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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:12
83/231

02・糸口

 午後3時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階にある『カフェスペース・憩』の注文カウンターで、南班チーフの大貫武士と西班チーフの路木怜司はばったりと会った。

 ミックスジュースのグラスを持った大貫が、ホットコーヒーの紙コップを手にした路木に言う。

「路木も休憩か? せっかくだから、一緒にどうだ?」

「僕はテイクアウトのつもりで来たんですが」

 そう言いつつも、路木は大貫と共に窓際のテーブルについた。

 大貫はミックスジュースをストローで一口啜って、満足げに息を吐く。

「ああ。旨い。ここのミックスジュースは童子のお墨付きなんだ」

「そうですか。大阪人の童子が認めるなら、さぞかしいい味なんでしょう」

 路木はさして興味のない口調で返すと、ホットコーヒーを飲んだ。

 大貫はミックスジュースをもう一口啜り、「それにしても」と話題を変える。

「9月に入ってから『イマゴ』の殺人事件が急増しているのは、何故だろうな」

「さぁ。わかりません。その理由を考える以前に、僕らは彼らの姿形すら知りませんから。相手の実態が掴めていない以上、推察のしようがありません」

「……まぁ。そうだよな」

 路木の言葉に、大貫は人差し指で鼻を掻く。

 路木は窓の外に目をやると、無表情で言った。

「ですが、現状をただ傍観するわけではありません。彼らの行動にどのような理由があろうと、僕らは『イマゴ』壊滅の糸口を掴むべく、日々の捜査に注力していくだけです」


 同刻。東京都木賊とくさ区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、木賊とくさ第一高校の授業を終えて帰路についた。

 木賊とくさ第一高校への交通手段はバスと電車があり、バスの場合は学校近くのバス停を利用し、電車の場合は徒歩で10分ほど離れた駅を利用する。

 高校生の新人対策官たちは電車で通学しており、買い物客や学生で賑わう商店街を通って駅に向かった。

「あら? 眞白ちゃんじゃない?」

 多くの店が連なる通りを歩いていると、高校生たちの背中に声がかかった。

 制服を着た4人は立ち止まって振り返る。

 すると、真っ赤な口紅を引いた上背のある人物が笑顔で手を振った。

「……リリーさん!」

 雨瀬眞白が白髪を揺らして声をあげる。

 鷹村哲と最上七葉がきょとんとし、塩田渉が「誰?」と訊いた。

「『BARロサエ』のママさんだよ。僕が『マグナ・イラ』の捜査で潜入した、グラウカ限定入店のお店の……」

 雨瀬が答え、3人は「ああ」と得心がいった顔をする。

 ピンクのブラウスにダメージジーンズ、足元は紫のミュールを履いた“オネエ”のリリーが、高校生たちに歩み寄った。

「みなさん、こんにちは。学校帰り?」

「こんにちは!」

 高校生たちが声を揃えて挨拶をし、リリーは「元気がいいわねー」と笑う。

「眞白ちゃんは、これからインクルシオの巡回? まだまだ日中は気温が高いから、外回りは大変ね」

「!」

 何気なく発したリリーの一言に、高校生たちは驚いて肩を揺らした。

 学生鞄を持った雨瀬が慌てて訊く。

「あ、あの。僕、リリーさんにインクルシオ対策官だとは言ってませんよね?」

「ええ。そうね。だけど、うちの店に来た時に何となくわかったわ。眞白ちゃんが情報を訊いた『マグナ・イラ』が、あの直後にインクルシオに壊滅されたしね」

 リリーがウィンクをして答え、対策官であることを伏せて『BARロサエ』に潜入した雨瀬は、「そうだったんですか……」と身を縮こませた。

 リリーは雨瀬の隣にいる高校生3人を見て言う。

「そう言えば、木賊とくさ第一高校にインクルシオ対策官が何人かいるって聞いたことがあるわ。きっと、みなさんがそうなのね。顔つきが凛々(りり)しいもの」

 リリーの言葉に、塩田が「えー? やっぱり、わかりますかぁ?」とニヤけて頭を掻き、最上が「このお調子者」と肘で小突く。

 白のシャツにネクタイをした鷹村が言った。

「リリーさん。おっしゃる通り、僕らはインクルシオ対策官です。そこでひとつお訊ねしたいんですが、反人間組織『イマゴ』について、何か知っていることはありませんか?」

「あら。早速、情報収集ね。さすが対策官は抜け目がないわね。……そうねぇ。『イマゴ』と言えば、最近あちこちで殺人事件を起こしているわね。でも、残念ながら有用な情報は持っていないわ。お役に立てなくて、ごめんなさいね」

 リリーが眉尻を下げて謝り、鷹村が「いえいえ。構いません」と手を振る。

 リリーは長い付け睫毛をゆったりとまばたかせると、「……だけど、ひとつだけ」と唇を開いた。

「これは大した情報じゃないかもしれないけど。乙女おとめ区の『クストス』に、『イマゴ』に関係のある男が収監されているらしいわよ」


 午後4時。東京都月白げっぱく区。

 『BARロサエ』のリリーから情報を聞いた「童子班」の高校生たちは、インクルシオ寮に戻って黒のツナギ服に着替えた。

 4人はこの日はデスクワークをする予定であり、東京本部のエントランスをくぐった後、武器を装備せずに3階のオフィスに向かった。

 それまで単独で捜査に出ていた特別対策官の童子将也も、高校生たちの下校時刻に合わせて東京本部に戻り、冷房の効いたオフィスで合流した。

「ああ。それは俺も聞いたことがあるわ」

 デスクの椅子に座った童子が、缶コーヒーを片手に言う。

 高校生たちは童子の周囲に椅子を持ってきて座り、リリーから聞いた話を伝えた。

「そうなんですか。一体、どういう人物なんですか?」

 ペットボトルの緑茶を持った鷹村が質問する。

 童子は缶コーヒーを一口飲んで答えた。

「確か、10年ほど前に“グラウカ至上主義”の思想犯として捕まった男や。反人間組織には属してへんグラウカで、名前は韮江光彦にらえみつひこやったかな」

 缶入りのアイスココアを飲んだ塩田が訊く。

「その思想犯の男と『イマゴ』に、何の関係があるんスか?」

「それなんだけどねぇ〜」

 すると、デスクと通路の間のパーテーション越しに、中央班に所属する特別対策官の影下一平かげしたいっぺいが顔を出した。

 影下の隣には、東班に所属する特別対策官の芦花詩織あしはなしおりがいる。

 高校生たちが「お疲れ様です!」と姿勢を正すと、二人の特別対策官は「お疲れぇ〜」「お疲れ様」と笑顔で返した。

 影下は「でぇ。さっきの話なんだけどぉ」と「童子班」の5人を見やる。

「俺、韮江光彦とは、『クストス』で何回か面会したことがあるんだよぉ。本人は『イマゴ』との繋がりを自慢げに主張するんだけどさぁ。肝心のリーダーや構成員の話となると、途端にだんまりでねぇ。何と言うか、掴みどころがない感じぃ」

 そう言うと、チェック柄のシャツにチノパン姿の影下は腕を組んだ。

 芦花が栗色のボブヘアをさらりと揺らして言う。

「私も韮江と面会したことがあるわ。一見フレンドリーだけど、内心では人間をとてもさげすんでいる印象だったわね。『イマゴ』との関係については、曖昧な点が多すぎて真偽は不明ね」

「へぇ〜。なんか、厄介な奴だなぁ」

「でも、ちょっと会ってみたい気がするな」

 塩田が頭の後ろで両手を組み、鷹村が興味あり気に言う。

 最上と雨瀬が「うん」とうなずいた。

 童子はコーヒーの残りを飲み干すと、空いた缶をデスクに置いて言った。

「俺も、一度会うて話してみたいな。大貫チーフに頼んで、捜査目的の面会を『クストス』に申し入れよか」




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