ひと気はなく、しんと静まり返っている。

 石坂が元来た道を戻ろうかと思案していると、不意に薄暗い墓地の中から人の話し声が聞こえた。

「……のおかげで……拠点……うまくいった……」

「……加工工場……見張り……に立った……報酬は弾んで……」

 石坂のいる道路と公営墓地の間には、等間隔に植えられた樹木と高いフェンスがあり、ぼそぼそと話す声ははっきりとは聞こえない。

 しかし、断片的に聞き取れた会話の内容に、石坂の心臓が早鐘を叩いた。

(……ま、まさか……!)

 石坂は急いで近くの電柱に身を隠し、注意深い動きで墓地をのぞいた。

 整然と並ぶ暮石の向こうに、3つの人影が見える。

 そこにいたのは、反人間組織『アゴー』のリーダーの須磨泉一と、石坂のよく見知った二人の人物──インクルシオ千葉支部の2班に所属する、秋野亮平と岸山智紀だった。




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