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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:08
55/231

04・拒絶と事実

 東京都月白げっぱく区。

 午後3時半を回った時刻、インクルシオ東京本部の5階にある執務室のドアが、乾いた音を立ててノックされた。

 執務机の椅子に座った西班チーフの路木怜司が、「入れ」と平坦な声で言う。

「失礼します」

 許可を得てドアを開けたのは、西班に所属する特別対策官の真伏隼人だった。

 室内にはすでに、南班チーフの大貫武士と、南班に所属する特別対策官の童子将也の姿があり、真伏は二人を一瞥して入室した。

 執務机の前に立った大貫が、「それでは、早速だが」と話を始める。

「本日、空五倍子うつぶし区で拘束した伊井田陽介の供述によると、『ノクス』は明日の午後11時に、伽羅きゃら区にある冷凍食品会社「クール石井」の倉庫で乾エイジと会う予定とのことだ。また、『ノクス』が誘拐したグラウカは、手足を縛って口を塞いだ上で公園のトイレの個室に入れ、その後に乾が引き取りに来るという段取りだったらしい」

 大貫は「それと」と言葉を続けた。

「これは念の為だが、先ほど伊井田のスマホから、「今夜は女と過ごすから無粋な連絡はよしてくれ」と、仲間の構成員たちに送っておいた」

 大貫の説明を受けて、路木が両手の指を組み合わせた。

「それでいいでしょう。補足ですが、冷凍食品会社「クール石井」は今年の4月に倒産しています。現在は、昼も夜も会社の敷地内に人影はありません。乾と『ノクス』が金の受け渡しで会うには、うってつけの場所と言えますね」

 大貫は「そうだな」とうなずき、路木を見やって言った。

「路木。突入チームが決まったら教えてくれ。打ち合わせに、童子を行かせる」

「インクルシオNo.1の戦力を貸していただけますか。それはありがたい」

 そう言うと、路木は怜悧な眼差しを童子に向けた。

 童子は両腿に2本のサバイバルナイフを装備し、手を後ろに組んで立っている。

 その時、「ちょっと待って下さい」と真伏が一歩前に出た。

「路木チーフ。明日の突入は、西班の対策官だけで十分です。童子は必要ありません」

 はっきりとした口調で言った真伏を、隣に立つ童子が見る。

 大貫が「いや」と思わず口を挟んだ。

「真伏。今回の突入は特別だ。『ノクス』だけならまだしも、あの乾がいるんだぞ? 過去に122人もの対策官を殺害した男を確保するには、童子の力が必要だ」

「いいえ。俺一人で事足ります」

 真伏のかたくなな態度に、大貫は困惑したように眉根を寄せる。

 それまで黙っていた童子が口を開いた。

「乾エイジは、俺が相手をします。真伏さんは突入チームを指揮して、『ノクス』のリーダーと構成員を確保して下さい」

「……何を勝手なことを言っている?」

「俺が、確実に乾を捕まえるて言うてるんです。任せてもらえませんか?」

「生意気なことを言うな! これは、西班の仕事だ!」

 真伏は目を吊り上げて激昂すると、路木に顔を向けた。

「路木チーフ。『ノクス』はただのチンピラグループです。奴ら程度の確保は、うちの対策官たちで問題ありません。乾については、わざわざ童子の力など借りずとも、必ず俺が拘束してみせます」

 一瞬、室内がしんと静まり返った。

 大貫と童子が、執務机につく路木に目をやる。

 路木は浅く息をついて、無機質な表情で「大貫チーフ」と呼びかけた。

「真伏はこう言っています。仕方ないですね」


 午後4時。

 インクルシオ東京本部の1階のエントランスで、南班に所属する「童子班」の高校生たちは、驚愕の声をあげた。

「ええっ!? 何だよ、それ!? 童子さんが行かないで、どーすんだよ!?」

「相手はあの乾エイジだぞ? 精鋭は多い方がいいに決まってるのに……」

 エントランスで合流した童子の話を聞いた塩田渉がいきどおり、鷹村哲が眉間に深くしわを寄せる。

 その横には、任務帰りにたまたま通りかかった、北班に所属する特別対策官の時任直輝がいた。

 黒のツナギ服を着た最上七葉が、疑問を口にする。

「何故、真伏さんは、童子さんの協力を拒絶するのかしら?」

「そんなの、童子さんに対抗心があるからに決まってるよ! あとは、手柄を独り占めしたいとかさー!」

 塩田が鼻息を荒げて言い、隣に立つ雨瀬眞白が小さくため息を吐いた。

 背中と腰に4本のブレードを装備した時任が、顎を手で撫でて言う。

「……あれかな。やっぱり、真伏さんは路木チーフに認められたいという思いが、人一倍強いのかもな」

 時任の言葉に、高校生たちが「……?」と首をかしげる。

 童子が高校生たちに言った。

「あの二人は、親子やねん」

「え、えええええぇぇぇーーーーーっ!!??」

 予想外の事実に、高校生4人の大声がエントランスに響く。

 インクルシオの職員や外部からの来客が振り向き、童子は「しぃ。静かに」と口元に人差し指を立てて、高校生たちと共にエントランスの隅に寄った。

「……そ、その話、マジっすか!? でも、路木チーフと真伏さんは、苗字が違いますよね?」

 塩田が目を丸くして訊ね、時任が小声で答える。

「実は、路木チーフは離婚しててな。真伏さんは、幼い頃に母親側に引き取られたそうなんだ。それで、真伏さんは父親である路木チーフの下で働きたいとインクルシオ対策官を志してな。訓練施設で優秀な成績を収めて東京本部への採用が決まると、西班への配属を強く希望した。その後は、西班で数々の輝かしい功績をあげ、ついには特別対策官にまで上り詰めたんだ」

 高校生たちは、「……そうだったんだ……」と毒気を抜かれたように呟いた。

 時任は頭をぽりぽりと掻いて言った。

「これは、インクルシオ対策官ならわりと知ってる話だよ。だけど、えて吹聴する必要はないから、お前たちが初めて聞いたってのも無理はない」

「……そういう話を聞くと、真伏さんを見る目が変わってくるよなぁ〜」

 塩田が下唇を突き出して言い、鷹村が「でも」と険しい表情を浮かべた。

「真伏さんの境遇と突入の件は、別じゃないか? 真伏さんが路木チーフにいいところを見せたい気持ちはわかるけど、だからと言って、最善策の提案を受け入れないのは駄目だろう。どう考えても、今回は童子さんが行くべきケースだ」

 最上が「その通りね」と相槌を打ち、雨瀬が「僕も、哲と同じ意見だ」とうなずく。

 童子は目の前の高校生たちを見やって言った。

「今回の任務の決定権は、伽羅きゃら区を管轄する西班にある。あとは、黙って真伏さんに任せるしかあらへん。……まぁ、そうは言うても、真伏さんならきっと大丈夫やろう」

「そうだな。真伏さんの実力は、折り紙つきだからな」

 そう言って、時任は大きく伸びをした。

「さてと。そろそろ、仕事に戻るか。デスクワークが溜まりに溜まってんだ」

 塩田が「ヤベ。俺も、今日の報告書を書かなきゃ」と反応する。

 対策官たちはそれぞれに足を踏み出すと、淡いオレンジ色の陽光が照らすエントランスを後にした。


 午後9時。

 インクルシオ東京本部の敷地内に建つトレーニング棟の2階で、真伏は汗を流していた。

 ガラス張りの壁から外の景色をのぞみ、ランニングマシンで黙々と走る。

 室内に冷房が効いている分、この時期は外よりも長い距離を走ることができた。

「真伏さん。少し、休憩しませんか?」

 真伏の隣で走っていた佐々木(ささき)さとるが、息を上げて言った。

 佐々木は西班に所属する23歳の対策官で、真伏の1年後輩である。

「休憩なら、一人で勝手にしろ。俺はまだ走る」

「えー。そんな冷たいこと言わないで下さいよー」

 ランニングマシンを降りた佐々木は、ベンチに置いたスポーツドリンクに手を伸ばした。

 佐々木は冷たいドリンクを飲んで一息つくと、汗をにじませた真伏の背中に言った。

「明日の突入、真伏さんが乾を確保したら、すごい功績になりますね」

「……フン。そんな瑣末さまつな功績など、どうでもいい」

「いやいやー。相手はキルリストの個人最上位ですよ? 路木チーフだって、きっと誇らしく思って……」

「うるさい。もう黙れ」

 真伏がガラス越しに佐々木を睨み、その鋭い眼光に佐々木は口をつぐむ。

 真伏は視線を外すと、再び走ることに集中した。

(……俺が欲しいものは、安い功績なんかじゃない。父さんに、もっと大きな……)

 壁一面のガラスの向こうには、夜の街が広がっている。

 真伏は光と闇の入り混じる景色を、じっと見下ろした。




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