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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:13
89/224

01・裏切りと申し出

 午後8時。千葉県千葉市内。

 鉄道の路線沿いに建つ食品加工工場の倉庫に、二つの影が足を踏み入れた。

 つい先ほどまで、贔屓ひいきの割烹料理店で酒と食事を楽しんでいた反人間組織『アゴー』のリーダーの須磨泉一すませんいちが、スーツの胸ポケットから煙草を取り出して言う。

「随分と急な呼び出しだな。何かあったのか?」

 須磨は煙草を口にくわえて、銀製のライターで火をつけた。

 髪をオールバックに整えた須磨は、34歳のグラウカである。

 薄暗い倉庫内に佇む人物が、ゆっくりと口を開いた。

「あんたらの拠点が割れた。明日、午後4時にうちの班の対策官が突入する」

「……何だと? ここがバレたのか?」

「そうだ。構成員の一人が防犯カメラに写っていたのを、うちの対策官が見つけた。今までに何度も、この辺りの防犯カメラの位置と死角は教えたのにな。無駄だったよ」

 そう言って、須磨に向かい合う人物は薄くわらった。

 須磨は煙草のフィルターをきつく噛むと、顔をゆがめて低くうなった。

「……チッ。その構成員は必ず処分してやる。だが、まずは拠点を移さなければ」

「一晩あれば、拠点を移す時間は十分だろう」

「……明日の突入まで、ここを見張っている対策官はいないのか?」

「それは、『俺ら』が交代でやる。問題ない」

 黒のツナギ服を着た人物が、ゆったりと口角を上げる。

 ブレードとサバイバルナイフを腰に装備した人物は、静かな声で須磨に告げた。

「じゃあ、もう行くよ。情報代は、いつもの口座に振り込んでおいてくれ」




 9月下旬。東京都月白げっぱく区。

 午後9時半を少し回った時刻、『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、本部から300メートルほど離れた場所にある『月白げっぱく噴水公園』につどっていた。

「おおー! これ、火花が次々と七色に変わってく! 超キレー!」

 涼しい夜風に樹木がそよぐ中央広場に、塩田渉しおたわたるの歓声が響く。

 七分袖のシャツにジーンズ姿の鷹村哲たかむらてつが、中腰の姿勢で目を細めた。

「この鉄砲型の花火、すげぇ懐かしいな。ガキの頃によくやった」

「やっぱり、花火と言えばこれよね。はかなげなオレンジ色が好きだわ」

 薄手のカーディガンを羽織った最上七葉もがみななはが、指先でつまんだ線香花火をうっとりと見つめる。

「……僕、花火をするの初めてだ」

 雨瀬眞白あませましろが色鮮やかに散る光の粒にぽつりと言い、ジャージの上下を着た特別対策官の童子将也どうじしょうやが「ようさんあるから、好きなだけやりや」と笑った。

 9月に全国で急増した反人間組織『イマゴ』による殺人事件は、思想犯の韮江光彦にらえみつひこが10年前にインクルシオに拘束された日である9月17日を境に、ぴたりと止まった。

 それから一週間が経ち、「童子班」の面々は任務に勤しむ日々を送っていた。

 この日の巡回終了後、5人は黒のジープを停めたコインパーキングに戻る途中で、家電量販店の入り口に貼られた『在庫処分セール! 花火セット各種70パーセントオフ!』の広告に目を留めた。

 7月に木賊とくさ第一高校の体験学習が行われた奥多摩のキャンプ場で、反人間組織『トレデキム』の襲撃を受けて花火を満喫することがかなわなかった高校生たちは、広告のポップな書体をうらめしく見やった。

 そこで、童子が「……うてくか?」と横から提案し、高校生たちが「いいんですかぁ!?」と揃って相好を崩して、今に至る。

「この公園に、花火が許可されている場所があってよかったわね」

「うん。すごく綺麗だし、色々な種類があって楽しい」

「花火って、火薬の匂いがいいんだよな。なんか、ノスタルジックでさ」

「あっ! 童子さん! ネズミ花火があるっスよ! よーし! 5個いっぺんに……」

「アホウ。塩田。ここは手持ち花火以外は禁止や。それは返せ」

 最上、雨瀬、鷹村が半円形に並んでほのぼのと微笑み、塩田が嬉々としてかかげたリング状の花火を、童子が手を伸ばして没収する。

 5人がわいわいと花火を楽しんでいると、鷹村のスマホの着信音が鳴った。

「……あ。石坂君と宇佐さんからだ」

 スマホの画面をタップした鷹村が、顔を綻ばせる。

 そこには一件のメッセージと画像が表示されており、メッセージの送り主はインクルシオ千葉支部に所属する石坂桔人いしざかきっとと、同じく千葉支部の宇佐葵うさあおいだった。

 石坂と宇佐は高校2年生の新人対策官で、「童子班」の高校生4人と同じ埼玉県のインクルシオ訓練施設の出身である。

「わー! 石坂君と宇佐ちゃん、久しぶりだなぁ!」

「二人共、8月の新人懇親会以来ね。……あら? あっちも花火だわ」

 鷹村のスマホを塩田が覗き込み、最上が画像を見て言った。

 石坂と宇佐の連名で送られたメッセージには、『久しぶり! 先週、花火が半額だったので、先輩方と童心に帰って遊びました! これはその時の画像です!』と書かれており、画像には千葉支部の対策官たちが花火に興じる様子が写っていた。

「この時期に花火が安いんは、どこも一緒やな。種本さんも元気そうで何よりや」

 童子が石坂と宇佐の指導担当につく種本広海たねもとひろみの姿に笑みを浮かべ、雨瀬が「千葉支部のみなさん、楽しそう」と感想を漏らす。

 鷹村が指を軽快に動かしてスマホを操作した。

「俺らも、二人に「童子班」の花火の画像を送ろう。……いつか、みんなで一緒にできるといいな」

 そう言って、鷹村は送信ボタンをタップする。

 5人の笑顔と美しい花火が写った画像は、月の浮かぶ夜空を越えて、遠く離れた仲間の元に送られた。


 翌日。千葉県千葉市二藍ふたあい区。

 日曜日の午前10時、インクルシオ千葉支部の支部長の浪川政尚なみかわまさなおは、執務室の椅子に腰掛けた。

 千葉支部は70名の対策官をようする拠点であり、千葉県全域を3つのエリアに分けて、それぞれ1班、2班、3班を置いている。

 浪川は執務机の前に立った対策官たちに言った。

「いよいよ、今日の午後4時に『アゴー』に突入だな」

「ええ。『アゴー』は、このあいだ壊滅した『アラネア』ほどの大きな組織ではありませんが、これまでに千葉県内で多数の殺人事件を起こしてきました。突入チームの対策官全員、気合いが入っていますよ」

 千葉支部の2班に所属する種本が、強い眼差しで返事をする。

 種本の隣に立つ、同じく2班の秋野亮平あきのりょうへい岸山智紀きしやまともきが、引き締まった表情でうなずいた。

 秋野と岸山はどちらも26歳の対策官で、種本の1年後輩にあたる。

「よし。後は、現場での突入の手順をしっかりと……」

 浪川が話していると、執務室のドアがコンコンコンとノックされた。

 視線を上げた浪川が「入れ」と言うと同時に、「失礼します!」と勢いよくドアが開く。

 そこに現れたのは、2班に所属する新人対策官の石坂だった。

 黒のツナギ服を纏った石坂は、背筋をぴんと伸ばして言った。

「浪川支部長! 今回の『アゴー』の突入チームに、どうか僕を入れて下さい! お願いします!」

 石坂が頭を下げて申し出ると、種本が慌てて口を挟んだ。 

「こ、こら、石坂……! 突入は命懸いのちがけの危険な任務なんだ。まだ新人のお前を、チームに入れるわけにはいかない」

「石坂。お前は経験を積みたいんだろうが、俺らは現場で新人を気にかけてる余裕はない。いざと言う時に、お前を守ってやれない」

 秋野が腰に手を当てて言い、岸山が「そうだぞ」と相槌を打つ。

「……で、でも……!」

 石坂は頭を下げたまま、言葉にきゅうした。

 浪川がおもむろに両手の指を組んで言った。

「石坂。顔を上げなさい。お前は優秀な戦闘技術を持つ、将来有望な新人対策官だ。だからこそ、焦って任務に飛び込み、そこで命を落とすようなことがあってはならない。……今回は、2班の先輩対策官たちに、『アゴー』壊滅の成功を託しなさい」

 浪川のさとすような声に、石坂の張り詰めた表情が徐々に緩む。

 石坂は澄んだ瞳を上げると、「──はい!」と大きく返事をした。




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