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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:09
63/231

06・戦闘と経験

 千葉県南房総市。

 広大な海を望む景勝地に建つ『カリダ南房総』に、鋭い悲鳴が上がった。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する雨瀬眞白と鷹村哲は、5階の宿泊ルームから通路に飛び出す。

 それと同時に、3部屋向こうのドアが開き、千葉支部に所属する石坂桔人が走り出てきた。

「……はい! はい! わかりました!」

 石坂はスマホを耳に当て、切迫した様子で返事をする。

 他の部屋にいた新人対策官たちが、「な、何だ!?」と続々と通路に出てきた。

 スマホの通話を切った石坂は、周囲を見回して大声をあげた。

「──1階にいる種本さんから、緊急連絡です! 反人間組織『アラネア』が襲撃してきました! 人数はおよそ20人! 組織のNo.3である茂司篤生が、構成員たちを率いている模様です!」

「マ、マジかよ!?」

 ジュースと菓子袋を両手に抱えた塩田渉が目を見開き、最上七葉と宇佐葵が「何ですって……!」と驚愕する。

 その時、軽やかな到着音と共にエレベーターの扉が開き、さいたま支部と横浜支部の指導担当者が姿を現した。

「お前たち! 種本さんから連絡は来たな!」

「は、はい!」

「俺たちは、今しがた兼田さんから連絡を受けた! 現在、兼田さんと種本さんが、武器なしの状態で1階のロビーにいる! 全員、すぐに武器を取って現場に向かえ!」

 二人の指導担当者は指示を出すと、スラックスのポケットからカードキーを取り出した。

 新人懇親会に参加している対策官は、危急の事態に備えてそれぞれがインクルシオのサバイバルナイフを荷物の中に入れている。

 通路に出ていた新人対策官たちが部屋に戻ろうと動き出す中、「童子班」の高校生4人が訊ねた。

「あ、あの! すみません! 童子さんは……!?」

「童子特別対策官には、兼田さんが連絡したそうだ! おそらく、すでに現場に向かっていると思われるが、童子特別対策官も丸腰のはずだ! とにかく、俺たちはロビーに急ぐぞ!」

「──は、はい! ありがとうございます!」

 さいたま支部の指導担当者が答え、高校生たちは礼を言って体を反転させる。

 鮮やかな緋色の絨毯を複数の足がバタバタと走り、私服姿の対策官たちは、黒の刃をたずさえて1階に向かった。


 ──数分前。立川支部に所属する兼田理志と、千葉支部に所属する種本広海は、『カリダ南房総』の1階にいた。

 二人は露天風呂付きの大浴場から出た後、ロビーにあるソファで寛いでいた。

 そこに、反人間組織『アラネア』が突如として現れ、ナイフをぶら下げた構成員を見た一般客が悲鳴を上げた。

 兼田と種本は『アラネア』の姿を確認すると、すぐさまスマホを取り出して他の対策官に緊急連絡を入れ、カウンターに走って受付用のボールペンを引っ掴んだ。

 一般客や保養所の職員が逃げ惑う間を縫って、前に出る。

「兼田さん! 貴方は、後ろに下がってて下さい!」

「大丈夫だ! これでも戦える!」

 右手首にサポーターを着けた兼田が、左手でボールペンを握り締める。

 ジーンズのポケットに両手を入れた『アラネア』の茂司篤生が、目の前に立ちはだかった二人の男を見て言った。

「お前は、千葉支部の種本だな。そっちの奴も対策官なんだろうが、その手首は怪我か? そんな状態で満足にやり合えるほど、俺らは甘くないぜ?」

「俺は立川支部の兼田だ。そう思うなら、遠慮なくかかってこい」

 兼田が挑発するように睨み付けると、茂司は「ハッ」と獰猛に笑い、後ろに控えた17人の構成員に叫んだ。

「いいだろう! お前ら! まずはこの二人を、血祭りにあげてやれ!」

「おおおぉぉ!!!!」

 構成員が大きく雄叫びをあげて、足を踏み出す。

 兼田と種本が腰を落として身構えた時、エレベーターと非常階段の両方の扉が開き、武器を手にした対策官たちが一斉に走り込んできた。

 その姿を目にした茂司が、高らかに笑う。

「丁度いい! ヒヨっ子どもがやってきたぞ! 一人残らず、ブッ殺せ!」

「兼田さん! 種本さん! ろくな武器なしで無理をしないで下さい! 特に兼田さんは、手首を骨折してるんですから!」

 インクルシオの刻印の入ったサバイバルナイフを持ったさいたま支部と横浜支部の指導担当者が、兼田と種本の前に滑り込んだ。

 兼田はボールペンを握り直して、不敵に微笑む。

「今、無理をしないでいつするんだ。俺のことは気にせず、戦闘に集中してくれ。さぁ、奴らが来るぞ!」

 兼田の声に、対策官たちは前を見据えた。

 そして、新人懇親会につどったインクルシオ対策官と、反人間組織『アラネア』の構成員は、大理石の輝くロビーで激しくぶつかり合った。


「オラオラオラァ! どーしたぁ! ヒヨっ子さんよぉ!」

「……くっ!」

 武器を持った対策官と『アラネア』が双方入り乱れて交戦する最中さなか、石坂は髑髏どくろ柄のバンダナを巻いた構成員と相対していた。

 バンダナの構成員は、武器ではなく素手でパンチを繰り出してくる。

 絶え間のない素早い拳撃に、石坂は攻撃のタイミングを掴めずにじりじりと後ずさった。

 すると、青色のTシャツを着た背中に、コツンと何かがあたった。

(……まずいっ!)

 サバイバルナイフを構えた石坂の全身が、急速に総毛立つ。

 石坂はいつの間にかロビーの壁際に追い詰められており、Tシャツの背面は冷たい壁にあたっていた。

「バカめ! 後ろを見ずに下がるからだ! やっぱり、ヒヨっ子は戦闘に慣れてねぇなぁ!」

 バンダナの構成員が嘲笑ちょうしょうし、「死ねぇ!!!」と拳を振り上げる。

 石坂がガードの為に咄嗟とっさに右腕を上げた──次の瞬間。

「……ぐごぉっ!!!!!」

 構成員の顔面に、横から強烈なハイキックが入った。

 バンダナの構成員は、白目を剥いて床に倒れる。

 石坂が顔を上げると、そこには白のTシャツの裾をひるがえした雨瀬が立っていた。

「あ、雨瀬……!」

 石坂が言うと同時に、他の高校生3人が「石坂君!」と駆け寄ってくる。

「ここは身動きが取りづらい! できる限り、ロビーの中央に行こう!」

「相手はかなり戦闘慣れしているわ! だけど、攻撃が大振りで隙が多い! そこを狙っていくわよ!」

「俺の武勇伝を、童子さんにリピートで聞いてもらう! 頑張るぞ!」

 鷹村、最上、塩田が口々に言い、「童子班」の高校生たちは次の行動に移るべく足先に力を入れた。

 その迷いのない動作と強い眼差しに、石坂は思わず圧倒される。

 黙ったままの石坂に、鷹村が声をかけた。

「石坂君? どうした?」

「……い、いや! なんでもない! 雨瀬、助かったよ!」

 石坂は慌てて返事をすると、心の中で密やかに呟いた。

(……インクルシオ訓練施設での『総合評価1位』の肩書きは、“本物の戦闘”の前では何の役にも立たない。敵の殺気に気圧けおされて、自分でも驚くほどに足がすくんでしまう。だけど、これからもっと多くの経験と鍛錬を積んで、敵におくさずに立ち向かう力を付ける。……この、「童子班」のみんなのように!)

 サバイバルナイフを握る石坂の手に、ぐっと力がこもる。

 鷹村が「行くぞ!」と鋭く言い、高校生たちは勢いよく床を蹴った。


 その後、新人の多いインクルシオ側がやや劣勢に傾いたところに、特別対策官の童子将也が現れて戦況は一変した。

 近くの海岸に一人で散歩に出ていた童子は、「遅なってしもて、すみません」と謝罪すると、『アラネア』の構成員の腕をひねってナイフを奪い、そのまま次々と敵を倒していった。

 童子の姿を見た茂司は、「なんで、インクルシオNo.1の特別対策官がここに!? こんなの、聞いてねぇよ!!」と金切り声をあげて逃走を試みたが、兼田たちに身体を押さえられた。

 それからまもなくして、『カリダ南房総』を襲撃した『アラネア』の構成員は、茂司を除く17人が死亡し、事件は収束を迎えた。




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