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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:11
76/224

02・大阪から来た2人

 午後2時。東京駅。

 多くの人で賑わう八重洲口のコンコースで、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の面々は、新幹線に乗ってやってきた2人の人物を出迎えた。

「将也ぁー! 久しぶりやなぁー!」

「将也さん! 会いたかったです!」

 黒のツナギ服を纏った特別対策官の童子将也に駆け寄ったのは、インクルシオ大阪支部に所属する特別対策官の疋田進之介ひきたしんのすけと、新人対策官の鈴守小夏すずもりこなつだった。

 疋田は鼻にそばかすを散らした26歳、鈴守は中学3年生の15歳である。

 童子は疋田と握手を交わし、鈴守に笑顔を向けた。

「お久しぶりです、進之介さん。よう来たな、小夏。──こっちの4人は、俺が指導担当についとる新人対策官です」

 童子の後ろに控えていた高校生たちが「初めまして。鷹村哲です」「塩田渉です!」「最上七葉です」「雨瀬眞白です」と自己紹介をする。

 牙を剥いたマントヒヒがプリントされたシャツを着た疋田が挨拶を返した。

「初めまして。大阪支部の疋田進之介と言います。こっちは新人対策官の鈴守小夏です」

「……こんちは」

 フラミンゴ柄のチュニックにスキニージーンズ姿の鈴守が小さく会釈をする。

 疋田は大勢の人々が行き交うコンコースを見やって言った。

「さすが東京は人が多いわ。とりあえず、ゆっくり話せる場所に移動しよか」


 東京駅のほど近くにある地下駐車場に降りた7人は、足音の響く通路を進み、インクルシオのバンに乗り込んだ。

 運転席に童子、助手席に鈴守、2列目に疋田と鷹村、3列目に塩田、最上、雨瀬が座る。

 黒のバンはひんやりとした地下を滑り出し、残暑の厳しい地上に出た。

 旅行用のバッグを足元に置いた疋田が「さてと」と息をついた。

「おおまかな話は小鳥支部長から伝わっとると思うけど、俺らがこっちに来たんは貝塚門人の捜査の為やねん」

「貝塚は、関西エリアで有名なグラウカの重犯罪者ですね」

 童子が言い、疋田が「そうや」とうなずく。

「ゆうべ、貝塚を囲うとった大阪市内の暴力団『恐呂血おろち組』に摘発に入ったんやけど、奴はどこにもおらへんかってん。組の若頭に訊いたら、すでに東京に行ってもうたて言うてな。そんで俺らも追っかけて来たってわけや」

 疋田が説明し、後部座席に座る塩田が小声で言った。

「インクルシオの犯罪者データで貝塚門人を見たけどさ。身長190センチで虹色のパンチパーマなんだよな。すげー派手で驚いたぜ」

 塩田の隣に座る最上が「おまけに強面こわもてよね」と返し、雨瀬が「写真だけでも威圧感がすごかった」と肩をすくめる。

 鷹村が手を上げた。

「疋田特別対策官。ひとつ質問をしてもいいですか?」

「おっと。堅苦しい呼び方はやめよか。もっと気軽に呼んだってや」

「えっと、じゃあ……疋田さん。貝塚の居場所は目星がついているんですか?」

 遠慮がちながらも言い直した鷹村に、疋田は柔和な笑みを浮かべた。

「それなんやけどな。貝塚は、大阪では『地下闘技場』によう出場しとったんや。せやから、東京でもどっかの『地下闘技場』で小遣い稼ぎするやろうと踏んでんねん」

「え? 『地下闘技場』って……」

 塩田がきょとんとし、疋田が後ろを向く。

「『地下闘技場』は、グラウカ同士の戦いに観客が金を賭ける賭場のことや。出場者も観客もグラウカのみで、出場者は“闘士”と呼ばれとる。多くは裏社会の組織が関わっとって、俺らの管轄やと、恐呂血組が経営するミナミのボーリング場の地下で行われとったで」

「ひぇー。そんな場所があるんスか……」

 塩田が顔を引きつらせ、最上が「東京にもあるのかしら?」と呟く。

 疋田は「おそらくあると思うで」と言うと、視線を前に戻した。

「せやけど、俺と小夏は大阪支部を長く空けることはできへん。貝塚の出張捜査にかけられる時間は、今日から金・土・日の3日間だけや。それが過ぎたら貝塚の案件は東京本部に移すことになる。ま、そんなわけで、短い期間やけどよろしくな」

 そう言って、疋田はにこりと笑った。

 高校生の新人対策官たちが「はい!」と元気よく返事をする。

 助手席に座る鈴守は、黙ったままウィンドウの外に目をやった。


 午後2時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部に到着した一行は、車を降りてエントランスに立った。

「東京本部に来るんは久しぶりやなぁ。特別対策官の任命式以来やで」

 疋田が感慨深げに言い、鈴守が「私は初めてや」と周囲を見回す。

 職員や対策官が忙しく往来する中で、疋田は手にした紙袋を持ち上げた。

「ほな、大阪土産の豚まんを持って幹部のみなさんに挨拶回りに行くか。将也、案内頼むで」

「わかりました」

 童子が快く了承し、側にいる高校生たちを見る。

「俺と進之介さんは上階に行ってくるわ。その間、小夏と一緒にいたってくれ」

「了解っス! この“インクルシオ期待の星”に、鈴守ちゃんをお任せ下さい!」

 塩田が額に手をかざし、鷹村と最上が揃って「お調子者」と突っ込む。

 童子は穏やかに微笑むと、「頼むわ」と言って疋田と共にエレベーターホールに向かった。

「じゃあ、俺たちは鈴守さんに東京本部の中を案内しようか」

 鷹村が提案し、雨瀬が「うん」と同意する。

 最上が鈴守に言った。

「鈴守さんは私たちと同じ新人対策官だけど、まだ中学3年生なのね。中学生でインクルシオ対策官になるなんてすごいわ」

「そうだな。俺らの身近なところだと、東班の藤丸と湯本くらいか」

「高校生の対策官でも珍しいもんなー。鈴守ちゃんはマジですげーよ」

 最上が褒め、鷹村と塩田が続く。

 しかし、鈴守はわずかも表情を綻ばせることなく、ふいと視線を逸らした。

 その時、窓の外の建物が鈴守の目にまった。

 薄い唇がゆっくりと開く。

「……あれはトレーニング棟ですよね。せっかくやから、少し手合わせしませんか?」


 インクルシオ東京本部の敷地内にあるトレーニング棟の多目的室で、「童子班」の高校生たちは息を切らして床に転がった。

「はー! つっえー! 勝てねー!」

 手足を大の字に伸ばした塩田が天井に声をあげる。

 鷹村、最上、雨瀬は、訓練用の模擬のブレードを持って座り込んでいた。

 鈴守が腰に両手を当てて高校生たちを見下ろした。

「なんや。インクルシオNo.1の将也さんが指導担当についとる割には、大したことないんですね」

 鈴守の冷たい声音に、高校生たちが肩で息をしながら顔を上げる。

 鈴守は「がっかりやわ」と低く言うと、ブレードを乱暴に放ってきびすを返した。

「……鈴守ちゃん? どこに行くの?」

 上半身を起こした塩田が訊ねたが、鈴守は無言で出口に向かう。

 雨瀬が床から立ち上がり、「鈴守さん」と小さく呼び掛けた。

 すると、鈴守は勢いよく振り返った。

「放っといてや! 東京モンはみんな好かへんけど、雨瀬眞白! あんたは特に嫌いや!」

「!」

 鈴守の突然の激昂に、雨瀬が驚いて動きを止める。

 鈴守は双眸をきつくゆがめて叫んだ。

「将也さんが東京本部に異動になったんはあんたが原因なんやろ!? あんたがグラウカやから監視の為に指導担当についたんやろ!? ずっとずっと、大阪支部で将也さんと一緒に任務につくことを楽しみにしてきたのに! 私の夢と努力はあんたのせいで台無しや!」

 黒髪のショートヘアを乱した鈴守が一気にまくしたてる。

 雨瀬が「鈴守さん……」と声を漏らすと、鈴守は弾かれたように走り出した。

 小さな背中が多目的室の扉を抜けて廊下に消えていく。

 鈴守の思わぬ激情の吐露とろに、高校生3人はしばし言葉を失い、雨瀬は為す術なく床に立ち尽くした。




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