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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:09
61/231

04・期限

 午後8時。千葉県南房総市。

 新人懇親会で『カリダ南房総』に訪れたインクルシオ対策官たちは、海を眺望するビュッフェ形式のレストランで夕食をとった。

 東京本部に所属する「童子班」の5人は、千葉支部に所属する3人の対策官と共に窓際のテーブルに座り、新鮮な海の幸を堪能した。

「あー! 伊勢エビもアワビもサザエも、どれも超旨かったー!」

「海鮮丼が旨すぎて、3杯もお代わりしちゃったよ。さすがに、もう腹一杯だ」

 塩田渉が満面の笑みで箸を置き、鷹村哲が満足げに腹部をさする。

 青色のコットンシャツを着た石坂桔人が、向かいに座る雨瀬眞白に目をやった。

「雨瀬も、よく食べたなぁ。訓練生時代は食が細かったのに」

「うん。今でも沢山は食べない。でも、ここのご飯はすごく美味しくて、ついつい食べ過ぎた」

 雨瀬は緑茶の湯飲みに手を伸ばして、一つ息をつく。

 最上七葉と宇佐葵は、「デザートは別腹よね〜」と笑い合って、バニラアイスの乗ったフルーツあんみつを頬張る。

 種本広海が食後のアイスコーヒーにガムシロップを入れて言った。

「そういえば、ちょっと気になったんですけど、特別対策官が新人対策官の指導担当につくのは、かなり珍しいですよね」

 種本の言葉に、コーヒーカップを持った特別対策官の童子将也が顔を上げる。

 Tシャツにハーフパンツ姿の塩田が「そうなんですか?」と訊ねた。

「うん。特別対策官は、何と言ってもインクルシオの戦力の要だからね。普通はこういった新人教育の担当にはならないよ。多分、前例はないんじゃないかな?」

「一応、上からは、俺が初めてやと聞いてます」

「ああ。やっぱり、そうでしたか」

 童子が答えると、種本は納得してうなずいた。

 種本は一旦手元のアイスコーヒーを飲み、話を続ける。

「しかし、大阪支部は、よく童子特別対策官を東京本部に出しましたね。特別対策官は全国でもごくわずかの精鋭だから、童子特別対策官の異動は大きな痛手だったでしょうに……。ましてや、それがインクルシオNo.1となると……」

「いや。大阪支部にはもう一人の特別対策官がおりますから、大丈夫ですよ。その人は、ものすごく強いですし」

 童子が懸念を打ち消すように言い、種本は頭を掻いた。

「そうですか。何だか、外野ながら余計な心配をしてしまいました。まぁ、そもそも、大丈夫じゃなければ異動はしないですもんね」

 そう言うと、種本は「童子班」の高校生たちを見やり、改まった表情で咳払いをした。

「……何にせよ、君たちは、こんなに強い人が指導担当についてくれて本当に幸運だ。この機会をしっかりと活かして、これからも様々な戦闘技術や捜査手法を学んでいってくれよ」

「──はい!」

 種本の前に座る高校生4人が声を揃えて返事をし、石坂が「俺たちも、みんなに負けないように頑張らなきゃな」と宇佐に微笑む。

 童子は黙ったまま、手にしたコーヒーを飲んだ。

 和気藹々(わきあいあい)とした空気の中、雨瀬はその静かな横顔に、そっと視線を向けた。


 午後9時。

 夕食後、露天風呂付きの大浴場から出た「童子班」の高校生4人は、1階にある土産物店で地元の名産品やスイーツを見て回った。

 干物コーナーを眺めていた雨瀬は、ふと顔を上げると、隣の鷹村に「ちょっと用事がある」と告げてその場を離れた。

 そして、エレベーターを降りてロビーにやってきた童子の側に走り寄り、少し話をして、二人で並んで歩き出した。

 エントランスを抜けて外に出た雨瀬と童子は、波の音が届く美しい庭園に足を踏み入れる。

 ほのかな月明かりが照らす東屋あずまやに着くと、童子が訊ねた。

「雨瀬。話って、なんや?」

 緩やかな夜風に白髪を揺らした雨瀬が、童子に向く。

 雨瀬は「……あの」と遠慮がちに口を開いた。

「さっき、種本さんが言っていたことですが……。童子さんが東京本部に異動して新人の指導担当になったのは、おそらく、“グラウカ”の僕がいるからですよね?」

 雨瀬が切り出した言葉に、童子はわずかに目を開いた。

 雨瀬は濃い影の伸びる足元に視線を落として言う。

「多分、童子さんは、僕を監視する為に指導担当になった。その理由は、インクルシオが僕を信用していないからです。でも、それは当然の考えだと思います。僕がグラウカである以上、いつ“人間”を裏切って反人間組織側につくかわからないから……」

「いや。それは、ちゃう」

 どこか諦念したような雨瀬の思考を、童子は鋭い声音で否定した。

 雨瀬の肩がぴくりと揺れ、童子は浅く息をついて夜の海に目をやる。

「この話は、わざわざ伝える必要はあらへんと思てたけど……。お前が気にするなら、きちんと説明するわ」

 そう言って、童子は遠くの水平線を見やったまま、ゆっくりと話し出した。

「……実を言うとな。お前を正式な対策官として採用する際に、インクルシオ内部で反対の声が上がったんや。お前の言う通り、いつか裏切るんとちゃうかてな。そういった声は、一部の支部長からだけやったけど、東京本部の上層部としては無視するわけにはいかへん。そこで、大貫チーフが俺を指導担当という名目でお前の側につけて、「万が一のことがあっても即座に対処できる」と、反対派の説得に奔走ほんそうしたんや。……これもひとえに、グラウカであるお前をインクルシオに迎え入れる為にな」

「……そうだったんですか……」

 雨瀬が掠れた声を出し、童子は海から視線を戻して「ああ」とうなずいた。

「これまで長い間、インクルシオ対策官は命をして反人間組織のグラウカと戦ってきた。その“人間だけ”の組織にグラウカを採用するんは、想像以上にナイーブな問題やったんや。せやから、たとえ一部とは言うても、お前を疑う声があったことには気を悪うせんとってくれ」

「い、いえいえ……! 気を悪くなんて、とんでもないです。詳しい話を聞かせてもらえて、よかったです」

 雨瀬が慌てて首を振り、童子は「そうか」と安堵する。

 二人の間に海風が吹き抜け、雨瀬は少しの間を空けて童子に言った。

「……童子さん。もう一つだけ、訊いてもいいですか?」

「ん? なんや?」

「さっきの話で、種本さんは、童子さんの異動は大阪支部にとって大きな痛手だと言っていました。大阪は、東京に次ぐ多くの反人間組織が活動するエリアです。もう一人の特別対策官がいたとしても、決して状況は楽じゃない。……もしかすると、童子さんの異動は、無条件ではないんじゃないですか?」

「──…………」

 雨瀬の質問に、童子は黙った。

 その沈黙が答えを示唆しているようで、雨瀬は不安げに眉根を寄せる。

 にわかに周囲の草木がざわめく中で、童子は言った。

「そうや。俺の異動には、期限がある。俺は、お前らの指導担当期間の一年が終わったら、大阪支部に戻る。……それが、大貫チーフから話が来た時に、大阪支部の支部長が出した“異動の条件”や」


 同刻。千葉県千葉市内。

 反人間組織『アラネア』のNo.3の茂司篤生は、部下が用意した車に乗り込んだ。

 後部座席で足を組み、シャツの胸ポケットから煙草を取り出す。

 茂司はライターで煙草に火をつけると、上機嫌で言った。

「南房総で、新人懇親会ねぇ。インクルシオの奴ら、そんなことやってんだな」

 助手席に座った構成員が、ガムを噛みながら振り向いた。

「その情報は、どうやって入手したんスか?」

 茂司に情報を持ってきた別の構成員が、運転席でエンジンキーを回して答える。

「それがさ。たまたまだけど、俺の彼女が泊まりに行った人気の宿泊施設に、千葉支部の対策官がいるって連絡があったんだ。私服姿だったけど顔でわかったんで、こっそり近付いてみたら、「インクルシオの新人懇親会」って聞こえてきたと。ロビーには、それらしき人間が20人くらい集まってたってさ」

 助手席の構成員が「へぇ〜」とガムを膨らまし、茂司が口角を上げた。 

「……新人懇親会なら、対策官になりたてのヒヨっ子ばかりだ。付き添いの先輩対策官は、せいぜい数人てところだろう。将来を嘱望される芽を根こそぎ摘めば、あの沼木を驚かせることができる。上手くいけば、No.2に上がれるかもしれねぇ」

 茂司は尖った犬歯を見せると、バックミラーで後方に並ぶ数台の車を見た。

「兵隊は、何人だ?」

「俺らを入れて、18人です。少ないですか?」

「いいや。インクルシオのヒヨっ子共をブチ殺すには十分だ。さぁ、出発するぞ」

 茂司はシートに背をもたせて煙草を吹かす。

 エンジン音を轟かせた車は、アスファルトにタイヤをきしませて闇夜に発進した。




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