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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:09
64/231

07・約束

 午前0時。千葉県南房総市。

 波の音がかすかに届く『カリダ南房総』のロビーで、インクルシオ千葉支部に所属する種本広海は、スマホの通話を終了した。

 新人懇親会で海辺の保養所を訪れ、突如として襲来した反人間組織『アラネア』を退しりぞけた対策官たちに報告する。

「みなさん! たった今、千葉支部から連絡が入りました! 茂司の供述通り、千葉市内のマンションで『アラネア』のリーダーを確保しました! また、同じく千葉市内のクラブで、No.2の沼木を確保した模様です!」

「おお! やったな!」

 『アラネア』襲撃の事後処理に駆け付けた千葉支部の対策官が行き交うロビーで、私服姿の対策官たちがいた。

 ようやく緊張の解けた各拠点の新人対策官が、「よし!」「やった!」と顔を見合わせて喜ぶ。

 立川支部に所属する兼田理志が、笑顔で言った。

「上さえ押さえれば、下の構成員は芋づる式に捕まえられる。これで、『アラネア』は事実上の壊滅だな」

 種本が肩を上下して、気が抜けたように息を吐く。

「ええ。まさか、こんな形で千葉最大の勢力を誇る『アラネア』を壊滅に追い込めるとは思っていませんでした。これも、みなさんのおかげです。本当にありがとうございました」

 種本が頭を下げて礼を言い、兼田はサポーターを着けた右手首を上げて笑った。

「俺は、コレのせいで何もできなかった。だけど、いい結果を迎えることができたのは、ここにいる新人たちが必死に戦ってくれたからだ」

 そう言って、兼田が視線を向けると、17人の新人対策官が照れて下を向いた。

「特に、俺の立ち回りがよかったな。光速の斬撃で、敵をバッタバッタと倒してさー」

「また童子さんは、お前の盛った武勇伝を聞かされるのか」

 東京本部に所属する塩田渉が得意げに腕を組み、鷹村哲が苦笑する。

 最上七葉が「一人の怪我人や犠牲者も出なくて、本当によかったわ」と微笑み、雨瀬眞白が「うん」とうなずいた。

 兼田が周囲でせわしく動く黒のツナギ服姿の対策官を見やって言う。

「じゃあ、俺たちも事後処理を手伝うか。何か簡単なことなら出来るだろう」

「──はい!」

 新人対策官たちは元気よく返事をして、深夜のロビーに散らばった。


 同刻。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の7階にある執務室で、本部長の那智明は紙コップに入ったコーヒーを飲んだ。

 革張りのソファセットに座る那智の前には、南班チーフの大貫武士と、北班チーフの芥澤丈一がいる。

 一時間ほど前、南班に所属する特別対策官の童子将也から『アラネア』襲撃に関する報告が大貫に入り、数分前に千葉支部の支部長からリーダーとNo.2の身柄を確保したとの一報が那智に入った。

 那智は「これで、一件落着だな」と、安堵の息をつく。

 芥澤が胸元のネクタイを緩めて口端を上げた。

「はっ。No.2の沼木にあおられて、No.3の茂司がインクルシオの新人懇親会を襲撃か。あの“補足情報”は、あながち無駄じゃなかったな」

 芥澤の隣に座る大貫が、「そうだな」と眉尻を下げて笑う。

 那智は紙コップをテーブルに置いて、「それにしても」と静かに言った。

「童子は、異動の件を高校生たちに話したか。4人は随分とショックを受けただろうな」

 那智の言葉に、大貫は手元のコーヒーに目を落とした。

「……ええ。その件については、童子は誤魔化そうと思えばできたはずです。しかし、それをせずに正直に話した。雨瀬の指導担当についた理由も含め、高校生たちに隠し事をするのが嫌だったんでしょう」

「童子は、あいつらを可愛がってるからな」

 芥澤が湯気の立つコーヒーを一口啜る。

 那智は窓の外に広がる夜空に目を向けた。

「……童子と一緒にいられる時間に限りがあると知って、高校生たちは悲しさや寂しさを感じていると思う。だが、それと同時に、『自分たちが何をすべきか』がはっきりとわかるだろう。……外野の俺たちは余計な口は出さず、これからも「童子班」の5人を見守っていこう」

 そう言うと、那智はコーヒーを飲み干した。

 大貫と芥澤も、同意の表情を示して、コーヒーの残りを飲む。

 そして、インクルシオの幹部3人は、それぞれの仕事に戻るべくソファから立ち上がった。


 午前1時。千葉県南房総市。

 多くの対策官が事後処理に動く『カリダ南房総』のロビーで、千葉支部に所属する石坂桔人と宇佐葵は、「童子班」の高校生4人に声をかけた。

「みんな、お疲れ。もう大体終わったな」

 横倒しになったソファを元に戻した鷹村が「ああ」と返事をし、交戦の際に割れた花瓶の破片を片付けていた雨瀬、塩田、最上が振り返る。

 石坂は爽やかな笑顔を浮かべて言った。

「今回は、大変な新人懇親会になってしまったな。だけど、個人的には『アラネア』との交戦でみんなの活躍が見れて、とてもよかったよ」

「いやいや。俺らは何もしてないよ。活躍というなら、やっぱり童子さんじゃないか?」

「そーだよ。童子さんが来たら、あっという間に戦況が変わったじゃん。あんなにイキっていた茂司だって、武器を捨てて急いで逃げようとしたし。まったく、俺の武勇伝が霞んじゃうよ」

 鷹村が謙遜するように言い、塩田が唇を尖らせる。

 石坂は「いや」と緩く首を振った。

「童子特別対策官はもちろんだけど、俺としては、君たちの戦う姿に学ぶところがあった。同期の新人対策官として、大きな刺激をもらったよ。ありがとう」

 石坂の隣に立つ宇佐が、「私もよ」と微笑む。

 塩田が「え? そぉ?」とまんざらでもない顔で返し、他の3人は面映おもはゆくなって目を伏せた。

 石坂が明るい声で話題を変える。

「さて。この後はどうする? せっかくだから、寝る前に少し部屋で話そうか?」

 石坂の提案に、「童子班」の高校生たちは顔を上げて即答した。

「ごめん。俺らは、まだ用事があるんだ。それが終わったら、石坂君の部屋に行くよ」

「……用事? こんな夜中に?」

 石坂と宇佐が、きょとんとして訊く。

「うん。俺らにとって、何よりも大事な用事なんだ。──じゃあ、また後で!」

 高校生4人は手を振ると、身をひるがえして勢いよく駆け出した。

 その先には、虎柄のTシャツにジャージ姿でロビーに佇む童子がいた。


 数台の黒の車両が『カリダ南房総』から離れるのを見送った後、「童子班」の5人は、小さな波音が響く庭園に出た。

 遊歩道を歩いて東屋あずまやに着くと、波が揺蕩たゆたう海を眺める。

 夜半の涼しい風を頰に受けて、童子が言った。

「お前ら、『アラネア』との交戦はよう頑張ったな」

 鷹村が海から視線を戻して返す。

「いえ。正直、童子さんが来るまでは、けっこう厳しい戦いでしたよ。こっちは戦闘経験の浅い新人対策官ばかりだし、『アラネア』の構成員は強かったし」

「ええ。さすが、千葉最大の反人間組織だったわね。全員が戦闘慣れしていて、手強かったわ」

 最上がショートヘアの黒髪を耳にかけて言い、塩田が頭の後ろで両手を組んだ。

「でもさ。兼田さんと種本さんは、ボールペン1本で戦っててすごかったよな。兼田さんなんて、利き手が使えない状態なのに一歩も退かなくてさ。対策官としての覚悟と気迫を感じたよ」

 塩田の隣に立つ雨瀬が、「うん」とうなずく。

「指導担当の対策官のみなさんは、ずっと僕ら新人のことを気にかけて戦ってた。僕は、せめて足手まといにならないようにと必死だった」

 高校生たちの話を聞いた童子は、「そうか」と穏やかな声で言った。

 一拍の間を置いて、「……それとな」と切り出す。

「さっき話した俺の異動の件やけど、一応極秘扱いになっとるから、周囲には内密にしてくれ」

 童子が口にした『異動』の言葉に、高校生たちはぴくりと反応した。

 鷹村が改まった顔つきで、「童子さん」と呼びかける。

「ん?」

「その件に関してですけど……。事後処理の時に、俺ら4人で話したんです」

 夜の静寂に包まれた東屋あずまやで、童子と高校生たちは向き合った。

 Tシャツの裾を海風になびかせて、鷹村が言う。

「眞白をインクルシオに入れる為に策を講じて下さったとは言え、童子さんの異動が一年限りであることは、俺らにとって辛い事実でした。だけど、いつまでも子供のように寂しがって我儘わがままを言っていては駄目だ。……俺らがするべき一番大事なことは、童子さんが安心して大阪支部に戻れるように、『一人前の対策官』にしっかりと成長することです」

「──…………」

「その為に、俺らは今まで以上に一生懸命に頑張ります。だから、これからもご指導をよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!!!」

 鷹村、雨瀬、塩田、最上が揃って頭を下げ、童子はしばらく言葉を失った。

 やがて、言葉を噛み締めるように小さく言う。

「……俺が、必ずお前らを一人前の対策官にする。約束や」

「──はい!!!」

 高校生たちのまっすぐな眼差しが、月明かりを反射して美しく輝く。

 「童子班」の5人は、揺るぎない決意と大切な約束を胸に、海辺の庭園を並んで歩き出した。




<STORY:09 END>

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