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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:10
67/231

03・“A”と記者会見

 午前8時。東京都あま区。

 閑静な住宅街に建つ『健康フード・エム』は、健康食品を製造販売する有限会社である。

 外壁を赤レンガが覆った自社ビルは4階建てで、1階に店舗、2・3階に事務所、4階に社長室がある。

 革張りのソファセットが置かれた社長室で、『健康フード・エム』の代表の桃木田昂明ももきだこうめいは、スマホを片手に舌打ちをした。

「なんだよ。“ハッピーロード”の占い師が、ずっと電話に出ねぇぞ」

 ソファに腰掛けた社員の及川修吾おいかわしゅうごが顔を上げる。

「そうなんですか。まさか、“Aエー”の売上金を持って逃げたとか……はないか。まだ、売り始めたばかりですしね。大方おおかた、女の所にでも行ってるんじゃないですか?」

「フン。雇われの売人の癖に、定時連絡もできないとは。使えねぇ奴だ」

「後で、俺が連絡しておきますよ。他の売人の方はどうでしたか?」

 及川が読んでいた新聞紙をテーブルに置き、桃木田はワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出した。

「まぁまぁだな。数は多くはないが、着実にばら撒いている。これから、続々と“成果”が出てくるのが楽しみだ」

 そう言って、桃木田はケースから取り出した煙草を口に挟むと、ニタリと双眸をゆがめた。


 同刻。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階の会議室で、南班の捜査会議が開かれた。

 南班チーフの大貫武士が、演台に手をついて口を開く。

「昨夜、あま区にある商店街“ハッピーロード”で、『占いの館』に勤務する男を拘束した。この男は、“Aエー”と呼ばれる『アンゲルス』入りのクスリを売っており、一昨日に起きた女性の急死事件に関与していることがわかった。男の供述では、売人は他にもいるらしいが、横の繋がりはなく詳細は不明。そして、“Aエー”の元締めは、反人間組織『フロル』ということだ」

 大貫の話を聞きながら、会議室に集まった対策官たちが資料に目を落とす。

 黒のツナギ服を纏った「童子班」の5人は、前から2列目の長机に座っていた。

 大貫は説明を続けた。

「反人間組織『フロル』のリーダーは、桃木田昂明。組織のNo.2に及川修吾がいる。桃木田は31歳、及川は27歳のグラウカだ。『フロル』の構成員は18人前後で、拠点はわかっていない。昨夜に拘束した男を使って『フロル』を捜査する手もあるが、状況が切迫している為に、これは断念せざるを得ない」

 大貫の言葉に、塩田渉が「え? なんで?」と声を漏らす。

 塩田の隣に座る特別対策官の童子将也が、小声で答えた。

「『占いの館』の男の供述で、他にも売人がおることがわかった。つまり、今もどこかで“Aエー”は売られとるんや。せやから、インクルシオとしては第二、第三の被害を防ぐ為に、この“Aエー”の情報をすぐに世間に出さなならん。“Aエー”の情報が表に出てしもたら、『フロル』側は売人が捕まったと知って、一切の接触を断つやろうけどな」

「……あ。そっか」

 塩田が合点のいった顔をし、鷹村哲が険しい表情で腕を組む。

 最上七葉が「この状況なら、仕方がないわ」と低く呟き、雨瀬眞白が「うん」とうなずいた。

 大貫は目の前にいる50人近い対策官を見渡して言った。

「この後、那智本部長が“Aエー”について緊急の記者会見を開く。クスリの情報が大々的に報道されれば、被害者の増加は食い止められるかもしれない。だが、我々の任務は、“Aエー”の元締めである『フロル』の壊滅だ。一刻も早く奴らを見つけ出せるよう、捜査に尽力してくれ」

「──はい!」

 広々とした会議室に、対策官たちの声が響く。

 ほどなくして、南班の捜査会議は散会となった。


「おーい! お前たちー!」

 会議室から通路に出た「童子班」の面々は、背中にかかった声に振り向いた。

 南班に所属するベテラン対策官の薮内士郎やぶうちしろうが、足を止めた5人の側に走り寄る。

 薮内の後ろには、同じく南班の服部大和はっとりやまとと、城野高之しろのたかゆきの姿があった。

 服部と城野は共に27歳の同期で、今年で配属7年目となる対策官である。

 また、二人の新人時代は、薮内が指導担当についていた。

 「童子班」の高校生たちを前にした薮内は、満面の笑顔で言った。

「聞いたぞ! クスリの売人を拘束したのは、最上だってな! よくやった!」

「は、はい。ありがとうございます」

 薮内に大声で褒められた最上が、戸惑いながら礼を言う。

 身長188センチ、体重99キロの大柄な体躯の服部が、穏やかに微笑んだ。

「“Aエー”の元締めの反人間組織が判明したのは、本当に大きいよ。お手柄だな、最上」

「いや〜。4月に配属されてからこっち、「童子班」の新人たちはよく活躍してるよな。まだ高校生なのに、大したもんだよ」

 やや小柄で細身の城野が、長めの前髪を人差し指で払う。

 薮内が「本当だな。お前たちの新人の頃より、ずっと優秀だよ」といたずらっぽく言い、服部と城野が「ひどいッスよ、薮内さん〜!」と声を揃えて抗議した。

 高校生の新人対策官たちが笑みを浮かべ、かたわらに立った童子が言う。

「占い師の男の拘束は、“ハッピーロード”の情報をくれた影下さんのおかげです。せやけど、最上もよう頑張ってくれました。後は、大貫チーフの言うてた通り、『フロル』の壊滅を急がなあかんですね」

「ああ。そうだな。捜査は一歩進んだが、逆に言えばまだそれだけだ。引き続き、気を抜かずにやっていこう」

 薮内が返し、服部と城野がうなずく。

 南班の対策官たちは表情を引き締めて、朝の光が差し込む通路を歩き出した。


 午前8時半。

 インクルシオ東京本部の1階にある大会議室で、グレーのスーツに身を包んだ本部長の那智明は、緊急の記者会見にのぞんだ。

 室内には多くのマスコミが集まり、数台のカメラが那智の姿を映し出す。

 那智は精悍な顔をまっすぐに前に向け、低く通った声で言った。

「報道各社の皆様。本日は早朝にお集まり頂き、誠にありがとうございます。早速ですが、一昨日にあま区で起きた女性の急死事件は、“Aエー”というクスリが原因であることが判明しました。“Aエー”には、グラウカ特有のホルモンである『アンゲルス』が混入されています。“Aエー”は、クスリの売人により違法ドラッグと偽って売られており、その元締めは反人間組織です。現在、インクルシオでは早急に捜査を進めていますが、もし、“Aエー”を買われた方がいれば、命を落とす危険性がありますので服用をしないで下さい。“Aエー”は濃いピンク色をした楕円形の錠剤です。繰り返しますが、心当たりのある方は、絶対に服用をしないで下さい」

 “Aエー”についての情報を言い終わると、那智は浅く息をついた。

 それと同時に、カメラのフラッシュが忙しなくたかれる。

 やがて、インクルシオが公表した“Aエー”のニュースは、テレビやインターネットを通じて、またたく間に世間に広がった。


 午後6時。東京都不言いわぬ区。

 閉鎖済みの児童養護施設「むささび園」の地下にある物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻おとぐろあびは、手にしたスマホを眺めた。

 乙黒の前には、テーブル代わりの木箱に置いた流しそうめん器を囲む、『キルクルス』のメンバーの5人がいる。

 黒のタンクトップにダメージジーンズを履いた獅戸安悟しどあんごが、麺つゆのボトルをかかげて言った。

「乙黒ー! 何、スマホ見てんだよ! 流しそうめんをやりたいって言ったのは、お前だろ! 早くこっち来い!」

 ワイシャツの袖をまくった遊ノ木(ゆのき)秀臣ひでおみが人数分の割り箸を配り、つやのあるロングヘアを一つに結んだ茅入姫己かやいりひめきが「流しそうめん器って、プールのウォータースライダーみたいだね」とうきうきと眺める。

 半井蛍なからいけいは、ペットボトルの麦茶を6つの紙コップに注いだ。

 乙黒はスマホの裏面に貼ったプリントシールを愛おしげにでて、腰掛けていた冷蔵庫から降りた。

「でもさー。ここじゃあ、ガスが通ってなくてそうめんを茹でられないから、結局、スーパーで買ってきた『茹でうどん』で代用でしょ。何だか、きょうがれるよ」

贅沢ぜいたく言うな。食えりゃあ、何だっていいんだよ。ほら、そこに座れ」

 獅戸がレジャーシートを敷いた床を指差し、乙黒が胡座あぐらをかいて座る。

 おろし生姜のチューブを持った遊ノ木が訊いた。

「乙黒君。ずっとスマホを見ていたね。何か面白い情報でもあった?」

「うん。インクルシオの本部長さんの動画」

 乙黒の返答に、獅戸が「あー。あれか」と反応した。

「どっかの反人間組織が、『アンゲルス』入りのクスリで殺人事件を起こしたんだっけ? なんか、やり方がセコイ気がするけど、人間にとっては『アンゲルス』は猛毒だからな」

 そう言って、獅戸は流しそうめん器にうどんを入れる。

 乙黒は向かいに座る紺色のシャツを着た人物──鳴神冬真なるかみとうまに目をやった。

「……やっぱり、ちょっと気になる? 鳴神さん?」

 色白の肌をした涼しげな容貌が、ゆっくりと乙黒に向く。

「……そうだね」

 鳴神はそう答えると、静かに微笑んだ。




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