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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:11
78/231

04・屋上と路上

 東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ大阪支部に所属する特別対策官の疋田進之介と、新人対策官の鈴守小夏は、インクルシオ東京本部の3階にあるオフィスの一角で捜査を開始した。

 トレーニング棟で「童子班」の高校生たちに自身の憤懣をぶつけた鈴守は、疋田と合流した後、静かな表情でデスクに向かった。

 グラウカの重犯罪者である貝塚門人の捜査は、東京本部と立川支部の協力の下で行われ、両拠点の対策官は『地下闘技場』と疑わしき店舗や施設などを調査し、また、巡回時に貝塚の姿に目を光らせた。

「疋田さぁん。ご無沙汰してますぅ。これ、俺が持ってる情報ですぅ」

 対策官たちが出入りするオフィスでノートパソコンを操作していた疋田に、中央班に所属する特別対策官の影下一平かげしたいっぺいが歩み寄った。

 時刻は午後7時を少し回ったところだった。

 影下は『地下闘技場』の噂のある場所を書いたメモを疋田に差し出す。

 疋田は「おお。影下君。久しぶりやなぁ」と笑みを浮かべてメモを受け取った。

「相変わらず目の下のくまがすごいな君。ちゃんと睡眠を取らなあかんで」

「ふふ。疋田さんに初めて会った時も、同じことを言われましたぁ」

「ああ。6年前に特別対策官の任命式でこっちに来た時な。たまたま廊下ですれ違った影下君の目の下が真っ黒で、思わず『寝ぇや! 自分!』てハイトーンボイスで叫んでしもたな」

 疋田がくつくつと笑い、影下が「あの時、俺はまだ高校生でしたよぉ」と感慨深げに言う。

 影下はデスクのデジタル時計に目をやると、デイパックを肩に掛け直した。

「もっとゆっくり話したいですけどぉ。俺はこれから居酒屋のバイトが入ってるんで、行きますねぇ。疋田さん、鈴守さん、捜査頑張って下さいぃ」

「おう。『地下闘技場』の情報ありがとうな。影下君も頑張ってや」

「影下特別対策官。ご協力ありがとうございました」

 疋田と鈴守がそれぞれに言い、影下は「はい〜」と返事をしてオフィスを出た。

 猫背の背中を見送った疋田は、半分に折り畳まれたメモを開く。

 手書きのメモには、東京都内の複数の店舗・施設の名称と住所が書かれていた。

「けっこう件数があるな。明日は俺らも早朝から外を回らなあかんな」

「そうですね。……あ。『ノビリス・モルス』があるやん。創作料理で有名な店ですよ。捜査ついでに、そこでランチしません?」

 疋田の横からメモを覗き込んだ鈴守が言う。

 疋田は「あかんあかん。高いに決まっとる」とそそくさとメモをしまい、鈴守は「えー。せっかくなのにぃー」と頬を膨らませた。

 その後、大阪支部からやってきた二人は、「童子班」の面々の誘いで、インクルシオ寮の食堂で夕食をとった。

 テーブルには北班に所属する特別対策官の時任直輝と、同じく北班の市来匡も集って賑やかなひと時となったが、鈴守の口数と笑顔は少なかった。


 午後8時半。

 鈴守はインクルシオ寮の階段を上って屋上に着くと、鉄製の扉を押した。

 開いた部分から夜風が流れ込み、フラミンゴ柄のチュニックの裾が揺れる。

 コンクリートの床に足を踏み出した鈴守の隣で、穏やかな声がした。

「なかなかええ眺めやろ。ここ、俺の好きな場所やねん」

 フェンスの向こうに広がる夜景を見やって、黒のツナギ服を纏った特別対策官の童子将也が言う。

 夕食後、童子は鈴守に声をかけ、二人で屋上にやってきた。

 目の前の景色に、鈴守が感嘆の息をつく。

「ほんまですね。静かやし、街の光がキラキラして綺麗や」

「たまに、一人になりたい時にここに来るねん」

「将也さんでも、そんな時があるんですか」

「あるある。俺かて悩みは多いで」

 そう言って、童子はフェンスの外に目を向けたまま笑った。

 鈴守はちらりと童子を見上げ、すぐに視線を前に戻す。

 しばらくの沈黙が流れた後、童子は「そうや」と口を開いた。

「昨日、完司かんじさんからメールが来てたで。小夏が進之介さんと一緒にそっちに行くから、よろしく頼むてな」

「そうやったんですか。完司さんは『新人対策官が出張捜査なんて100年早いわ! 大人しく寮でトレーニングしとけ!』て、めっちゃ反対しとったのに」

 童子の話に、鈴守が意外そうな顔で返す。

 “完司さん”こと増元完司ますもとかんじは、大阪支部で鈴守の指導担当につく対策官であった。

 童子は「完司さんは、小夏のことが心配やったんやろう」と優しく言う。

 鈴守は目を伏せると、スニーカーを履いた足元を見つめた。

「……完司さんの心配はありがたいです。せやけど、私はどうしても東京に来たかった。将也さんが指導担当につくあの人らに、一言文句を言いたかった」

 鈴守の硬い声が地面に落ち、童子が顔を向ける。

 鈴守はうつむいて言葉を続けた。

「将也さんは聞いとると思いますけど……。今日、トレーニング棟であの人らと手合わせをしました。あの人ら、全然大したことあらへんかった。私がどんなに憧れても、どんなに望んでも、将也さんの指導は受けられへんのに……。せやから、腹が立ってキツイことを言いました」

「そうか。あいつらは模擬やと無意識に気が抜けるからな。実戦ではしっかりやっとるから、そこは大目に見たってくれ」

 童子が高校生たちをかばうように言い、鈴守は唇を噛む。

 心にくすぶったもやもやが口をついて出た。

「将也さんはあの人らを認めとるんですか? 年下の私より弱いのに……!」

「あいつらは、一人前の対策官になる為に一生懸命に任務に励んどる。人々の笑顔を守る為に命懸けで戦っとる。俺は、あいつらのいざと言う時の実力はもちろん、そのひたむきさと誠実さを認めとるで」

「……っ!」

「せやけど、それは小夏も同じやろう? 俺に憧れとるとかそういうのは二の次で、小夏が対策官になった一番の理由は、世の中の平和を守りたいからやろう?」

「…………」

「俺は、小夏はそうやと信じとる。そして、小夏の強さと努力を認めとるで」

 童子のみ入るような静かな声に、鈴守が顔をゆがめる。

 双眸にじわりと涙が浮かび、慌てて首を振った──その時。

 屋上の扉が勢いよく開き、数人の人影が「うわぁ!」と転がり出た。

「阿呆ー! 扉が開いてもうたやないかー! せやから押すなて言うたやろー!」

「すみません、疋田さん! 二人の声が聞こえづらくって!」

「盗み聞きしてごめんなさいー!」

 童子と鈴守が振り返ると、うつ伏せになった疋田の横に、塩田渉、最上七葉、鷹村哲、雨瀬眞白がけていた。

 5人の対策官たちの姿に、童子が可笑しそうに笑う。

「みんな、小夏を心配して来てくれたんやな」

「──…………」

 鈴守はコンクリートの床に転がった高校生たちに目をやった。

 いつの間にか、刺々(とげとげ)しい感情は消えていた。

 鈴守は両手を腰に当てると、盛大なため息を吐いて言った。

「ほんまにもう……。どうしようもない仲間たちやわ」


 午後9時。東京都消炭けしずみ区。

 瀟洒しょうしゃな佇まいの洋館レストラン『ノビリス・モルス』の地下で、多くの観客が歓声をあげた。

 普段は店の倉庫として使用している空間は、月初めの数日間のみ『地下闘技場』として姿を変え、“闘士”と呼ばれるグラウカ同士がリングで戦う。

 反人間組織『キルクルス』のメンバーの半井蛍は、仲間の獅戸安悟しどあんごから『地下闘技場』の存在を聞き、これまでに3度ほど“闘士”として参加していた。

(……こういう場所を利用して、腕がなまらないようにしなきゃな)

 リング脇にある控え室で、黒色の仮面をつけた半井はスマホを眺めていた。

 現在、第4試合が行われており、半井は第5試合に出場する予定であった。

 すると、ドアの向こうで大きなどよめきが起きた。

「お! “闘士”が死んだか!?」

 控え室にいた他の“闘士”たちが椅子から立ち上がり、ドアに駆け寄る。

 半井が目を向けると、細く開かれたドアの隙間から、リングに仁王立ちをして高らかに笑う虹色のパンチパーマの男が見えた。


 翌日。午前8時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の5階の執務室で、北班チーフの芥澤丈一あくたざわじょういちは、対策官から報告のあった防犯カメラの映像を確認した。

 芥澤のノートパソコンに送られた映像には、北班の管轄エリアである消炭けしずみ区の路上で、パーカーのフードを深く被ったサングラスの男が映っていた。

 映像を再生すると、突風が吹き、男のフードがぱらりと首元に落ちた。

 芥澤はそこで映像を止め、大仰に顔をしかめて毒づいた。

「ハッ。虹色のパンチパーマねぇ。クッソ趣味が悪いったらありゃしねぇぜ」




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