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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:09
58/224

01・焼肉と電話

 午前1時。千葉県千葉市内。

 反人間組織『アラネア』のNo.3である茂司篤生もじあつきは、行きつけのクラブで煙草を吹かした。

 茂司は5人の構成員を従えてビップルームに陣取り、悠然とフロアを眺める。

 すると、一人の男がこちらに歩いてくる姿が目に入った。

「……!」

 茂司が急いで煙草を灰皿に押し付けると同時に、ビップルームのドアが開く。

 そこから蛇柄のスーツを着た男がのそりと現れ、室内にいた構成員たちが一斉に姿勢を正した。

「おいおい〜。茂司ぃ。そこは、俺の席じゃねぇか」

 そう言って、厚みのある唇をゆがめたのは、『アラネア』のNo.2の沼木時男ぬまきときおだった。

「……うす」

 茂司は低い声で返事をして、革張りのソファから立ち上がる。

 茂司と入れ替わるように、沼木がどかりと腰を下ろした。 

 沼木はテーブルに置かれた灰皿を一瞥し、右足を持ち上げて勢いよく蹴飛ばす。

 ガラス製の四角い灰皿は、中身をき散らして床に転がった。

「いいか? 今度からは、俺の姿が見えたらすぐに席を立てよ? お前は俺より『下』なんだから、自分の立場ってものをわきまえろ」

「…………」

 茂司は黙ったまま、沼木を見やった。

 沼木はソファに背をもたせて、可笑しそうに口端を上げた。

「はっ。不服そうな顔だなぁ? 悔しかったら、俺からNo.2の座を奪ったらどうだ? それくらいデカイことが、お前に出来るのならな」

 沼木が高らかに笑い、茂司の拳が震える。

 構成員の一人が「茂司さん。行きましょう」と、茂司のシャツを引っ張った。

 茂司は唇を噛むと、沼木を睨みながら頭を下げた。

「……それでは、お先に失礼します。沼木さん」




 8月中旬。東京都月白げっぱく区。

 多くの客で賑わう焼肉店の小上がり席で、『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の南班に所属する6人の対策官が舌鼓を打っていた。

 時刻は午後8時半を回ったところだった。

「すみませーん! 上カルビ、ロース、ハラミを3人前ずつお願いしまーす!」

「まだ食えるのかよ」

 手を上げて元気よくオーダーをした塩田渉しおたわたるに、ベテラン対策官の薮内士郎やぶうちしろうが腹部をさすりながら嘆息する。

 西班が主導した突入作戦で、キルリストの個人最上位に載るいぬいエイジを取り逃がしてから一週間が経ったこの日、薮内が「気分転換に納涼会をしよう」と誘い、「童子班」の面々は焼肉店を訪れた。

 ラフな私服姿の対策官たちのテーブルには、空になった皿が山のように積まれている。

 焼肉用のトングを持った塩田が、満面の笑みで言った。

「全然、ヨユーっすよ! 薮内さん! 高校生の胃袋を甘く見たらダメっす!」

「マジかよ〜。俺は30を超えてから、タン塩とビールで十分になったよ」

 薮内が瓶ビールに手を伸ばし、隣に座る特別対策官の童子将也どうじしょうやが、先に瓶を取って酌をする。

 薮内は「お。ありがとな」と礼を言って、童子のコップにビールを注ぎ返した。

 追加した肉はあっという間になくなり、大盛りの白飯を一粒残さずに平らげた鷹村哲たかむらてつが、ようやく一息ついた。

「あー。よく食った。あとは、シャーベットでいいや」

 花柄のチュニックに白のショートパンツを合わせた最上七葉もがみななはが、「杏仁豆腐はあるかしら?」とメニュー表を見る。

 雨瀬眞白あませましろは、満腹の様子でウーロン茶を一口飲んだ。

 塩田が忙しく動き回る店員を呼び止め、6人分のデザートをオーダーする。

 ビールを飲み干した薮内が、「そういや」と言ってコップを置いた。

「お前たち、もうすぐ新人懇親会じゃないか?」

「そうッスー! 明後日からッス! すっげー楽しみ!」

 薮内の言葉に塩田が即座に反応し、他の高校生3人がうなずく。

 薮内は「おー。本当にもうすぐだな」と目を丸くしつつ質問した。

「今年は、どこでやるんだ?」

「千葉の南房総です」

 虎柄のシャツに濃紺のジーンズを履き、座布団に胡座あぐらをかいた童子が答える。

 薮内が「南房総かぁ。景色も食べ物も、すごくいいところだぞ」と言い、高校生たちが「やった」と嬉しそうに目を見合わせた。

 新人懇親会とは、インクルシオの福利厚生の一環で、各拠点の新人対策官とその指導担当者が対象となる行事である。

 全国17ヶ所の拠点を4エリアに分けて開催し、一泊二日で交流会や勉強会を行う。

 関東エリアは、東京本部、立川支部、横浜支部、さいたま支部、千葉支部の5拠点から、新人対策官17人と指導担当者5人が参加する予定となっていた。

 また、新人懇親会の会場は、会議室・大浴場・宿泊ルーム・多目的スペース・レストラン等を完備した厚生省所有の保養所を使用する。

 保養所はここ数年で次々と民営化され、季節を問わずに多くの一般客が訪れていた。

 テーブルに運ばれたデザートのバニラアイスを食べて、薮内が言った。

「他の拠点の同期と交流するのはいいことだ。何と言っても、かけがえのない仲間同士だし、いつか共に戦う場面があるかもしれないからな」

 マンゴーパフェを頬張った塩田が「ですよねー」と返し、レモンシャーベットをスプーンで掬った鷹村が「ますます、楽しみになってきたな」と笑う。

 その時、童子のスマホが鳴った。

 ジーンズの尻ポケットからスマホを取り出した童子は、画面を見て「ちょっと外に行ってきます」と胡座あぐらを崩して立ち上がる。

 そのまま、童子は足早に店を出ていった。

 虎柄のシャツの背中を見送った薮内が、声をひそめて言う。

「……今の電話、ちらっと画面が見えたが、大阪支部の支部長からだったな」

「え?」

 高校生たちが驚いた声をあげ、塩田が「大阪支部の支部長が、童子さんに何の用事だろう?」といぶかししげに呟いた。

 薮内はバニラアイスの小皿をテーブルに置き、やや言い辛そうに口を開いた。

「いや……実はな。今までも、お前たちが学校に行ってる間とかに、大阪支部の支部長から童子に電話がかかってきたことがあるんだ。俺が何の電話か訊いたらさ、童子は「元気でやっとるかっていう、挨拶の電話です」って答えるんだけど、元上司がそういう電話を何度もかけてくるかなぁ……?」

「そんなに頻繁に電話があるんですか?」

 鷹村が眉根を寄せて小声で訊ねる。

 薮内は腕を組んで、「うーん」とうなった。

「俺が知ってるのは、今までに3回くらいだ。頻繁とまでは言えないが、決して少なくもない」

「………………」

 高校生たちはデザートを食べる動きを止めて沈黙した。

 どこか不穏な空気が周囲に漂う。

 やがて、電話を終えた童子が店内に戻り、焼肉店での納涼会はお開きとなった。


 午後10時。

 インクルシオ東京本部の5階の執務室で、南班チーフの大貫武士おおぬきたけしは、二つの湯呑みに番茶を注いだ。

「そうか。薮内と焼肉に行ったのか。高校生たちは、さぞかし食っただろ?」

「はい。薮内さんが引くほど食うてました」

 執務室のソファに座る大貫の向かいには、童子がいる。

 大貫は「ははは。あいつらは食べ盛りだからな」と朗らかに笑うと、湯呑みの一つを童子に差し出した。

 童子が「いただきます」と言って、湯気の立つそれを受け取る。

 大貫は自分の湯飲みを持ち上げて、熱い番茶を啜った。

「明後日からは、千葉で新人懇親会だな。高校生たちをよろしく頼む」

「はい。あいつらも、楽しみにしとるようです」

 番茶を飲んだ童子がうなずき、大貫は「そうか」と穏やかに微笑んだ。

 ふと、大貫は声のトーンを落として言った。

「……あの4人は、随分とお前になついている。一緒にいられるうちに、色々と教えてやってくれ」

 夜の執務室は、窓の外の喧騒がかすかに耳に届く。

 童子は目を伏せると、「はい」と静かに返事をした。




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