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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:08
57/224

06・思慕と乾杯

 午前7時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階にある『カフェスペース・憩』で、南班に所属する「童子班」の5人は朝食をとっていた。

 この日は全員が非番であり、ラフな私服姿で窓際のテーブル席についている。

 塩田渉がベーコンとチーズのホットサンドをかじって言った。

「たまには、寮の食堂以外の朝メシもいいな。ここのモーニング旨いよ」

「ああ。確かにな」

 ピリ辛ソーセージのホットドッグを食べた鷹村哲が返事をする。

 パフスリーブのカットソーにショートパンツを合わせた最上七葉と、白のTシャツに色落ちしたジーンズを履いた雨瀬眞白が、同意を示してこくりとうなずいた。

 そのまま会話は途切れ、5人は普段とは違う静けさの中で食事を済ませた。

 それぞれに飲み物を手にした高校生たちが、小さく息をつく。

 特別対策官の童子将也が、ホットコーヒーを一口飲んで言った。

「今日は、みんなでどこかに出掛けるか? 買い物でもええし、プールでもええで?」

「……行きたいっスけど……」

 童子の誘いの言葉に、塩田がうつむく。

 鷹村、雨瀬、最上も下を向き、その沈痛な面持ちに、童子は「切り替えることも大事やで」と静かな声でさとした。

 塩田が悔しさに拳を震わせて言う。

「……でも……! もし、昨日の突入に童子さんが行ってたら、乾エイジは確保できた……! 西班の対策官だって、6人も死なずに済んだのに……! そう思うと、やりきれなくて……!」

「……俺が行っても、同じ結果やったかもしれへん」

「そんなことない……! 童子さんなら、絶対に……!」

 塩田が勢いよく顔を上げて、唇をきつく噛む。

 そこに、店のアルバイト従業員の穂刈潤が、「みなさん、おはようございます」とトレーを持ってやってきた。

「これ、よかったらどうぞ。僕が作ったオムレットで、経費ギリギリまでフルーツを盛り込んだ自信作です。お代は結構ですので、是非食べてみて下さい」

「あ。こないだ言ってた、新作の……」

 穂刈がスイーツの乗った小皿を配り、鷹村と雨瀬が反応する。

 穂刈は「うん」と微笑むと、テーブルに座る対策官たちを見やった。

「……僕は、みなさんの任務や捜査のことは、何もわかりません。だけど、今日のみなさんが、とても辛そうな顔をしているのはわかります。こんなことしか出来ませんが、どうか少しでも元気を出して下さい」

「……ほ、穂刈さん……!」

 塩田が感動に目を潤ませ、童子が「ありがとうございます」と礼を言う。

 穂刈は照れたように頭を掻いて、「じゃあ」と去っていった。

 その後ろ姿を見送った鷹村が、表情を引き締める。

「……童子さん。今日は、トレーニングがしたいです。前回の戦闘訓練のリベンジをさせて下さい」

 塩田が「俺もやりたい!」とすかさずに声をあげ、雨瀬と最上が「僕も」「私も」と続く。

 童子は穏やかな笑みを浮かべて、「ええで」と快く了承した。

「ほな、これをいただいたら、寮に戻ってジャージに着替えよか」

「はい!」

 童子が小皿を持ち上げて言い、高校生たちが揃って返事をする。

 対策官たちはフォークを手に取ると、フルーツがふんだんに入ったオムレットを頬張った。


 午前8時。

 インクルシオ東京本部の最上階の会議室で、臨時の幹部会議が開かれた。

 昨夜の西班の突入の結果を受けて、東班チーフの望月剛志が低く言う。

「……にわかには、信じがたい結果だな……」

 北班チーフの芥澤丈一が、顔をしかめてうなった。

「乾エイジをまんまと取り逃がし、突入チームの対策官6人は死亡。“人喰い”鏑木良悟かぶらぎりょうごの時の失態と言い、最近の真伏はどうしたんだ? 特別対策官としての役目を果たしているようには、到底思えねぇが」

 芥澤の隣に座る中央班チーフの津之江学が、眉根を寄せた。

「物事に100パーセントはありませんが、それでも、真伏の腕なら乾を確保できると思っていました……。見通しが甘かったか……」

 南班チーフの大貫武士は、唇を固く引き結んで、会議テーブルを見つめる。

 西班チーフの路木怜司が、抑揚のない声で言った。

「では、真伏を特別対策官から降格させますか?」

 本部長の那智明が、「いや。そこまでは」と慌てて口を挟む。

 インクルシオ総長の阿諏訪征一郎が、重たく咳払いをして、チーフたちに目を向けた。

「諸君。今回の西班の突入の結果は、非常に残念なものだった。特別対策官である真伏の力量に、わずかな疑念を抱く者もいるだろう。しかし、特別対策官の存在は、反人間組織に対する大きな抑止力であり、我々がようする戦力の切り札だ。よって、真伏には、今後も特別対策官としての任務に尽力してもらう。……路木。真伏に、そう伝えておいてくれ」

「わかりました」

 路木が返事をし、続いて那智が言う。

「昨夜の突入で殉職した6人の対策官の為にも、乾エイジの確保とグラウカ誘拐事件の捜査に、より一層の力を注いでいくぞ。いいな?」

 那智が鋭い眼差しを向け、各班のチーフたちがしっかりと首肯する。

 ほどなくして、臨時の幹部会議は散会となった。


 午前9時。

 インクルシオ東京本部の5階にある路木の執務室で、西班に所属する特別対策官の真伏隼人は、まっすぐに姿勢を正した。

 真伏を呼び出した路木が、無機質な表情で告げる。

「真伏。先ほど行われた臨時会議で、阿諏訪総長が今後も特別対策官としての任務に尽力するようにと仰っていた。以上だ」

「はい。承知しました。今回は、お役に立てずに申し訳ありませんでした」

 真伏が腰を折って謝罪し、路木は「終わったことは、仕方がない」と平坦な声で言って、手元のノートパソコンに目を落とした。

 黒のツナギ服を纏った真伏は、一拍の間を置いて、「……あの」と声をかける。

 路木が「何だ?」と顔を上げると、真伏は意を決したように口を開いた。

「……二人だけの時は、下の名前で呼んでもらえませんか?」

「何故だ?」

 不思議そうな顔ですぐに聞き返した路木に、真伏は視線を宙に彷徨さまよわせる。

「……いえ。余計なことを言いました。今のは、忘れて下さい」

 そう言って、真伏は体をくるりと反転すると、足早に執務室から退室した。

 冷たい感触のドアを閉じて、誰もいない通路に佇む。

「──…………」

 ワークブーツを履いた足元には、窓から差し込む太陽光がキラキラと跳ねている。

 真伏はまぶしい光から目を逸らすと、長い通路に足を踏み出した。


 午前0時。東京都木賊とくさ区。

 繁華街の路地裏にあるグラウカ限定入店の『BARロサエ』で、乾エイジは革張りのソファに身を沈めた。

 四方を黒壁に囲まれた瀟洒しょうしゃな部屋は、店の2階にある。

「久しぶりのビップルームは、落ち着くな」

「ふふ。そうでしょ」

 店のママのリリーが、ウィスキーの水割りを作りながら笑った。

 リリーは、上背のある厚化粧の“オネエ”である。

「ねぇ。真伏君は来ないの?」

「それが、誘ったんだけど返信がないんだ。さすがに、昨日の突入は、インクルシオ内で問題になったんじゃないかな? しばらくは、そっとしておこう」

 乾が長い足を組んで言い、リリーは残念そうに付け睫毛まつげを伏せた。

「そうなの……。本当に、真伏君には危ない橋を渡ってもらったわね。私好みのいい男だから、次は来て欲しいわ」

 琥珀こはく色の液体を優しく撹拌かくはんして、リリーはマドラーを置く。

 出来上がった水割りを乾に手渡すと、興味深げに訊いた。

「……で。誘拐したグラウカたちは、どうだったの?」

「ああ。全員、“外れ”だったよ」

 乾が呑気のんきな口調で答え、リリーが「あらぁ」と眉尻を下げる。

「……ま、“当たり”はそう簡単には見つからないわね。ね、リーダー」

 リリーは浅くため息を吐いて言うと、ソファに座るもう一人の人物──穂刈に顔を向けた。

 穂刈は「うん」とうなずいて、手元のカクテルを持ち上げる。

「その件は、気長にやっていこう。“あの人”も、待ってくれる」

 穂刈の仕草にならい、乾とリリーが自分のグラスを眼前に掲げた。

 穂刈は二人を見やり、丸メガネの奥の双眸を細めて言った。

「それじゃあ。僕ら『イマゴ』のえある未来に──乾杯」




<STORY:08 END>

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