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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:10
71/224

07・対峙

 東京都あま区。

 午後9時を回った時刻。有限会社『健康フード・エム』の4階の社長室で、インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也は動きを止めた。

 童子は驚愕の表情を浮かべたまま、素早く室内に視線を巡らせる。

 おびただしい血にまみれた社長室には、窓の近くに置かれたデスクの下に一人、革張りのソファの下に一人、仰向けの状態で転がっている死体があった。

 童子は右脚のサバイバルナイフのホルダーに指先で触れて訊ねた。

「これは、貴方がやったんですか? ……鳴神さん」

 蛍光灯の白い光が照らす部屋に佇む人物が、ゆっくりと童子を見やる。

 濃紺のシャツに細身の黒のスラックスを履いた人物──鳴神冬真は、手にしたナイフに目を落として答えた。

「そうだ。君たちの仇敵きゅうてきを横取りしてしまって、悪かったね」

「……何の目的で、桃木田と及川を殺したんですか?」

「俺は、『キルクルス』という反人間組織のメンバーの一人でね。リーダーが『フロル』を潰したいと言ったから、それに従ったんだ」

「──!!!」

 鳴神のあっさりとした告白に、童子は大きく目をみはった。

 反人間組織『フロル』の拠点に突如として現れた鳴神は、現在の童子と同様に、インクルシオ東京本部の南班に所属していた元No.1の特別対策官だった。

 鳴神は5年前──20歳でインクルシオを辞職したが、その圧倒的な強さと数々の優秀な戦績は、今でも尚、多くの対策官の憧憬の的となっている。

 ドアの前に立った童子は、部屋の中央にいる鳴神をまっすぐに見据えて言った。

「……7月の初め、インクルシオ横浜支部の摘発チームが、反人間組織『エレミタ』の拠点に向かいました。その時に、『エレミタ』と共に摘発チームを全滅させたんが『キルクルス』です。貴方は、その反人間組織の一員やというんですか?」

「ああ。そうだ」

 鳴神が躊躇ためらいなく即答し、二人の間に短い沈黙が流れる。

 童子は唇を強く噛むと、「敬語はやめや」と吐き捨てた。

「ほんなら、訊くわ。あの時に、横浜支部の特別対策官の大峰泰生おおみねたいせいさんを殺したんは誰や?」

「…………」

「報告書で読んだ遺体の状況からすると、『キルクルス』の仲間のグラウカがやったんか? あんたは元対策官でありながら、反人間組織にくみするだけやなく、横浜支部の摘発チームや大峰さんが殺されるんを、黙って見とったんか?」

「…………」

「答えろや!!!」

 童子の苛立いらだちに満ちた声が、血に染まった部屋に響く。

 鳴神は目を伏せると、薄い唇を開いた。

「あの日、俺たち『キルクルス』のメンバーは、『エレミタ』を潰す為に横浜市瑠璃るり区の拠点におもむいた。そこで横浜支部の摘発チームと偶然にかち合ってしまったのは、彼らにとって不運だったとしか言いようがない」

 童子は鳴神を睨んで、「……嘘をくなや」と低く言う。

「あれを“偶然”で片付けるには、あまりにも出来過ぎや。あんたらは、最初から『エレミタ』と摘発チームの両方を皆殺しにするつもりで動いた。そんで、『エレミタ』の拠点と摘発日時の情報源は、ほぼ間違いなくインクルシオ対策官や」

 童子の言葉に、鳴神は小さく肩をすくめた。

 鳴神の持つナイフの刃が、蛍光灯の無機質な光を反射して鈍く輝く。

「どう考えようと、君の自由だ。だけど、仮にインクルシオに内通者がいるとして、そう簡単には捕まらないだろうね。そういう役割は、有能な者でないと務まらない」

「…………」

 鳴神は黒髪をさらりとなびかせて、「それよりも」と口角を上げた。

「童子。せっかくだから、少し昔話をしよう。君とは、5年前に大阪支部の応援で会って以来だね。一緒に任務にあたったのは短い時間だったけど、君はきっと強い対策官になるだろうと思っていた。その予想通り、君は今ではインクルシオNo.1の特別対策官だ。立派に成長して、先輩として嬉しい限りだよ」

 そう言って、鳴神は穏やかな笑みをたたえ、童子がいぶかしげに眉根を寄せる。

 ──その時。ドォンという轟音が屋外で鳴った。

「!」

 童子は肩を揺らして反応したが、サバイバルナイフのホルダーに触れた指を離すことはなく、また、眼前の鳴神から視線を外すこともなかった。

 鳴神は笑みを深くして言う。

「君はインクルシオの歴史の中でも、類稀たぐいまれなる強さを持つ特別対策官だ。俺は君と敵対し、戦えることを光栄に思うよ」

「余計な御託ごたくはええわ。どないな理由か知らへんが、あんたが反人間組織に属して世の中の平和をおびやかすなら、この手でほふるまでや」

 童子はインクルシオの刻印の入った黒の刃をするりと抜き、鳴神はナイフを軽く振って付着した血を払った。

 夜の静寂に包まれた空間で、元No.1と現No.1の特別対策官が対峙する。

 鳴神は涼やかな双眸を細めると、いつくしむような声でささやいた。

「童子。君は強い。だけど残念だ。……君は何も守れない」


 ──10分前。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する薮内士郎は、突入チームの対策官を従えて、『健康フード・エム』の倉庫に足を踏み入れた。

 外壁をピンク色に塗られた倉庫は会社敷地内に2棟あり、東側の倉庫の扉を開けた薮内は、目の前に広がる光景に震撼した。

「こ、これは……!!!」

 健康食品の入った段ボールや資材等が積まれた倉庫内には、『フロル』の構成員10人が倒れている。

 床には大きな血溜まりが出来ており、全員がすでに事切れているとわかった。

 すると、対策官の一人が、「薮内さん!」と外から倉庫内に飛び込んできた。

「西側の倉庫ですが、『フロル』の構成員8人の死体を発見しました!」

「……こっちもだ! おそらく、構成員たちは何者かに殺害されたと思われる! すぐに、倉庫の内部と外部を調べろ!」

「はい!」

 作戦指揮をる薮内の指示に、突入チームの対策官が一斉に動き出す。

 それと同時に、ドォンという衝撃音が鳴り、対策官たちの足元が振動した。

「──な、なんだ!? 今の音は!?」

 薮内が左右に目をやると、宙に舞い上がったほこりの向こうに、床に横転した資材運搬用のフォークリフトが見えた。

 エンジンの入っていない鉄塊の下に、突入チームの一員である城野高之が倒れている。

 下半身が下敷きとなった城野は、苦悶の表情でうめき声をあげた。

「……し、城野っ!!! 大丈夫かっ!!!」 

「ありゃりゃ。頭を狙って投げたんだが、外しちまったか。コントロール悪いな、俺」

「──っ!!!」

 不意に聞こえた呑気のんきな声に、薮内が弾かれたように振り返る。

 倉庫の開け放した扉には、黒のタンクトップにハーフパンツ姿の人物──インクルシオのキルリストの個人2位に載る、獅戸安悟が立っていた。


「……ん?」

 しんと静まり返った『健康フード・エム』の自社ビルの2階で、塩田渉はぴたりと足を止めた。

 2階にある事務室、会議室、給湯室、トイレと順に見回っている最中に、大きな音が聞こえた。

「……音は、倉庫の方からだわ。何かあったのかも」

 窓の外に顔を向けた最上七葉が、硬い声音で言う。

 塩田は腰に提げたブレードに手を掛けて返した。

「うん。気になる音だった。童子さんに連絡をしたいけど、4階で交戦中のはずだ。まずは、俺らで様子を見に行こう」

「ええ。そうしましょう」

 塩田と最上は目を見合わせると、ひと気のない通路を走り出した。 


「眞白! 急ぐぞ!」

「うん!」

 『健康フード・エム』の自社ビルの3階を調べていた鷹村哲と雨瀬眞白は、ワークブーツの足音を響かせて非常階段を駆け下りた。

 つい先ほど、外から聞こえた地鳴りのような音に、二人の気がく。

 1階に辿り着いた鷹村と雨瀬は、侵入する際に壊した店舗の窓から外に出た。

 赤レンガの外壁に覆われたビルの裏手に回れば、並び建つ2棟の倉庫が見える。

 その短い道のりの途中で、突然、鷹村が立ち止まった。

 後ろを走っていた雨瀬が視線を上げる。

「──!!!」

 次の瞬間、雨瀬は目を見開いて戦慄した。

 薄暗いビルの角から紐の緩んだスニーカーが現れ、ゆったりと砂利を踏む。

「……やぁ。二人共。久しぶりだね」

 そう言って、嬉しそうに微笑んだのは、雨瀬と鷹村の幼馴染である乙黒阿鼻だった。




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