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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:10
70/224

06・No.1の邂逅

 午後8時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の2階の小会議室に、南班に所属するベテラン対策官の薮内士郎が入室した。

 コの字型に長机が配置された室内には、反人間組織『フロル』の突入チームとして招集された15人の対策官がいる。

 薮内は手にした書類封筒から四つ折りの紙を取り出し、机上に広げて言った。

「これが、有限会社『健康フード・エム』の見取り図だ。会社の敷地内には、4階建ての自社ビルと2棟の倉庫がある。住宅街の真ん中に建っているわりには、けっこう土地が広いな。先ほど入った内偵班からの報告によると、『フロル』のリーダーの桃木田は、自社ビルの4階の社長室にいる。No.2の及川も一緒のようだ。あとは、17、8人の構成員らしき人影が、倉庫に出入りする様子が確認されている」

 薮内は顔を上げると、目の前に立つ城野高之を見やった。

 まぶたを赤く腫らした城野に、低い声音で訊く。

「……城野。お前が、4階に行くか?」

 薮内の言葉に、城野は「いいえ」ときっぱりと首を振った。

「……殉職した服部の為にも、桃木田と及川は必ず倒さなければなりません。それを確実に遂行できるのは、俺じゃない。……童子。お前に頼んでいいか?」

 城野が顔を向け、両腿に2本のサバイバルナイフを装備した特別対策官の童子将也が、「はい」と返事をする。

 城野は長めの前髪を垂らして、「ありがとう」と小さく礼を言った。

 薮内が童子に目をやる。

「童子。突入に関して、何か意見はあるか?」

「そうですね。大人数やとかえって動きづらいので、自社ビルの方は俺と新人4人だけで行きます。薮内さんたちは、内偵班と合流して2棟の倉庫の構成員を押さえて下さい」

 薮内が「わかった」と了承し、見取り図を囲んだ対策官たちがうなずく。

 童子の隣に立つ鷹村哲、雨瀬眞白、塩田渉、最上七葉は、それぞれに表情を引き締めた。

 突入の現場指揮を担う薮内が、「よし」と言って姿勢を正し、大きく息を吸い込んで声をあげる。

「──これは、服部の弔いだ!!!! 俺たちの手で、反人間組織『フロル』を壊滅するぞ!!!!」

「おお!!!!」

 黒のツナギ服を纏った対策官たちの決意に満ちた声が、会議室に響き渡る。

 『フロル』の拠点の突入は、あと一時間後に迫っていた。

 

 午後8時半。東京都あま区。

 有限会社『健康フード・エム』の自社ビルの4階にある社長室で、『フロル』のリーダーの桃木田昂明は、ニタリと口角を上げた。

 桃木田が持ったスマホに表示されたニュースサイトでは、あま区の商店街“ハッピーロード”で起こったインクルシオ対策官の死亡事件が報道されている。

 桃木田はスマホをデスクに置くと、満足げに息を吐いた。

「これで、少しは“Aエー”の殺人を邪魔された溜飲が下がったな。欲を言えば、あの対策官が商店街の通行人を何人か殺していれば、もっとよかったがな」

「ええ。そこまでやってくれれば、傑作でした。でも、今回の件は、インクルシオ側にかなりのダメージを与えましたよ。報復としては、それで上出来です」

 革張りのソファに腰掛けた及川修吾が言い、缶コーヒーのプルトップを開ける。

 すると、社長室のドアが静かにノックされた。

「……ん? うちの奴ですかね?」

 コーヒーに口をつけた及川が振り返る。

 木製のドアが乾いた音を立てて開き、そこに3人の人物が現れた。

「──!? 誰だ、お前らは!?」

「こんばんは。ちょっと、お邪魔しますね」

 そう言って、青白い容貌にくらい笑みを浮かべたのは、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻だった。

 乙黒の後ろには、二人の青年が立っている。 

 及川は目を見開き、跳ねるようにソファから立ち上がった。

「お、お前は……! 数年前までインクルシオにいた、特別対策官の鳴神冬真か!? それに、そっちは……重犯罪者の獅戸安悟!? な、なんで、お前らがここに……!?」

 及川が額に汗を滲ませて問い、ハーフパンツのポケットに両手を入れた獅戸安悟が、「あんたらに、重犯罪者とか言われたくねーぜ」と笑う。

 桃木田は乙黒をにらみ付けて訊いた。

「……おい、若造。お前は何者だ? この会社に何の用だ?」

「僕は、『キルクルス』という反人間組織のリーダーをしている、乙黒阿鼻です。ここは、『フロル』の拠点で合ってますよね? 端的に言うと、貴方たちを潰しに来ました」

 乙黒の不穏な発言に、桃木田と及川が驚愕する。

「な、何故、ここが『フロル』の拠点だとわかった!?」

「それはヒミツだけど、この拠点は、とっくにインクルシオにもバレてるよ」

 乙黒は軽い調子で言うと、スニーカーを履いた足を踏み出した。

 桃木田と及川は、素早く手を背後に回す。

 腰を落として身構えた二人に、乙黒は薄く微笑んで言った。

「武器を隠し持っているの? 無駄なことはやめた方がいいよ。僕は雑魚だけど、この二人はめちゃくちゃ強いから」

「──な、なんで『フロル』を狙う!? 俺らを潰して何になる!? そっちも同じ反人間組織じゃねぇのか!!」

 桃木田が顔を引きらせて叫び、それまで黙っていた鳴神冬真がゆっくりと口を開いた。

「……君たちを潰すのは、リーダーの意向以外に理由はない。だが、個人的には、『アンゲルス』入りのクスリを飲んで凶暴化し、やがて死にゆく人間の姿を面白がって見ていた君たちに、同情する気は起こらない」

「そ、そんなの、お前には関係ないだろうが!!!」

「………………」

 不意に、部屋の中がしんと静まり返った。

 鳴神は鋭い視線で桃木田と及川を見据えると、低く通る声で言った。

「全く関係がないとは言えないかな。何故なら、俺は、おそらく人間で唯一の『アンゲルス』適合者だから」


 同刻。東京都月白げっぱく区。

 厚生省所管のグラウカ研究機関『アルカ』は、インクルシオ東京本部から北西に2キロほど離れた場所に建っている。

 『アルカ』の研究員である遊ノ木秀臣は、書類が山積したデスクで一息ついた。

 オフィスチェアに背をもたせ、マグカップに淹れたコーヒーを啜る。

 その時、デスクに置いたスマホの着信音が鳴り、茅入姫己からのメッセージが表示された。

『遊ノ木さん。こんばんはー。さっき見たニュースで言ってたけど、『アンゲルス』って人間の致死率が100パーセントなの? じゃあ、鳴神さんは?』

『こんばんは。茅入さん。そうだよ。これまでに世に出ている事例では、100パーセントだ。鳴神は例外だけど、その事実は公には知られていないからね』

『鳴神さんは特別なんだね〜。カッコよくて強いのに、すごい〜』

『うん。鳴神はすごいよ。人間でありながら、『アンゲルス』を体内に取り入れることができて、その上、グラウカ特有の能力である超パワーを発現できる。彼は、本当に奇跡的な存在だと言えるよ』

『きゃー! カッコいいー!』

『茅入は、鳴神さんをカッコいいって言いたいだけじゃないのか?』

 遊ノ木と茅入のメッセージのやりとりに、半井蛍のコメントが割って入った。

 茅入が『蛍君! ひどい〜!』と返し、遊ノ木がくすりと笑う。

 人もまばらな研究室で、遊ノ木は窓の外にちらりと目をやって、スマホの画面をタップした。

『……今頃、乙黒君たちは『フロル』の拠点だね。頑張ってるかな』

『私も、鳴神さんと一緒に行きたかった〜』

『もうすぐ、インクルシオの突入だ。俺たちは顔がバレたらまずい』

 半井の返信に、茅入が『そうだけどぉ〜』と残念がる。

 遊ノ木はコーヒーの残りを飲み干して、穏やかな眼差しでメッセージを打ち込んだ。

『俺たちは、いい子でお留守番だ。3人からの結果報告を、楽しみに待っていよう』


 午後9時。東京都あま区。

 インクルシオ東京本部の南班による突入作戦が開始された。

 「童子班」の5人は、『健康フード・エム』の自社ビルの1階にある店舗の窓を割り、するりと内部に侵入する。

 ひっそりと静まった通路を走りながら、童子が指示を出した。

「事前の打ち合わせ通り、塩田、最上は2階。鷹村、雨瀬は3階をチェックしろ。俺は、4階の社長室に行く」

 高校生の新人対策官たちは、まっすぐに前を見て「はい!」と返事をした。 

 通路の先にある非常階段の扉を開け、薄暗い階段を駆け上がる。

 高校生たちが各階で離れ、童子は単身で最上階に辿り着いた。

(……内偵班の話やと、桃木田と及川を含めて『フロル』の構成員のほぼ全員がここにおるはずや。せやけど、それにしては会社の敷地内が静かすぎる)

 非常階段から4階の通路に出た童子は、社長室に足を進めた。

 木製のドアに手を掛け、一気に開く。

 ──次の瞬間。童子は大きく目をみはった。

 

 血の飛び散った社長室には、かつて見知った“最強”の人物──インクルシオ元No.1の特別対策官の鳴神が佇んでいた。




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