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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:11
79/231

05・地下への潜入

 午前8時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の2階にある小会議室の一室で、北班チーフの芥澤丈一は腕を組んで前を見据えた。

 ロの字に配置された長机には、南班チーフの大貫武士、南班に所属する特別対策官の童子将也、同じく南班の鷹村哲、塩田渉、最上七葉、雨瀬眞白、北班に所属する特別対策官の時任直輝、同じく北班の市来匡、大阪支部に所属する特別対策官の疋田進之介、同じく大阪支部の鈴守小夏が着席している。

 芥澤の背後のホワイトボードには、防犯カメラの映像をプリントアウトした数枚の写真と、消炭けしずみ区にある洋館レストラン『ノビリス・モルス』の見取り図が貼られていた。

 芥澤がおもむろに口を開く。

「全員集まったな。このメンバーに緊急招集をかけたのは他でもねぇ。今朝方、うちの班の対策官が防犯カメラの映像をチェックをした際に、グラウカの重犯罪者の貝塚門人を発見した。たまたま突風でフードが外れてクソ派手な頭が見えたっていう、ラッキーパンチだがな」

「芥澤。貝塚の後ろに写っているのは『ノビリス・モルス』というレストランだよな。このレストランの近くの防犯カメラをチェックしたのは、偶然なのか?」

 芥澤の隣に座る大貫が写真を見上げて質問した。

 芥澤はコーヒーの入った紙コップに手を伸ばして答えた。

「いいや。この店は以前から『地下闘技場』の噂があったんだよ。だが、なかなかその実態を掴めなかった。今回、大阪支部の二人が出張捜査に来たことで、改めて注視していたんだ」

 芥澤がコーヒーを一口啜り、大貫が「なるほどな」と納得する。

 背中に交差した2本、腰に2本のブレードを装備した時任が言った。

「この機会に、貝塚と『地下闘技場』の関係者全員を一網打尽にしたいですね」

「せやな。その為には、まずは内部の詳細を探る必要があるな」

 威嚇するマンドリルがプリントされたシャツを着た疋田がうなずく。

 疋田の言葉を受けて、大貫が視線を上げた。

「『地下闘技場』はグラウカしか入れない。雨瀬。潜入してくれるか」

「はい」

 小会議室のドア側の長机に座った雨瀬が即答し、疋田が「さすがグラウカの対策官やなぁ。話が早うて助かるわ」と感心した。

 黒のツナギ服を纏った童子が「芥澤チーフ」と顔を向ける。

「雨瀬の潜入で『地下闘技場』の様子がわかったら、突入はどうしますか?」

 童子の質問に、その場の全員が芥澤に注目した。

 芥澤は手にした紙コップを置き、ニタリと口端を上げて言った。

「突入は、疋田、童子、時任、市来、雨瀬、鷹村、塩田、最上、鈴守の9名の対策官で行う。現場の作戦指揮は疋田だ。貝塚門人の確保および『地下闘技場』の摘発は、この“特別編成チーム”で臨む」


 午後9時。東京都消炭けしずみ区。

 白のコットンシャツにジーンズ姿の雨瀬は、オフィス街にある洋館レストラン『ノビリス・モルス』の前に立った。

 雨瀬はインクルシオ対策官であることを知られないように、偽名を使ったグラウカ登録証を持ち、白髪を黒く染めている。

 雨瀬が店のドアを開けると、クラシックの静かな音色が耳に届いた。

 蝶ネクタイをしたウェイターが「いらっしゃいませ」と笑顔で迎える。

「お一人様でしょうか?」

「……あの。『地下』に行きたいんですけど」

 小さく告げた雨瀬の言葉に、ウェイターは寸分も表情を変えることなく「かしこまりました」と了承し、紺色の絨毯の上を歩き出した。

 ウェイターは店の奥にあるエレベーターに乗り込み、雨瀬もそれに続く。

 エレベーターの扉が閉まると、ウェイターは上着の内ポケットから1本の折り畳みナイフを取り出し、雨瀬にうやうやしく差し出した。

「当店の『地下』は、グラウカの方のみご案内しております。グラウカ登録証は偽造等が懸念されますので、念の為にこちらで指をお切り下さい」

「わかりました」

 雨瀬は落ち着いた態度で返事をし、折り畳みナイフを受け取る。

 以前、雨瀬は木賊とくさ区にあるグラウカ限定入店の『BARロサエ』で同様の経験をしており、“切る”ことは予想の範疇であった。

 ナイフの刃先を沈ませた人差し指から、白い蒸気が上がる。

 血が滲んだ小さな傷口は、あっという間にふさいで消えた。

(──…………)

 雨瀬は人差し指の指先をじっと見つめる。

 ウェイターは「結構です」と微笑むと、エレベーターの操作パネルに向き直り、優雅な動作で乳白色のボタンを押した。


 エレベーターを降りた雨瀬の眼前に現れたのは、背の高いフェンスに囲まれたリングと、その周囲で熱狂する観客たちの姿だった。

 観客はラフなTシャツ姿の者もいれば、かっちりとしたスーツ姿の者もいる。

 年齢層は幅広く、男女の割合は半々程度であった。

 雨瀬がテーブルにつくと、スタッフと思しきポロシャツ姿の男が近寄った。

「ようこそ『地下闘技場』へ。現在は第4試合が行われています。この試合が終わったら次の試合の“闘士”たちがリングに出てきます。その時にどちらが勝つかを予想して賭けて下さい。賭け金の最低金額は5万円です」

「はい」

 雨瀬がうなずいた時、観客たちが一斉に声をあげた。

「ああー! 黒仮面の蹴りが決まったー! あいつ、武器なしなのに強いな!」

「クソッ! 俺、ロン毛に賭けちまったよ! 何の為にナイフ持ってんだ!」

 雨瀬がリングに目をやると、黒色の仮面をつけた“闘士”の足元に、ロングヘアの“闘士”が倒れている。

 レフェリーがロングヘアの“闘士”の気絶を確認し、仮面の“闘士”の勝利を告げた。

(……あの仮面の人、かなり若そうなのにすごいな)

 雨瀬は大きな歓声が沸き起こる中、リングに佇む仮面の“闘士”を見上げた。

 鼻の下まで覆うデザインの仮面を装着した“闘士”は、身をひるがえしてフェンスを出る。

 すると、入れ替わるように、第5試合に出場する“闘士”がリングに上がった。

「──!」

 雨瀬が目を見開いて反応する。

 スポットライトが照らすリングの上には、身長190センチ、25歳、虹色のパンチパーマの強面こわもての男──貝塚門人が、犬歯を剥き出して仁王立ちしていた。


 午後11時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の2階の小会議室で、二人のチーフと“特別編成チーム”の対策官たちは、雨瀬からの報告を待っていた。

「……雨瀬、大丈夫かなぁ」

 先ほど購入してきたコンビニエンスストアのビニール袋を覗き込んで、塩田が呟く。

 緑茶のペットボトルの蓋を開けた鷹村が言った。

「インクルシオ対策官だとバレない限りは大丈夫だろう。万が一に備えて、北班の対策官が店の周囲に張り込んでるしな」

「でもさー。疋田さんが言ってたけど、“闘士”は死ぬこともあるんだって……」

「雨瀬の潜入は、“闘士”じゃなくて観客でしょ」

 アイスティーを飲んだ最上が突っ込み、塩田は「そうだけどさー」と返してビニール袋の中をごそごそと探った。

「何があるかわからないし、やっぱり心配だよ。……あれ。お茶かジュースばかりだな。もうコーヒーなかったっけ?」

「雨瀬が潜入してから2時間が経つ。そろそろ連絡が来るはずやで」

 そう言って、童子が手をつけていない缶コーヒーを塩田の前にトンと置く。

 その時、芥澤のスマホが鳴った。

「──雨瀬か。店を出たところだな。ちょっと待て。スピーカーにする」

 芥澤は飲んでいた缶入りのコーンポタージュスープをノートパソコンの横に置き、スマホの通話をスピーカー状態にした。

 小会議室に集まった全員が耳を傾け、雨瀬が報告する。

『『ノビリス・モルス』の『地下闘技場』で、貝塚門人を確認しました』

「よし。了解した。『地下闘技場』は明日もあるのか?」

『はい。『地下闘技場』は毎月月初めに開催されていて、今月は明日までです』

 芥澤が「なら、突入は明日だな」と言い、大貫が「ああ」と同意する。

 疋田が目を鋭く光らせた。

「これは絶好のチャンスやな。大阪から出張捜査に来た甲斐があったわ」

「絶対に失敗は許されへんですね。何としてでも貝塚の身柄を確保せな」

 鈴守が手に力を込める。

 雨瀬が『……あの』と小さく言い、大貫が「何だ? 雨瀬?」と訊いた。

 雨瀬はかすかな雑踏の音を背に、迷いのない声音で告げた。

『貝塚を確実に拘束する為に、僕が“闘士”となってリング上で奴を押さえます』




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