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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:01
7/225

07・収束とこれから

 午後1時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の最上階の会議室で幹部会議が開かれた。

 反人間組織『アダマス』の壊滅の報告を終えた南班チーフの大貫武士が着席する。

「これで、奴らに命を奪われた数多くの人間と対策官が浮かばれる」

 東班チーフの望月剛志が感慨深くため息を吐いた。

 北班チーフの芥澤丈一がやれやれといった顔で言う。

「クソ共が一掃されて、やっとスッキリしたぜ」

「しかし、童子はさすがですね。『アダマス』の二人を相手にこれとは……」

 資料にプリントされた現場写真を見て、中央班チーフの津之江学が感心した。

 ブルーのワイシャツを着た本部長の那智明が訊く。

「大貫。雨瀬は大丈夫なのか?」

「はい。失血で一時的に意識を失いかけたらしいですが、現在は回復しています」

 大貫が答え、那智は「そうか」と安堵の表情を浮かべた。

「……それにしても、雨瀬に情報を与えた『乙黒阿鼻』という人物が気になりますね」

 西班チーフの路木怜司が指に挟んだボールペンを回して言った。

 望月が「『キルクルス』なんて組織名は聞いたことがないよなぁ」と反応する。

 大貫が手を上げた。

「乙黒阿鼻という少年についてですが、うちの雨瀬と鷹村と同じ不言いわぬ区の児童養護施設「むささび園」の出身です。乙黒は3年前に施設から忽然こつぜんと姿を消し、警察に捜索願が出されましたが、足取りは掴めなかったようです。現在の住居等は不明。犯罪歴もありません」

「つまり、このクソガキについては何もわからねぇってことだな」

 大貫の説明に、芥澤が顔をしかめて言う。

 大貫は「今のところはな」と返した。

「……あの。乙黒の“この話”は、たまたまなんでしょうかね」

 雨瀬眞白が提出した報告書を手にした津之江が、乙黒阿鼻との会話が記載された一部分を指差す。

 那智は横を向くと、「阿諏訪総長」と促した。

 インクルシオ総長の阿諏訪征一郎が、「うむ」と返事をして視線を上げる。

 芥澤以外のチーフたちが姿勢を正した。

 阿諏訪は両手の指を組み、おもむろに口を開いた。

「まずは、我々のキルリストに載る反人間組織『アダマス』の壊滅に貢献した南班の童子、雨瀬、鷹村、塩田、最上にインクルシオ総長として礼を言う。大貫、彼らにそう伝えておいてくれ」

 阿諏訪の言葉に、大貫が「はい」とうなずく。

「次に、乙黒という少年が雨瀬と交わした会話の内容についてだが、現段階では何とも言えまい。乙黒は“わざと”この話を出したのか。あるいはただの世間話の範疇か。……いずれにせよ、乙黒はわざわざ対策官である雨瀬に接触してこの話を持ち出した。反人間組織を作ったなどとうそぶいた乙黒の今後の動向は、“この点”を含めて注視するべきだろう」

 そう言って、阿諏訪は報告書の一文に目を落とした。

 そこには、『特異体』の文字が書かれていた。


 午後4時半。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する新人対策官の雨瀬と鷹村哲は、寮の3階のエレベーターホールに立っていた。

 二人は黙ったまま、上りのエレベーターが来るのを待つ。

 そこに、東班に所属する藤丸遼と湯本広大が現れた。

 藤丸は雨瀬と鷹村を見るなり「チッ」と大きく舌打ち、エレベーターの下りボタンを乱暴に押す。

 下りのエレベーターはすぐに到着し、藤丸は中に乗り込んで吐き捨てた。

「お前ら。『アダマス』を壊滅したからって、いい気になるなよ」

「なってねーよ」

 鷹村が落ち着いた態度で言い返す。

 藤丸は「フン!」と荒く鼻息を吐くと、操作パネルの『閉』ボタンを連打した。

「……まったく。相変わらずだな、あいつら」

 鷹村は短くため息をつく。

 ほどなくして上りのエレベーターが到着し、二人は寮の最上階に向かった。

 エレベーターを降りて、長い廊下を進み、鉄製の扉を開けて屋上に出る。

 夕暮れ時の屋上は、辺り一面が淡いオレンジ色に染まっていた。

「……ここでいいか」

 フェンスの前まで歩いた鷹村が足を止めた。

 鷹村は後ろについてきた雨瀬に向き直ると、静かに切り出した。

「阿鼻が現れるなんて、驚いたな」

「……うん」

「しかも反人間組織を作ったなんて、笑えねぇ冗談だ」

「………………」

 鷹村の抑揚のない乾いた声音に、雨瀬はうつむく。

 緩やかな癖のついた白髪が揺れて、雨瀬の目元に影を落とした。

 鷹村はカシャンと音を立ててフェンスに背中をもたせた。

「3年前にあいつが「むささび園」から消えた時、俺はようやくあいつと縁が切れたと思ったよ。園の先生やみんなとは違って、内心でよかったと思ってた」

 鷹村は独白のように言葉を紡ぐ。

「……だけど、それは違ってた。あいつとの縁はまだ続いてたんだ」

 フェンス越しに広がる東京の街は、穏やかな夕陽に照らされている。

 雨瀬が視線を上げて鷹村を見ると、鷹村が雨瀬を見返した。

「……眞白。インクルシオを辞めるなら、今のうちだぞ」

「……哲?」

「俺はもう腹はくくってる。だけど、お前は違うかもしれない」

 鷹村の静かな眼差しに、雨瀬は目を見開いた。言葉が口をついて出る。

「僕も、哲と同じだよ。阿鼻が反人間組織を作ったというなら、それで世の中の平和を壊すというなら、僕は阿鼻と戦うよ」

「戦うってことは、殺し合うってことだぞ」

「わかってる」

「グラウカ同士で幼馴染でもある阿鼻と、お前は本当に敵対できるのかよ!?」

 鷹村は突き放すように声音を尖らせて、雨瀬を見据えた。

 向かい合う二人の間に数瞬の沈黙が降りる。

 雨瀬は鷹村から視線を外さずに「……僕は」と声を発した。

「僕は、守りたいものがある。この街で平和に暮らす人々と、インクルシオで出会った先輩や仲間たちと、そして……哲だ」

「──…………」

「だから、僕は大切なものを守る為に、阿鼻や全ての反人間組織と戦う」

 雨瀬の真剣な眼差しに、鷹村は黙った。

 夕暮れの街の喧騒がどこか遠い世界のように耳に届く。

 やがて、鷹村はぽつりと言った。

「……自分で選んだ道だ。後悔はしねぇぞ」

「うん」

 雨瀬はしっかりとうなずいた。

 

「あーっ! ここにいたー!」

 突然、屋上の扉が開いて塩田渉が大きく声をあげた。

 雨瀬と鷹村はビクリと肩を震わせる。

「寮の屋上って出られるのね。知らなかったわ」

 塩田に続いて、ショートヘアの黒髪を耳にかけた最上七葉が現れた。

 塩田はフェンスに勢いよく走り寄ると、雨瀬と鷹村に言った。

「スマホ見ろよお前らー!」

「スマホ? ……あ。ほんとだ」

 鷹村がジーンズの尻ポケットに入れたスマホのメッセージ着信を確認する。

 雨瀬は「気付かなかった」と申し訳なさそうに身を縮こませた。

「へぇ。ここから見たら、東京もなかなかええ街やん」

 少し遅れて、特別対策官の童子将也が鉄製の扉から出てきた。

 鷹村が塩田に小声で訊く。

「どうしたんだよ、塩田? 何かあったのか?」

「どうしたもこうしたもねぇよ! 『アダマス』を壊滅したし、パーっとメシ行くかって話になったんだよ! それなのに、お前らは全然返信してこねーし!」

「……あぁ。そういうことか。悪かったな」

 急に賑やかになった屋上に、鷹村はふと体の力が抜けた気がした。

 それは、隣に立つ雨瀬も同じようだった。

 最上が童子に訊いた。

「童子さんは、何が食べたいですか?」

「せやなぁ。旨いお好み焼きとかええな。こっちに来てから食うてへんわ」

「いいっスねぇー! 俺、店を検索します!」

 塩田がすかさずハーフパンツのポケットからスマホを取り出す。

 先ほどまでとは打って変わった明るく暖かな空気に、鷹村は言った。

「……なんか、腹減ってきたな」

「……僕も」

 雨瀬が両手で腹部をさする。

 二人は顔を見合わせると、小さく笑った。

「よーし!! 行くぞー!!」

 塩田が威勢よく拳を上げる。

 雨瀬と鷹村は、胸の奥に刻んだ揺るぎない決意と共に、足を踏み出した。




<STORY:01 END>

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