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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:10
68/231

04・代償

 午後10時。東京都あま区。

 4階建ての自社ビルを構える有限会社『健康フード・エム』の社長室で、反人間組織『フロル』のリーダーの桃木田昂明は、煙草を乱暴にみ消した。

 革張りのソファに腰掛けた及川修吾が、スマホの通話を切って言う。

「……ダメです。どの売人も、今後は“Aエー”を売らないと言っています。インクルシオに捕まる可能性があるから、手を引きたいと」

「クソッ! どいつもこいつもビビリやがって……!」

 及川の報告に、桃木田は歯軋はぎしりをした。

 及川はテーブルのリモコンを持ち上げて、室内にあるテレビの電源を入れる。

 暗い画面にニュース番組が映し出され、その中でインクルシオ東京本部の本部長である那智明が、“Aエー”について注意喚起をする映像が流れていた。

 桃木田は忌々しげに顔をしかめる。

「“ハッピーロード”の占い師に連絡が取れなかったのは、これが原因だった。インクルシオが占い師を捕まえて、“Aエー”の情報をゲロさせやがったんだ。この記者会見では元締めの反人間組織の組織名は伏せられているが、おそらく、俺たち『フロル』だとわかっているに違いない」

「ええ。そうでしょうね。幸い、売人たちには拠点を明かしていないので、ここがバレる心配はありませんが……」

 及川は言葉を区切ると、リモコンの操作ボタンを押してテレビを切った。

 しんと静まった部屋で、重々しく言う。

「しかし、インクルシオがこんなにも早く“Aエー”の存在を嗅ぎつけるとは誤算でした。売人たちの報告では、今朝までに少なくとも38人に“Aエー”を売ったはずですが、インクルシオの情報公開のせいで新たな犠牲者は出ていません。その売人たちもインクルシオを恐れて離れましたし、これから先、“Aエー”を使って人間共を殺すのはかなり難しくなりました。“Aエー”の製造にかかった諸々の経費を考えると、早すぎる頓挫とんざです」

「──チッ!」

 桃木田は強く舌打ちをして、オフィスチェアから立ち上がった。

 ブラインドを上げた窓に体を向け、夜の街並みを見下ろす。

「見てろよ、インクルシオめ……。この代償は高くつくぞ」

 桃木田はうなるように呟くと、双眸をきつくゆがめた。


 翌日。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、朝食を済ませて黒のツナギ服に着替えた後、エレベーターで駐車場に向かった。

 駐車場は地上と地下の二箇所にあり、地下駐車場にはジープ、大型輸送車、装甲車、オートバイ等がずらりと並んでいる。

 地下1階でエレベーターを降りた塩田渉が、大きく伸びをした。

「あ〜! 地下ってひんやりしてて気持ちいい〜! ずっとここに居たい〜!」

 鷹村哲が「バカか」と容赦なく突っ込み、同じエレベーターに乗っていた南班の薮内士郎、服部大和、城野高之の3人がくすりと笑う。

 広々とした駐車場にワークブーツの足音を響かせながら、薮内が言った。

「昨日の那智本部長の記者会見、ニュースやインターネットの映像を見た人から、インクルシオに多くの問い合わせが入ったらしいな。「違法ドラッグを買ったが、これは“Aエー”ではないか? 服用しても大丈夫か?」とな」

「ははは。そもそも、違法ドラッグは服用したらダメでしょう」 

 大柄な体躯の服部が苦笑し、城野が長めの前髪を指先で払った。

「あの記者会見で、いち早く情報を流した効果はありましたね。今のところ、あま区の女性以外に“Aエー”による死者は出ていないですし」

 薮内が「そうだな」と返し、後ろを歩く高校生の新人対策官たちがうなずく。

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した特別対策官の童子将也が、ジープのエンジンキーを手にして言った。

「“Aエー”の情報公開は、被害の拡大を食い止めることに役立ちました。せやけど、このまま『フロル』が大人しく引き下がるとは思えません。今後の動向には、より一層の注意が必要ですね」

「ああ。その通りだな」

 童子の言葉に、薮内が相槌を打つ。

 鷹村が顎に手を当ててぽつりと呟いた。

「……今の状況は、『フロル』にとっては相当に腹立たしいはずだ。下手したら、インクルシオへの報復もあり得るな」

「こ、怖ぇこと言うなよ。鷹村。そんなこと、あるわけが……」

 塩田が大仰に身震いをし、最上七葉が低く言う。

「いいえ。もっともな話よ。だからこそ、何があってもすぐに対処できるように心構えをしておくべきだわ。いつも以上に、油断せずにいきましょう」

「もし、『フロル』がインクルシオの前に出てきたら、そこから壊滅の糸口が掴めるかもしれない。そう考えれば、チャンスだ」

 雨瀬眞白が白髪を揺らして言い、高校生たちの会話を聞いていた服部が背後に顔を向けた。

「……お前たち、なかなかしっかりしたことを言うなぁ。それに、冷静で肝が据わってる。まだ新人なのに、頼もしいじゃないか」

 服部が感心した表情を浮かべると、薮内が反応して振り返った。

「ああ。わかる。4人共、対策官として成長してきたのかな? 特に、こないだの新人懇親会が終わってから、顔つきや雰囲気が随分と大人びた気がするよ」

「あざーっす! 俺ら、一日も早く『一人前の対策官』になるべく努力してますから! これからもどんどん成長していきますんで、見てて下さい!」

 塩田が元気よく声をあげ、城野が「おー。言うねぇ」と前髪を払って笑う。

 童子は前を向いたまま小さく微笑み、一台のジープの前で立ち止まった。

「ほな、俺らは木賊とくさ区の巡回に行ってきます。薮内さんたちは、あま区の捜査ですよね。俺らも、午後からはそっちに行きます」

「ああ。わかった。じゃあ、また後でな」

 童子の横に並んだ高校生たちが「はい!」と返事をする。

 そして、南班の対策官たちは、それぞれに分かれて黒の車両に乗り込んだ。


 午後4時。

 インクルシオ東京本部の5階にある執務室で、南班チーフの大貫武士は、革張りのソファに座っていた。 

 インクルシオの黒のジャンパーを羽織った大貫は、腕を組んだまま、身じろぎもせずに宙を睨む。

 ──30分前。大貫のスマホに城野から連絡が入った。

 いつになく取り乱した様子の城野は、『捜査中に服部がいなくなりました!』と引きった声で大貫に報告した。 

 この日は、南班の多くの対策官があま区で『フロル』の捜査を行っており、服部と城野は“ハッピーロード”近くの住宅街に聞き込みに向かった。

 その際に大型マンションの1階で二手に分かれ、そのまま服部の姿が消えた。

 城野からの一報を受けた後、大貫はただちに南班の対策官全員に緊急連絡を発信した。

 現在、あま区では、対策官たちが必死で服部の捜索を行なっている。

「──…………」

 低めの温度設定の空調が効いた執務室で、大貫は額にじわりと汗を滲ませた。

 その時、ドアが勢いよく開き、本部長の那智が飛び込んできた。

「大貫! これを見ろ!」

 血相を変えた那智がソファに駆け寄り、ノートパソコンを差し出す。

「インクルシオのサイトのメールフォームから送られてきた! 何も書かれていないメールに、動画が添付されている!」

「……!!!!」

 那智が開いた動画には、薄暗い部屋で手足を縛られている服部がいた。

 顔に目隠しをされた服部は何かを叫んでいるが、音声はない。

 不意に、画面の隅に二人の人物が映った。

「──桃木田っ!!! 及川っ!!!」

 大貫が思わず腰を上げて怒鳴る。

 『フロル』のリーダーの桃木田は、口角を上げていやらしく笑うと、No.2の及川から一粒の錠剤を受け取った。

 抵抗する服部の顎を押さえ付け、毒々しいピンク色をした錠剤──“Aエー”を無理やりに口内に押し入れる。

「服部ーーーーーっ!!!!!」

 大貫は両目を大きく見開いて絶叫した。

 握り締めた両手の拳が、ぶるぶると震える。

 那智はノートパソコンの画面を睨み、「動画の中に、桃木田の腕時計が映っている。3時45分。この動画は15分前に撮られたものだ」と硬い声で言った。

 すると、執務机の上の電話が鳴った。

 大貫は弾かれたように顔を上げて受話器をひったくると、インクルシオ東京本部の代表電話のオペレーターが、一般市民からの通報を伝えた。


 その内容は、南班の管轄であるあま区の商店街“ハッピーロード”で、インクルシオ対策官がブレードを持って暴れているというものだった。




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