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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:12
87/224

06・事件の意味

 午後8時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の面々は、3階のオフィスでそれぞれデスクに向かっていた。

 反人間組織『イマゴ』による殺人事件は日毎ひごとに増えており、9月に入ってからの被害者の総数はすでに200人を超えていた。

 事態を重く見たインクルシオは全国の拠点の『イマゴ』の捜査を強化し、「童子班」の5人は、グラウカ収監施設『クストス』で面会した韮江光彦の資料を徹底的に洗い直すことにした。

 塩田渉がノートパソコンを操作しながら、隣のデスクの最上七葉に訊く。

「ねぇねぇ。最上ちゃん。韮江が『グラウカ至上主義』の思想を広めたのって、全国のグラウカ支援施設で行なっていた“相談会”の時だよね?」

「ええ。おそらくそうよ。この“相談会”は、支援施設の児童だけでなく、近隣に住むグラウカも参加していたらしいわ。差別やいじめに悩むグラウカは少なくないから、韮江はそこにつけ込んだんでしょうね」

 最上はそう答えると、ペットボトルのアイスティーを一口飲んだ。

 鷹村哲がノートパソコンの画面を見ながら息をつく。

「うーん。こうして韮江の経歴を見てても、捜査に活かせる情報はほぼ皆無だな。一番怪しい“相談会”は、当時の参加者リストすらないし……」

 鷹村の隣に座る雨瀬眞白が、「うん」と難しい顔で同意を示した。

 黒のツナギ服を着た特別対策官の童子将也が、缶コーヒーのプルトップを開けて言う。

「韮江と『イマゴ』に関わりがあるという前提で見た場合、やはり“相談会”に目が行きがちなんやけど、そこに気を取られ過ぎたらあかんで。他に『イマゴ』と繋がるヒントがあるかもしれへんし、視野を広く持って……」

「あーーーっ!!!」

 童子が話している途中で、塩田が大声をあげた。

 オフィスで仕事をしていた対策官全員が驚いて肩を揺らす。

「……す、すみません……」

 塩田は頭を掻いて周囲に謝り、童子が缶コーヒーをデスクに置いて「塩田。どないした?」と訊ねた。

「あ。えっと……。もしかしたら、全くの見当違いかもですけど……。資料にある韮江のプロフィールを見ると、明日が40歳の誕生日なんです」

「……!」

 塩田の指摘に、「童子班」の全員が反応する。

「韮江の誕生日は9月15日……。確かに、明日だな……」

「でも、韮江の誕生日と『イマゴ』の殺人事件に、何の関係があるの?」

 鷹村がノートパソコンに顔を近付けて呟き、最上が質問した。

 塩田はデスクに座る4人を見やって、「これは仮説だけど……」と声をひそめた。

「韮江が育てた“教え子”が『イマゴ』のメンバーなら、“師”の誕生日は祝いたいだろ? それに、今年は40歳という節目でもある。だから、ここ最近の多くの殺人事件は『イマゴ』から韮江への誕生日プレゼントで、メインイベントとなる大きな事件は明日にあるんじゃないか?」

「……なるほど。ちょっと納得できるな。だけど、塩田の仮説が合ってるとして、そのメインイベントを起こす場所はどこなんだ?」

 鷹村が訊き、塩田が「そこまでは、わかんねぇよー」と返す。

 それまで黙って聞いていた童子は、ツナギ服の尻ポケットに手を入れて言った。

「証拠や裏付けはあらへんが、塩田の“読み”はわるないと思うわ。『イマゴ』の殺人事件が急に増えたんは、必ず何かしらの意味があるはずやからな。念の為に大貫チーフに話して、全拠点に明日の巡回体制の強化を要請してもらおう」

 そう言うと、童子はスマホを取り出して画面をタップした。

 その後、南班チーフの大貫武士は、インクルシオの各拠点の支部長宛てに緊急連絡メールを送信し、南班の内部でも巡回の人員補強等の調整をした。

 しかし、翌日の9月15日は、『イマゴ』による殺人事件は一件も起きなかった。


 午後3時。東京都木賊とくさ区。

 韮江の誕生日から2日が経ち、木賊とくさ第一高校を下校した「童子班」の高校生たちは、人で賑わう商店街を歩いていた。

「結局、こないだは何もなかったなー。いや、事件がないのはいいんだけどさ」

「気持ちはわかるよ。とりあえず、また一から資料を見直して……」

 学生鞄を持った塩田と鷹村が話していると、ふと雨瀬が立ち止まった。

 最上がチェック柄のプリーツスカートをひるがえして振り返る。

「雨瀬? どうしたの?」

「…………」

 雨瀬は商店街の中ほどに建つ、一軒のラーメン店を見つめていた。

 鷹村、塩田、最上が目をやると、シャッターの閉まった店には貼り紙があり、『都合により、9月17日は休業させていただきます』と書かれていた。

 最上が「この貼り紙が、どうかしたの?」と訊く。

 雨瀬は貼り紙から視線を逸らさずに言った。

「……9月17日……。確か資料には、ちょうど10年前の今日に、韮江がインクルシオに拘束されたとあった。9月に起きた『イマゴ』の殺人事件に何か隠された意味があるとしたら、これかもしれない……!」

 雨瀬の言葉に、高校生3人が顔色を変える。

「じゃあ、一連の殺人事件は、韮江を拘束したインクルシオへの報復ってこと!? もし何か大きな事件を起こすとしたら、今日かよ!?」

 塩田が慌てて言い、最上が「一体、どこで!?」と鋭い声音で訊いた。

 鷹村がハッと目を見開いて大声を出す。

「……資料に載ってた、10年前に韮江が拘束された場所!!」

 商店街に立つ高校生の新人対策官たちは、声を揃えて叫んだ。

「──立川市の、『緑のアーチ市民公園』!!!」


 東京都立川市。

 インクルシオ立川支部の支部長である曽我部保そがべたもつは、電話の受話器に向かって顔をしかめた。

「ああ〜? そんなの、考えすぎじゃないのかぁ?」

『たとえ空振りでも、何かが起こる可能性があるなら動くべきだ。すぐに該当の公園に対策官をやってくれ』

 電話の相手の大貫が言い、曽我部は鼻で息を吐く。

 大貫は高校生たちの話を童子経由で聞き、即座に曽我部に連絡を入れていた。

「フン。『緑のアーチ市民公園』は、うちの定番の巡回ルートだ。お前に言われなくても、毎日対策官が公園を見回っている。つーか、大貫よ。お前は3日前にも、韮江光彦の誕生日を警戒しろと緊急連絡を送ってきたよな? そんな不確実な情報にいちいち付き合っていられる程、こっちも暇じゃ……」

『いいから! とにかく公園は注意しておいてくれ! 頼んだぞ、曽我部!』

 そう言って、大貫は電話を切った。

 曽我部は通話の切れた受話器を睨んで、低く毒づいた。

「……ったく。何も起こりゃしねーっての」


 インクルシオ立川支部に所属する2人の対策官は、立川市にある『緑のアーチ市民公園』の中の歩道を歩いていた。

 時刻は午後3時を10分ほど回ったところだった。

 普段の巡回で見馴れた公園を、一人の対策官がキョロキョロと見回す。

「……なぁ。まだ昼間なのに、公園内がやけに静かじゃないか?」

「確かに、人を全然見かけないな。この先に広場があるから、行ってみよう」

 腰にブレードとサバイバルナイフを装備した対策官たちは、急ぎ足で公園の広場に向かった。

 背の高い樹木が並ぶ歩道を抜けると、一気に視界が開ける。

 ──その時。

 おびただしい血にまみれて地面にす、大勢の一般市民の姿が目に入った。

「こ、これは……!!!」

「すぐに支部に連絡だ!!! それと、救急車を……!!!」

「もう遅い。全員、死んでるよ」

 対策官2人が驚愕に目をみはると、長身の人物が背後に立った。

 上着の長い裾を風になびかせた人物──乾エイジは、対策官たちが振り向く間を与えず、ナイフで次々と頸動脈をえぐった。

「……がっ……あっ……!!!!」

 首から血を吹き出した2人の対策官が、砂地の地面にばたりと倒れ込む。

 ナイフの血を払って「手応えねぇなー」と笑った乾の隣に、反人間組織『イマゴ』のリーダーの穂刈潤が現れた。

 短髪をくすんだシルバーブルーに染めた乾が静かに言う。

「ここに来るのは、10年ぶりだな。懐かしいな」

「ああ。僕らは、韮江先生の教えを継いで立派に成長した。これからも、『イマゴ』は歩みを止めず、人間を抹殺しきるまで邁進まいしんしていく。それが、韮江先生への唯一の恩返しだ」

 穂刈の言葉に、乾が「そうだな」とうなずく。

 穂刈は公園の景色を見渡して、ゆっくりと片膝をついた。

 そして、人間たちの流した血を指ですくい、『イマゴ』と地面に刻んだ。




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