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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:10
73/224

09・明日のために-1

 東京都月白げっぱく区。

 反人間組織『フロル』の突入作戦から、一夜明けた午前8時。

 インクルシオ東京本部の最上階で緊急の幹部会議が開かれた。

 この日の会議は多目的室で行われ、コの字型に配置した長机の中央にインクルシオ総長の阿諏訪征一郎と本部長の那智明、通路側の長机に各班のチーフ5人が着席した。

 また、窓側の長机には大型モニターが置かれており、分割された画面の中には全国16ヶ所にあるインクルシオの各拠点の支部長が映っていた。

 そして、コの字の開口部にあたる位置には、南班に所属する特別対策官の童子将也が、両手を後ろに組んで立っていた。

 ブルーのワイシャツを着た那智が、「では、早速始める」と硬い表情で口を開く。

「童子。昨夜は、反人間組織『フロル』の突入作戦の遂行、ご苦労だった。結果として『フロル』は壊滅し、リーダーの桃木田昂明とNo.2の及川修吾の死は、殉職した服部大和対策官への手向けとなった。また、現場でフォークリフトの下敷きになった城野高之対策官は、幸いにも軽傷で済んだと聞いて安堵している。……だが、元インクルシオ対策官である鳴神冬真が、反人間組織『キルクルス』の一員だったという報告は、我々にとっては耳を疑わざるを得ない事実だ」

 那智の重々しい声に、会議に参加した上役の全員が沈黙した。

 童子は前を向き、背筋を伸ばして言った。

「昨夜、あま区の『フロル』の拠点に現れたのは、間違いなく鳴神さんでした。それに加えて、『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻、キルリストの個人2位に載る獅戸安悟の姿も確認しています。おそらく、この3人が、『キルクルス』の核となるメンバーやと思われます」

 童子の言葉に、那智は眉間を指で押さえて「そうか……」と声を漏らした。

 南班チーフの大貫武士が手を上げる。

「童子。報告書にあった、鳴神の“アンプル”について詳しく聞かせてくれ」

「はい。アンプルは、鳴神さんが社長室の床から拾い上げた物です。あの時の状況から見て、俺とナイフで揉み合いになった際に落としたんやと思います。容器は5センチ程のガラス製で、中身は透明の液体でした。何の薬かはわかりません」

 大貫の隣に座る北班チーフの芥澤丈一が、腕を組んで言った。

「……鳴神が対策官だった時、奴に疾患があったとは聞いてねぇ。インクルシオを辞めた後に何らかの不調が出たんなら、都内の病院に捜査協力を依頼して、鳴神のカルテの有無を調べた方がいいな」

 中央班チーフの津之江学が、「ええ。そうですね。都内の病院にカルテがなければ関東全域、それでもなければ全国に調査を広げましょう」と同意する。

 すると、大型モニターから苛立いらだった声が聞こえた。

『おいおい。今は細かい捜査の話はどうでもいいだろう。後にしろよ』 

 そう言って、画面の中で荒くため息を吐いたのは、立川支部の支部長の曽我部保そがべたもつだった。

 曽我部はオフィスチェアに背をもたせて、多目的室に立つ童子を見やる。

『そんなことより、あの鳴神が『キルクルス』にいると判明したんだ。たとえ元No.1の特別対策官が敵であろうと、反人間組織にインクルシオが負けるわけにはいかない。その辺は、十分にわかっているんだろうな? 童子?』

「曽我部……! そんな言い方は……!」

 大貫が目を見開いて椅子から立ち上がり、曽我部は『黙れよ。大貫』と制して発言を続けた。

『綺麗事を言っている場合じゃないだろうが。童子は他の対策官とは立場が違うんだ。インクルシオNo.1の特別対策官の負けは、インクルシオのみならず“人間の負け”をも意味する。もし万が一の事態が起これば、全国の反人間組織が一気に増長するぞ』

 曽我部が冷たい声で言い放ち、大貫は唇を噛んで拳を震わせる。

 分割された他の画面から、次々と声があがった。

『うむ。曽我部支部長の言うことは、間違ってはいない。インクルシオNo.1というのは、そういう位置付けでもある』

『No.2やNo.3ならともかく、No.1の負けはあってはならないことだ』

『でも、相手はあの鳴神だぞ? 童子は大丈夫なのか?』

 各拠点の支部長が口々に言い、室内はにわかに騒然となる。

 芥澤が「……クソ勝手なことばかり言いやがって……」と歯軋はぎしりをした時、太く通る声が『みなさん。少しよろしいでしょうか?』と呼び掛けた。

 全員が声の発信元に注目すると、ライオンがプリントされたシャツを着たスキンヘッドの人物──大阪支部の支部長である小鳥大徳ことりだいとくが会釈をした。

 小鳥は大阪生まれ大阪育ちの56歳である。

 しんと静まった部屋で、小鳥は言った。

『みなさんのおっしゃることは、もっともです。しかし、インクルシオNo.1の特別対策官としての立場や責任は、誰よりも将也本人がわかっています。せやから、鳴神の件を含めた今後のことは、黙って将也に任せてやってくれませんか?』

 小鳥が『お願いします』と深々と頭を下げ、16分割された画面から『まぁ……そうですね』『ええ。わかりました』と複数の声が出る。

 それまで黙っていた阿諏訪が、一つ咳払いをした。 

「諸君。かつてインクルシオ随一の強さを誇った鳴神冬真が、反人間組織の一員として姿を現した件は、我々にとってまさに驚天動地の凶報であった。だが、どのような敵が現れようと、インクルシオはおくすることも引くこともない。人間社会の平和を守る為に、戦い続けるだけだ。……童子。現在のインクルシオNo.1の特別対策官は君だ。これからもその重責を背負い、使命を果たしてくれ」

 窓から朝日の差し込む多目的室に、阿諏訪の重厚な声が響く。

 インクルシオの黒のツナギ服を纏い、両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子は、まっすぐに前を見据えて「はい」と返事をした。


 午前8時半。

 南班に所属する新人対策官の雨瀬眞白と鷹村哲は、緊急会議が開かれている多目的室に入室した。

 先ほどまで童子がいた場所に、二人はやや緊張の面持ちで直立する。

 長机に置かれた大型モニターから感じる圧迫感のある視線に、雨瀬と鷹村はごくりと唾を飲み込んだ。

「お前たち。少し話を聞くだけだから、気を楽にしてくれ」

 那智が高校生二人を気遣って、穏やかに微笑む。

 雨瀬と鷹村が「はい」と返事をすると、那智はいつもの精悍な顔に戻って言った。

「さて。お前たちをここに呼んだのは、他でもない。『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻について話を聞きたい。昨日の報告書によると、乙黒は我々のキルリストの最上位になると言ったらしいな。乙黒の発言だけなら戯言ざれごとで済ませたかもしれないが、鳴神冬真や獅戸安悟がメンバーにいるとわかった以上、これは決して非現実的な話ではなくなった。そこで、お前たちに訊きたいんだが、この乙黒という少年に関して、何か情報を持っているか?」

 那智の質問に、ブレードとサバイバルナイフを腰に下げた鷹村が答える。

「いえ。僕たちは、不言いわぬ区の「むささび園」という児童養護施設で、たまたま阿鼻……乙黒と一緒に育っただけです。乙黒は中学1年の春に失踪し、それ以降の接点はありません。残念ですが、これ以上のことは知りません」

 鷹村の返答に、那智が「そうか」とうなずく。

 曽我部がモニターの中から口を出した。

『雨瀬は乙黒と同じグラウカだろう? その児童擁護施設にいた時は、仲がよかったんじゃないのか?』

「……い、いいえ。僕は、乙黒とはほとんど話をしませんでした」

 雨瀬が小さく答え、曽我部が『本当かよ』といぶかしげに言う。

 他の画面からざわざわと声が漏れ、別の拠点の支部長が『いいですか?』と手を上げた。

『雨瀬対策官に訊きたい。乙黒とは、グラウカ同士で仲間意識はなかったのか?』

「は、はい。そういった感情は、ありませんでした」

『まさかとは思うが、裏でこっそり通じているなんてことはないだろうね?』

「……ありません」

『ならいいが。くれぐれも、君をインクルシオに入れたことを、後悔させないでくれよ』

「……はい」

 刺々(とげとげ)しい声音の言葉に、鷹村がモニターをきつく睨み、雨瀬が白髪を揺らしてうつむく。

 大貫が思わず気色ばんで立ち上がろうとすると、芥澤がジャンパーの裾を掴んで止めた。

 東班チーフの望月剛志が「……いくらなんでも、言い過ぎじゃないのか」と眉をひそめ、西班チーフの路木怜司が「皆、不安なんでしょう」と指に挟んだボールペンを回す。

 那智は苦い表情で頭を掻き、「最後に」と声を発した。

「乙黒が『キルクルス』の拠点にしそうな場所に、心当たりはないか?」

「ありません」

「……僕も、ありません」

 鷹村と雨瀬がそれぞれに返答する。

 那智は「わかった。ありがとう」と礼を言うと、手元の書類を整理した。

 ほどなくして、雨瀬と鷹村は多目的室を退室し、その後、全国の支部の上役を集めた緊急会議は散会となった。




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