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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:10
72/224

08・目標と憧れ

 東京都あま区。

 有限会社『健康フード・エム』の敷地内に建つ倉庫で、インクルシオ東京本部の南班に所属する薮内士郎は大きく目を見開いた。

 反人間組織『フロル』の拠点への突入作戦の最中さなか、黒のツナギ服を纏った突入チームの眼前に現れたのは、インクルシオのキルリスト個人2位に載る獅戸安悟だった。

 予期せぬ人物の姿に、倉庫内にいた対策官たちが思わず動きを止める。

 カーキ色のハーフパンツを履いた獅戸は、尖った犬歯を見せて苦笑した。

「おいおい。ぼーっとしてていいのか? お仲間が死ぬぜ?」

 そう言うと、獅戸は地面を蹴って移動し、倉庫の奥でフォークリフトの下敷きになっている城野高之の前に立った。

 ハーフパンツのポケットから折畳みナイフを取り出し、「もーらい」と振り上げる。

「……し、城野っ!!!!」

 不意を突かれた薮内が振り返って叫んだ時、その脇を素早く走り抜けた二つの影が、獅戸の頭部を左右から挟むようにブレードで斬り付けた。

「──おっと! 危ねぇ!」

 獅戸は空を鋭く滑った一撃を上体をひねってかわし、すぐさま後ろに飛び退く。

 白いほこりがゆらゆらと舞う倉庫で、フォークリフトの下敷きとなった城野を背にして立ちはだかったのは、「童子班」の塩田渉と最上七葉だった。

「……塩田っ! 最上っ!」

「薮内さん! 早く、城野さんの救助を!」

「なんで、ここに獅戸安悟がいるんだ!? ……ああ、クソっ! 考えてる余裕はねぇ! とにかく、全力で戦うぞ!」

 薮内が声をあげ、高校生の新人対策官二人がブレードを構え直す。

 獅戸は塩田と最上を見ると、愉快そうに口角を上げた。

「へぇ。お前ら、なかなかやるな。さっきのはスピードの乗ったいい攻撃だった。だけど、やっぱり、戦闘のキレとセンスはうちの若い奴らの方が上かな。……まぁ、若いと言っても、リーダーは全然ダメだけどよ」

「……!?」

 獅戸の言葉に、塩田と最上がいぶかしげな表情を浮かべる。

 獅戸は「こっちの話だ」と笑って、倉庫の扉の向こうに目をやった。

「チッ。もう行かなきゃ。もっと暴れたかったが、残念だ」


 蛍光灯の光が二つのしかばねを照らす『健康フード・エム』の社長室で、南班に所属する特別対策官の童子将也は、右脚のホルダーからサバイバルナイフを抜いた。

 童子の視線の先には、窓際のデスクの前に立つ鳴神冬真がいる。

 ナイフを手にした鳴神は、静かな眼差しで言った。

「さぁ。やろうか。この部屋は、戦うには少し狭いけど……」

 鳴神が言い終わる前に、童子はソファセットのテーブルを蹴り上げた。

「!」

 鳴神が一歩足を引くと、宙に浮いたテーブルの影から、高く跳躍した童子が現れる。

 童子は落下の勢いと共に、黒の刃を渾身の力で振り下ろした。

 鳴神は即座にナイフを逆手さかてに持ち替え、童子のサバイバルナイフを受け止める。

 そのまま床に倒れ込んだ二人は、互いにもつれ合って刃を交差させた。

「……迷いなく頚動脈を狙ってきたね。それに、攻撃が速くて重い。さすがだな」

「……黙れや。くだらんお喋りはいらへんねん」

 仰向けの状態の鳴神と、馬乗りになった童子の刃が、夜の静寂に包まれた空間にギリギリと音を鳴らす。

 鳴神は手に力を込めてれ合うナイフを横に倒すと、間髪入れずに童子の脇腹に蹴りを入れた。

 その動作を予測していた童子が、左腕を下げてガードし、衝撃を緩める。

 しかし、童子の体勢がわずかに崩れた隙に、鳴神は右肘を繰り出して顎を強打した。

「……くっ……!」

 童子は咄嗟とっさに床に手をついて、鳴神から離れる。

 肘打ちの威力で唇の端が切れ、そこに血が滲んだ。

 鳴神は涼やかな双眸を感心したように開いた。

「今のはけきれないと思ったが……。当たる瞬間に顔を反らしたか。唇を少し掠っただけとは、大した反射神経だ」

 そう言って、鳴神は息一つ乱さずに立ち上がり、腰を折って床に手を伸ばした。

 長くしなやかな指が、モスグリーンの絨毯の上に転がった小さな物体を掴む。

(……なんや、あれは? アンプルか?)

 鳴神が拾い上げたガラス製の容器に、童子が目をやった。

 鳴神はそれをシャツの胸ポケットにしまうと、ブラインドの下りた窓に向いて言った。

「そろそろ、声が掛かる頃合いかな。短い時間だったけど、楽しかったよ」


 『健康フード・エム』のビルを出た雨瀬眞白と鷹村哲は、建物の裏手にある倉庫に向かう途中で、驚愕に目をみはった。

 薄暗いビルの角からのそりと出てきた乙黒阿鼻の姿に、二人の背筋がにわか戦慄わななく。

 黒の半袖パーカーにジーンズ姿の乙黒は、無造作に伸びた前髪を夜風に揺らして微笑んだ。

「眞白。哲。3人で会うのは、久しぶりだね」

「阿鼻……! どうして、ここに……!」

「阿鼻! てめぇ、よくものこのこと俺たちの前に……!」

 雨瀬が掠れた声を出し、鷹村が黒革製の鞘からブレードを引き抜く。

 乙黒は両手を胸の高さに上げて、「わ。ちょっと待ってよ」と後ずさった。

「と、とりあえず、僕の話を聞いてよ。僕は、反人間組織『キルクルス』のリーダーとして、二人に目標を伝えに来たんだ」

「目標……!?」

 乙黒の言葉に、鷹村がぴくりと反応する。 

 雨瀬と鷹村から3メートルほど離れた場所に立った乙黒は、青白い容貌に仄暗ほのぐらい笑みを浮かべて、「うん」とうなずいた。

「あのね。僕ら『キルクルス』は、反人間組織の中で一番強い組織になるよ。それで、インクルシオのキルリストの最上位に載る」

「……!」

「そうしたら、眞白と哲は、ずっと僕のことを追い掛けてくれるだろう?」

 乙黒が目を細めて首を傾げ、鷹村の口元がわなわなと震える。

「ふ……ざけたことを言ってんじゃねぇ!!! てめぇは、今すぐに殺す!!!」

「……阿鼻。決して、君の思い通りにはさせない」

 鷹村が激昂して突進し、雨瀬が低く呟いて走り出した──その時。

 乙黒は息を吸い込み、頭上に向いて叫んだ。

「──鳴神さん!!!!!」

 すると、『健康フード・エム』のビルの4階の窓ガラスが割れ、そこから一つの影が飛び出した。

 雨瀬と鷹村は驚いて足を止め、宙を仰ぎ見る。

 乙黒は色白の細い両腕を広げると、背中から勢いよく落ちてきた人物──鳴神を、グラウカの超パワーで受け止めた。

「ナイスキャッチ。旧友とは、ゆっくり話せたかい?」

「うん。伝えたいことは、伝えられたよ」

 乙黒が鳴神を地面に下ろし、それと同時に、会社の敷地を囲む高さ1.5メートルほどの鉄柵の反対側に黒のバンが停止する。

「乙黒! 鳴神! 早く乗れ!」 

「うん! 今行くよ!」

 バンのウィンドウから顔を出した獅戸が怒鳴り、乙黒と鳴神は鉄柵に向かって駆け出した。

「……させるか……!!!」

 雨瀬と鷹村がその後を追いかけようとした時、4階の窓に体を乗り出した童子が、「お前ら! 追うな!」と大声で制止した。 

「……それが賢明だ。無駄な怪我をする必要はない」

 鳴神は走りながら、手中のナイフをスラックスのベルトに差し込む。

 鈍色にびいろの鉄柵を越えた『キルクルス』の二人は、エンジンを吹かしたバンに乗り込み、あっという間に暗闇の先に消えていった。

「──…………」

 雨瀬と鷹村は、呆然とした表情で立ち尽くす。

 童子は壊れたブラインドが垂れ下がる窓枠に片手を掛け、夜陰やいんが広がる街の景色を見やった。

 ふと、インクルシオのロッカールームで、鳴神の話題が出た時のことを思い出す。

 あの場にいた対策官たちは、一様に明るい笑顔で、鳴神に対する憧憬の念を話していた。

 切れた唇が、かすかに痛む。

「……俺かて……鳴神さんに、憧れとった……」

 童子の口からこぼれた小さな呟きは、蛍光灯の無機質な光が照らす部屋に四散した。


 そして、インクルシオ東京本部の南班による反人間組織『フロル』の突入作戦は、リーダーの桃木田昂明とNo.2の及川修吾を含む、構成員全員の死亡を確認して幕を閉じた。




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