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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:11
75/231

01・新学期と出張

 午前1時。大阪府大阪市内。

 広い敷地に建つ日本家屋の一角で、土足で踏み込む複数の足音が響いた。

「インクルシオ大阪支部や! おどれら『恐呂血おろち組』を摘発する! 死にたなかったら大人しくせぇ!」

 大蛇の掛け軸が飾られた床の間のふすまを、黒のツナギ服を纏った男たちが一斉に開く。

 酒を片手に花札遊びにふけっていた恐呂血組の組員が目を剥いた。

「なんやワレェ! 俺らは人間の組織やぞ! グラウカの反人間組織と間違うとるんとちゃうか!」

「やかましわ! おどれらは重犯罪者のグラウカを囲っとるやろうが! そいつを使つこてミナミの『地下闘技場』で荒稼ぎしとんのはわかっとるんやぞ!」

「……!」

 インクルシオ対策官の鋭い怒声に、畳に片膝を立てた組員が言葉に詰まる。

 部屋の一番奥で金色の座布団に座った若頭に、一人の対策官が近付いた。

「あんたが恐呂血組の若頭さんやな。グラウカの貝塚門人かいづかもんどはどこや?」

「…………」

「手荒な真似はしたないねん。あんたも、脳下垂体を貫かれて死ぬんは嫌やろ?」

 鼻にそばかすを散らした柔和な容貌の対策官が静かな声で言う。

 頭髪に剃り込みを入れた若頭とそばかすの対策官はしばし睨み合い、やがて、二匹の蛇の刺青いれずみを入れた喉元がゆっくりと動いた。

「貝塚はもう大阪にはおらへん。もっと稼ぎたい言うて、東京に行きよったわ」




 9月1日。東京都木賊とくさ区。

 『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生たちは、木賊とくさ第一高校の新学期を迎えた。

 数日前に反人間組織『フロル』の拠点に突入し、反人間組織『キルクルス』のメンバーと対峙した4人は、久しぶりの制服に身を包んで朝の校門をくぐった。

「藤丸! 湯本! お前ら病み上がりなんだから、あまり無理すんなよ!」

「うっせ」

 昇降口に向かう途中で、同じバスに乗っていた東班の藤丸遼ふじまるりょう湯本広大ゆもとこうだいに、塩田渉しおたわたるが声をかける。

 藤丸と湯本は2ヶ月ほど前に反人間組織『マグナ・イラ』との交戦で怪我を負ったが、現在は完治しており、すでに東班の任務に復帰していた。

 朝の光が照らすリノリウムの廊下は、多くの生徒たちで賑わっている。

 「童子班」の4人が1年A組の引き戸を開けると、明るくざわめく教室内で文庫本を読んでいる生徒が目に入った。

「おーす! 半井! 久しぶりー!」

 窓際の席にひっそりと座る生徒──半井蛍なからいけいに、塩田が大きく手を振る。

「…………」

 半井は出入り口に立つインクルシオ対策官たちを横目で一瞥して、すぐに文庫本に視線を戻した。

 そんな半井の素っ気のない態度に寸分も落胆することなく、塩田は「今日も暑いなー!」と言って自分の席に学生鞄を置く。

「ああいう塩田のメンタルの強さは、見習うべきだな」

「単に厚かましいだけじゃない?」

 鷹村哲たかむらてつが苦笑し、最上七葉もがみななはが肩を上下した。

 雨瀬眞白あませましろは「塩田君の性格がうらやましい」と小声で漏らす。

 その後、始業式とホームルームが行われ、木賊とくさ第一高校の生徒たちは午前中で下校となった。

 

 午後8時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の隣に建つインクルシオ寮の食堂で、南班に所属する特別対策官の童子将也どうじしょうやは緑茶を一口飲んだ。

「今日から新学期やな。無事に迎えられて安心したわ」

「本当ですよー! これも童子さんのおかげっス!」

 Tシャツにハーフパンツ姿の塩田が言い、食後のドリンクを飲んでいた鷹村、最上、雨瀬が深くうなずく。

 ──この日の前日。「童子班」の高校生たちは、童子の部屋に集まって“夏休みの宿題”を一気に片付けた。

 夏休み期間中はインクルシオ対策官としての任務やトレーニングに忙殺され、4人がようやく宿題に手をつけたのは非番の最終日だった。

 山積みの問題集とレポートに取り組む高校生たちを童子も手伝い、全ての宿題を終えたのは深夜0時を回った頃だった。

「はー。昨日は大変だったけど、これで肩の荷が下りたなー」

「そうだな」

 塩田がアイスカフェラテを飲んで息をつき、鷹村が梅昆布茶を啜る。

 最上と雨瀬も安堵の表情を浮かべた。

「そーだ。この後、部屋でゲーム大会しねぇ? みんなでお菓子でも食べながらさぁー」

 うきうきと提案した塩田に、鷹村が「たまにはいいな」と乗り気になる。

 最上が「じゃあ、簡単なクッキーでも焼こうかしら」と笑顔で返し、雨瀬は「ゲームは下手だけど、僕もやりたい」と小さく言った。

 すると、童子が空になった湯呑みをテーブルに置いた。

「すまん。俺は、この後はやることがあるねん。ゲームはまた今度にするわ」

「えー!」

 そう言って椅子から立ち上がった童子を、塩田が残念そうに見上げる。

 童子は塩田の頭をなだめるようにポンと叩くと、「お前らで楽しんでや。あまり遅うならんようにな」と言って、対策官でごった返す食堂を後にした。

 虎柄のTシャツの背中を見送った塩田がため息を吐く。

「ちぇー。童子さん、最近はメシの後にどっかに行っちゃうことが多いよなー」

「きっと俺らの知らない仕事があるんだろう」

 鷹村が言い、最上が「そうね」とやや寂しげに納得する。

「それはちょっと違うな」

「わっ!!!」

 そこに急に声がかけられ、高校生たちは驚いて椅子から飛び上がった。

 後ろを振り向くと、北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおきと、同じく北班の市来匡いちきたすくがトレーを持って立っていた。

「時任さん! 市来さん! お疲れ様です!」

「おう。お前らもお疲れさん。ここに座ってもいいか?」

 私服姿の時任と市来は、高校生の新人対策官たちと同じテーブルに腰を下ろす。

 山盛りのカツカレーと鶏の唐揚げに「いただきます」と手を合わせた時任に、鷹村が訊いた。

「時任さん。違うと言うのは……」

「童子はな。毎日遅くまで、一人でトレーニングをしてるんだ」

「えっ!」

 時任の言葉に高校生たちが目を見開く。

 市来がアボカドサラダにドレッシングをかけて言った。

「鳴神さんの件があってから、童子さんは空き時間や任務後にトレーニング棟に行ってるみたいだよ。何回か見掛けたことがある」

「……それ、俺らは知らなかったです」

 鷹村が低く呟く。

 時任はスパイスの効いたカツカレーをスプーンですくった。

「そりゃあ、お前らに言ったら『俺らも!』ってなるからな。お前らには学校があるし、普段の任務や非番の日のトレーニング以外に無理をさせたくないんだろう」

「そんな気を遣わなくてもいいのに……! なぁ、今からみんなで童子さんのところに行こうぜ!」

 塩田が高校生3人を見やって声をあげる。

 雨瀬が目を伏せて口を開いた。

「僕らが行ったら、童子さんが自分のトレーニングに集中できなくなる。僕らは僕らで別にトレーニングをしよう。……『キルクルス』に対抗できる力をつける為に」

 カツカレーを頬張った時任が「その通りだ」と微笑む。

 鷹村が空の皿の乗ったトレーを持った。

「よし。ゲームは次の機会だな。早速、外で走り込みをしてくるか」

 塩田と最上が「俺も!」「私も!」と賛同し、雨瀬が「僕も行く」と続く。

 高校生の新人対策官たちは、それぞれに気合の入った表情でテーブルを立った。


 午後9時。

 インクルシオ東京本部の7階にある執務室の電話が鳴り、本部長の那智明なちあきらは手を伸ばして受話器を取った。

 電話は大阪支部の支部長の小鳥大徳ことりだいとくからで、その内容は『大阪支部の対策官2名を出張捜査で東京に派遣する』というものであった。




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