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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:08
53/231

02・密会

 午後6時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階にある大会議室で、南班の捜査会議が開かれた。

 南班チーフの大貫武士が演台に手をつき、険しい表情で言う。

「皆、午前中に送った緊急連絡はすでに確認済みだな。伽羅きゃら区の防犯カメラに乾エイジが映っていた件だ。これに関連して、先ほど、気になる事件が起きた。手元の資料を見てくれ」

 大貫が促すと、大会議室に集まった対策官たちが手にしたA4用紙をめくった。

 そこには、二枚の画像がプリントされていた。

「本日の午後3時頃、水縹みはなだ区と乙女おとめ区の路上で、グラウカ誘拐事件が発生した。やや不鮮明だが、双方の現場近くの防犯カメラには、『ノクス』というグループの構成員が映っている。『ノクス』は伽羅きゃら区を中心に活動するグラウカの犯罪グループで、構成員はリーダーを含めて8人。そして、この『ノクス』のリーダーの遠田文貴が、昨夜遅くに乾と会っている」

 大貫の言葉を受けて、前から2列目の長机に座った塩田渉が小声で言った。

「……『ノクス』ってさ、窃盗や詐欺をやってるチンピラグループだっけ?」

 塩田の隣に座る最上七葉が、声を潜めて答える。

「ええ。あとは、暴行とか恐喝ね」

 最上の隣の鷹村哲が、資料に目を落として呟いた。

「これ……。乾エイジはわざとかもしれないけど、『ノクス』の構成員が防犯カメラに映ったのは、ただのミスだろうな。何かの狙いや特別な意図があるような、賢い犯罪ができるグループとは思えない」

 鷹村の隣の雨瀬眞白が「うん」と同意を示し、特別対策官の童子将也が黙ったままうなずいた。

 大貫はまっすぐに前を見据えて言った。

「本日に起こった『ノクス』の2件のグラウカ誘拐事件と、乾の関連性については、それぞれの区を管轄する西班と東班が捜査中だ。だが、十中八九、今回の誘拐事件は乾の指示による犯行とみていいだろう。……言うまでもないが、乾は我々のキルリストの個人最上位に載る人物だ。この先、奴はどこに現れるかわからない。もし奴に遭遇したら、その場で即刻殺害しろ」

 大貫の容赦のない指示が、会議室に重たく響く。

 南班の対策官たちは唇を引き結ぶと、しっかりと首肯した。


 午後8時。

 インクルシオ東京本部の隣に建つ寮の食堂で、「童子班」の面々は夕食を済ませた。

 5人の座るテーブルには、北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおきと、同じく北班の市来匡いちきたすくの姿がある。

 湯飲みに入った緑茶を啜って、時任が言った。

「それにしても、乾エイジが東京に戻ってきたのは久しぶりだな。2年ぶりか?」

 ホットコーヒーに砂糖を入れた市来が、「ええ。それくらいですね」と返す。

 鷹村がアイスコーヒーのグラスを前にして、神妙な面持ちで言った。

「乾エイジについては、訓練生時代に勉強したけど……。正直、“大物”過ぎて、いまいちピンとこないな」

「それ、わかるー! 訓練生ん時に、座学で嫌というほど出てきた名前だもんなぁ。キルリスト個人2位の獅戸安悟しどあんごや、反人間組織で最上位の『イマゴ』もそうだけど、実際に会ったらネームバリューでビビりそうだよー」

 鷹村の向かいに座る塩田が声をあげ、ピーチフレーバーの紅茶を飲んだ最上が「情けないわね」と息をつく。

 童子が玄米茶の湯飲みをテーブルに置いて、高校生たちに訊いた。

「乾に関して、訓練施設ではどれくらい習ったんや?」

 童子の質問に、アイスウーロン茶のグラスを持った雨瀬が答えた。

「ええと……。乾エイジは、グラウカの男性で現在25歳。外見の特徴は、185センチの長身で細身。短めの髪をシルバーブルーに染めている。思想は極度の『グラウカ至上主義』で、人間をこの世から排除する為に殺人を犯す。これまでに殺した人間は優に千人を超え、その中には、インクルシオ対策官も多く含まれる」

 雨瀬の回答を聞きながら、塩田が「うんうん。そんな感じ」と相槌を打つ。

 童子は「まぁ、そんなところやな」と言って、高校生4人を見やった。 

「一つ補足すると、乾がキルリストの個人最上位になっとるんは、対策官の殺害数がずば抜けて多いからや。奴が過去に殺した対策官は122人。武闘派で知られた反人間組織『アダマス』の剛木ごうき三兄弟でも、3人合わせて44人やった。……つまり、乾は桁違いに強いということや」

 童子の説明に、高校生たちがごくりと唾を飲み込む。

 市来が「決して油断はできない人物ですね」と低く言い、時任は緑茶を一気に飲み干した。

「……しかし、乾は何が目的で『ノクス』を使ってグラウカを誘拐してんだ? 水縹みはなだ区と乙女おとめ区の被害者は、特に反人間組織の構成員というわけでもない、一般のグラウカなんだろう?」

「それって気になりますよね。今のところ、身代金の要求とかもないようですし。もしかして、『コルニクス』みたいに、人身売買が目的なのかな……」

 鷹村が顎に手を当てて言い、塩田が「わかんねぇよなぁー」と腕を組む。

 童子が静かな口調で言った。

「何が目的なんかは、乾か『ノクス』の連中を捕まえて吐かせるしかあらへん。まずはこれ以上の被害者が出んように、俺らも管轄エリアの巡回や捜査に注力していくで」

「──はい!」

 童子の前に座る高校生たちが揃って返事をする。

 対策官たちはテーブルから立ち上がると、明るく賑わう食堂を後にした。


 午後9時半。

 風呂から上がった雨瀬と鷹村は、寮のエントランスを出た。

 近くのコンビニエンスストアでアイスクリームを購入しようと、見馴れた夜道を歩く。

 すると、大通りの反対側から、「こんばんはー!」と元気な声がかかった。

 点滅する歩行者用信号に追われるように走ってきたのは、インクルシオ東京本部の1階にある『カフェスペース・憩』の穂刈潤だった。

 赤信号になった横断歩道の前で立ち止まって、鷹村が挨拶を返す。

「こんばんは。穂刈さん。それ、随分と大きな荷物ですね」

 穂刈は膨らんだビニール袋を持ち上げて、「そうなんだよー」と笑った。

「うちの店長が、新作のスイーツを考案しないかって言ってくれてさ。初めてのことだから張り切って、スーパーでフルーツとか色々買ってきちゃったよ」

「へぇ。それは楽しみだな」

「へへ。これから厨房を借りて、いくつか試作品を作るんだ。もし新メニューに採用されたら、みんなで食べに来てね」

「ええ。「童子班」の全員で食べに行きますよ。是非、頑張って下さい」

「うん、ありがとう! じゃあ、行くね!」

 穂刈は満面の笑みを浮かべて手を振ると、東京本部の正門に走っていった。

 その後ろ姿を見送った鷹村が、穏やかに微笑む。

「穂刈さんて、いつもにこやかで感じのいい人だな」

「うん」

「ああいう人を守る為にも、乾エイジと『ノクス』の捜査は、気合いを入れなきゃな」

「……うん」

 鷹村がふと眼差しを鋭く細め、雨瀬は白髪を揺らしてうなずいた。

 やがて、信号は赤から青に変わり、二人は並んで横断歩道を歩き出した。


 午前1時。

 インクルシオ東京本部を出た穂刈は、愛用のミニサイクルで帰路についた。

 夜中の道を軽快に走り、自宅アパートに向かう途中、古い銭湯の裏手にミニサイクルを滑り込ませてブレーキをかける。

「ここのジュースは、100円なんだよね」

 穂刈は一台の自動販売機の前に立つと、投入口に硬貨を入れて、目当てのドリンクのボタンを押した。

 自動販売機の横に置かれたベンチに座り、アルミ缶のプルトップを開ける。

 ぶどう味の炭酸ジュースが、穂刈の乾いた喉を潤した。

「……そろそろかな」

 穂刈はスマホの時計をちらりと見て独りごちる。

 その時、ひと気のない路地裏に、アスファルトを踏むかすかな足音がした。

 暗がりからのそりと姿を現したのは、長身で細身の、短髪をくすんだシルバーブルーに染めた男だった。

 穂刈は男を見やると、丸メガネの奥の双眸を細めて言った。

「やぁ。久しぶりだね、エイジ」

「ああ。変わりないか、潤」

 穂刈の前に立った男──乾エイジは、上着の長い裾をなびかせて、ゆったりと口角を上げた。




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