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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:10
66/224

02・占いの館

 午後5時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階のエントランスで、南班に所属する「童子班」の面々は、背後から掛けられた声に足を止めた。

 空五倍子うつぶし区の巡回から戻ったばかりの5人に大きく手を振ったのは、北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおきと、同じく北班の市来匡いちきたすくだった。

「みんな、お疲れ! 今日も暑かったな!」

「時任さん! 市来さん! お疲れ様です!」

 笑顔で歩み寄った二人に、高校生の新人対策官たちが元気よく挨拶を返す。

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した特別対策官の童子将也が、「二人共、お疲れさん」と体を向けた。

 市来が黒のツナギ服のポケットからハンカチを出して息をついた。

「それにしても、毎日暑いね〜。こう暑いと、さすがにバテるよね」

「ホント、死ぬほど暑いッスよねー! 俺らは、さっきアイスを食べてやっと生き返って……」

「バカ。黙りなさい」

 満面の笑みで言った塩田渉の肘を、最上七葉がきつくつねり上げる。

 塩田が「イデデデ……!」と悶絶すると、どこからか「みんなぁ〜。お疲れぇ〜」と間延びした声が聞こえた。

「影下さん。お疲れ様です」

 童子がエントランスの入り口を見やって言う。

 そこには、中央班に所属する特別対策官の影下一平の姿があった。

 チェック柄の半袖シャツにカーキ色のチノパンを履いた影下は、童子の側に近付くと、声をひそめて言った。

「童子ぃ〜。昨日のあま区の事件だけどさぁ。亡くなった女性は、クスリを服用した可能性があるんだよねぇ? 念の為、“ハッピーロード”っていう商店街を捜査してみてよぉ」

「え? どうしてですか? 何か掴んだんスか?」

 童子の隣にいた時任が、ぴくりと反応して訊く。

 インクルシオの職員や外部の来客が行き交うエントランスの一角で、8人の対策官は輪になって上体をかがめた。

 影下が囁くように言う。

「今日、バイト先の女の子から聞いたんだよぉ。妙なクスリを売ってる奴が、あま区の“ハッピーロード”にいるってぇ」

「クスリの売人ですか。そいつの詳しい人相は……」

 鷹村哲が低い声で質問すると、影下は頰を指で掻いて答えた。

「残念だけどぉ。帽子を被ってサングラスをしていたらしくて、人相はよくわからないってぇ。ごめんねぇ」

 最上が「でも、有益な情報だわ」と呟き、雨瀬眞白が「うん」とうなずく。

 童子が小声で言った。

「影下さん。貴重な情報をありがとうございます。早速、大貫チーフに話して、俺らで“ハッピーロード”を捜査します」

「うん。もしかしたら、フツーの違法ドラッグの売人かもしれないけどぉ。だけど、事件のタイミングを考えるとあやしいよねぇ。とりあえず、空振り覚悟で行ってみるといいと思うよぉ」

 影下の言葉に、「童子班」の5人が「はい」と返す。

 塩田がふと視線を上げて、デイパックを肩に掛けた影下に訊ねた。

「そういや、影下さんて、バイトが途切れないスよね。今は何を捜査しているんですか?」

「ああ〜。それはねぇ〜。一応、基本的には反人間組織の情報収集をしているんだけどぉ。特に追っているのは、『イマゴ』だねぇ」

 影下が目の下のくまを手でこすって返答する。

 塩田が「へぇー」と言い、鷹村が「『イマゴ』か……」と腕を組んだ。

 すると、8人の背中に鋭い声が掛かった。

「お前たち。そんなところで固まって、何をしている?」

 対策官たちが一斉に振り返ると、西班に所属する特別対策官の真伏隼人まぶせはやとが、冷たい眼差しを向けて立っていた。

 高校生たちが即座に姿勢を正し、影下が「ちょっとぉ〜。立ち話を〜」とへらりと笑う。

 真伏は眉間にしわを寄せて言った。

「任務が終わったなら、速やかにロッカールームに行け。邪魔だ」

「──はい!」

 対策官たちは声を揃えると、そそくさと夕刻のエントランスを後にした。


 午後8時。東京都あま区。

 「童子班」の5人の対策官は、ラフな私服姿で“ハッピーロード”にやってきた。

 二頭の虎がプリントされたシャツにジーンズ姿の童子が言う。

「ほな、クスリの売人に悟られへんように、一般人を装って捜査していくで。若者の集まりやすいゲーセンやカラオケ店は入念にチェックすること。それと、商店街を歩く時はなるべく無防備に見えるようにな。あっちから声を掛けてきたら、もうけモンやで」

「はい!」

 高校生4人がしっかりと返事をし、「童子班」の面々はそれぞれに別れて“ハッピーロード”の捜査を開始した。

「──いらっしゃい。どうぞ、そこに座って」

「はい」

 数分後、最上は商店街の中程にある『占いの館』に入店した。

 アンティーク風の椅子に腰掛けた占い師は、緋色のマントを羽織り、顔の上半分に仮面を付けている。

 テーブルの上には、タロットカードが置かれていた。

(……こういったお店には、若者が多く来るわ。占い師の人は、クスリに関する噂話を聞いているかもしれない。それとなく、話を振って聞き出してみよう)

 最上は思考を巡らすと、遊び慣れている女子高生を演じて、「よろしくお願いしまぁす」と高い声で言った。

「それでは、どのようなことを占いますか?」

「あ。えっとぉ。恋愛運がいいですぅ」

「わかりました。貴方には、好きな方がいらっしゃるんですね?」

「す、好きっていうかぁ。憧れって感じなんですけどぉ」

「貴方みたいな可愛らしい人に好かれたら、どんな相手だって落ちますよ」

「……またまたぁ。占い師さんたら、口が上手いんだからぁ」

 照れて下を向いた最上に、占い師は仮面の奥の双眸を妖しく光らせた。

 テーブルの上に身を乗り出して、耳打ちをするように小さく言う。

「……お嬢さん。いいクスリがあるよ」

「!」

 その言葉に、最上は目をみはった。

 占い師は最上を見つめながら、緋色のマントの裾から右手を差し出す。

 ゆっくりと開いた手のひらには、毒々しいピンク色を放つ一粒の錠剤が乗っていた。

「アッパー系で副作用なしの安全なクスリだよ。通常は3万円のところを、特別に3千円で売ってあげる。君はとても可愛いから、特別だ」

 そう言って、占い師は仮面から露出した口元をニタリとゆがませた。

 最上は呼吸を整えるように一つ息を吐くと、次の瞬間、勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。

 トートバッグの中からサバイバルナイフを取り出し、テーブルをぎ倒して、占い師を体当たりで背後の壁に押し付ける。

「……ぐあっ!!!」

「動かないで!!!」

 占い師がうめくと同時に、最上は大きく叫んだ。

 喉元にあてた黒の刃が、薄い皮膚にぎりぎりと食い込む。

 占い師は頰に汗を滲ませて、「お、お前は……」と掠れた声を出した。

「私はインクルシオ対策官よ! 貴方がグラウカでも人間でも、少しでも動いたらこのナイフで容赦なく攻撃するわ! わかったら、大人しくして!」

 最上は至近距離で占い師に警告すると、片手でショートパンツのポケットからスマホを取り出し、素早く画面をタップした。

 それから20秒もしないうちに、緊急連絡を受けた童子が店内に現れ、続いて鷹村、雨瀬、塩田が駆け込んできた。

 そして、仮面とマントをぎ取られた占い師の男は、5人の対策官にコインパーキングまで連行され、うなだれた様子で黒のジープに乗り込んだ。


 その後、インクルシオ東京本部で行われた取り調べの結果、占い師の男が所持していたクスリには、『アンゲルス』が混入されていることがわかった。

 また、そのクスリは“Aえー”と呼ばれており、元締めは反人間組織『フロル』であると判明した。




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